第327話
夕美斗を医務室まで運び終わり、あとのことを教員に任せると帰途につくいつもの面子。
腹部に穴は空いたものの、すぐに処置すれば特に問題はないと言われているので各々すでに落ち着いた様子。
……マイクは血で汚れているけれど。
ちなみに、瞬は夕美斗の安否を確認すると帰っていった。
瞬も夕美斗の血で汚れてはいたが、伊鶴が夕美斗の荷物を勝手に漁って来てジャージを渡したのでお巡りさんに呼び止められる心配はない。
「ねぇ、ミス夕美斗はどうしてあんなに強かったんだろ?」
諸々の心配事がなくなると、マイクは気になってることを口にする。
「失礼な言い方だけど、あんなに強くなかったよね? でも僕たちのペアとそこまで大差なかったはずだし」
「確かに……。伊鶴さんみたいになってましたもんねさっき」
「限界同調の話ぞなぞな? ありゃ私のオリジナルだし。自我ぶっ飛びそうになるほど反動ヤバイから簡単にやられたらたまったもんじゃないわ」
「……少なくとも昨日の当番の時はいつも通りだったよね? 夕美斗ちゃんの性格上隠すのとか無理そうだし。なんなら伊鶴にアドバイスとかコツとか聞いてきそうだし」
「ってなると昨日何かあった……んだろうね」
「でも無理じゃないです? 一日。下手したら一晩であんな変わるの」
「……いんやぁ。一瞬で化物に変わったの知ってるわ」
全員思い浮かべたのは才。
かつて才はコロナと共に憐名と戦った時。戦闘中にリリンの存在を引き寄せ自分を無理矢理変質させた。
ここにいる面子はカラクリを知っているわけじゃないが、才ならばあるいはと思い至る。
「こりゃちょいと問いただす必要がありそうじゃのふぉっふぉっふぉ」
「悪い顔すんな。普通に聞いてやれ普通に」
「怖い気もしますけどね。一瞬でものすごい強くなるなんてそんな少年漫画じみたのがリアルに起こるの」
「……」
既に才から夕美斗の力の秘密を聞き出す
マイク一人だけ黙り込み、何やら考えている様子。
「どったの? ミケちん。考え事?」
「……え? あ、いや……。才にも都合があるだろうから、いつ聞きに行こうかってね」
「…? なるほも?」
適当な言葉で濁す。なんとなくだが、今は本心を語りたくない気持ちだったから。
(半ば諦めてたけど。ミス夕美斗のあんなとこ見ちゃあね。才に近づけるかもしれないって希望を見せられちゃちょっと本気にもなるさ)
紳士。正直。誠実。そんな男であるが、この時ばかりは少しばかり男のプライドが顔を出したマイクであった。
「……ふぅ」
合衆国某所。コーヒーを飲みながら自宅の作業場で設計図を作っている女性がいる。
年は八十代だが背筋が真っ直ぐで市政が良く、肌にシワも少なく五十代に見えるほど若々しい。
さらに特徴をあげるとすれば、目と髪が不自然なほど白いことだろうか。
「ん~……! ――あら? これは懐かしいお客さんね」
伸びをしていると視線を感じたのでふと前を見ていると、いつから見ていたのか赤毛の女性が白髪の女性を見ていた。
いつもと違って服も髪もまともで表情までも落ち着き払っている。まるで大人の女そのもの。
「やぁジーナ。久しぶりだね。随分と若々しいことで」
「えぇ。久しぶりねオーガスタ。二十代に見える貴女に言われても嬉しくないわね」
「その名前で呼ばれるのも半世紀振りだぁ~。アガるわぁ~」
オーガスタと呼ばれた女性はいつも通りの卑しい笑みになり、すぐにまた大人っぽい表情に戻す。
「だけど今はネスって名乗ってるんだ。良かったらそう呼んでくれないかい?」
そして微笑みながらかつての同級生にそう言った。
オーガスタ・エバンズ。
つて世界で最も有名な人物の名前。
始まりの魔帝の名前。
ネスの、本当の名前。
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