第303話

「あ、才……って、その子は?」

 背中の傷と、病のせいでまともに歩けなくなってしまった日波。

 日波は部屋に入ってきた才と結嶺をうつ伏せになったまま迎える。

「いもうと……らしい」

「ん、ん~???」

 口下手な才に慣れているが、かといって滅多に人が来ないこの家への来客。しかもそれが年端もいかぬ女の子となると、さすがに説明不足。日波は頭に疑問符を浮かべる。

「え~……っとぉ~……?」

(わ、私二人も産んだっけ? それとも浮気……? 不倫? いやそもそも愛された記憶欠片もないんだけど……。は!? まさか誘拐!?)

「あ、あの……。わたしは――」

 一人妄想にひた走る日波の百面相を見て理解してないと察し、結嶺は簡単に事情を説明。

「なるほど……ね」

 説明を聞いて、日波は憐れむように結嶺を見つめる。

 この子も自分と同じような境遇になるんだろうと思ったからだ。

 しかし、すぐにそれは思い直すことになる。

(いや、私や才と違って魔法師になれる才能があるみたいだし。今度は大事にされるはず。きっと大丈夫。……大丈夫)

 今の自分では盾どころか歩くのもままならない始末。

 だから願うことしかできない。

 聡一の癇癪の犠牲にならないことを、祈るしかできない。

 あとできることと言えば。

「結嶺ちゃん。こんなお母さんとお兄ちゃんだけど。どうかよろしくね」

「は、はい。よろしくお願いします」

 優しく微笑む日波の顔を見て、結嶺の緊張はさらに解れた。

(よかった……。おかあさまもやさしそうなひとで……。でも……)

 安心して、心に余裕ができるとふと疑問に思うことが。

(どうしてかおをしたにしてねてるんだろ? びょうきでもふつうはうえをむくんじゃ……?)

 普通の病人ならば仰向けに寝るのだから当然の疑問。

 来たばかりの結嶺に日波の背中の傷を知るすべがあるわけもないのだから。

「あの、どうして――」

「才。結嶺ちゃんをお部屋にあんないしてあげて? あの人のことだから特に準備もしてないだろうし。空き部屋適当に使って良いから。あ、お掃除もお願いね」

「わかった」

「え、あの。し、しつれいします」

 母の指示を受けて才と結嶺は部屋を出る。

「……」

 何か尋ねようとした結嶺の言葉を遮り、追い出すようにまくし立てたのは何故か。

 もし、結嶺が日波の背中の傷を見たら?

 もし、その傷をつけたのが自分を連れてきた張本人だったら?

 逃げ場もなく。まだ完全に気を許せる相手がいないこの家でそんな事実を知れば?

 幼い結嶺が絶望するには十分だろう。

 そんなこと、日波もわかっている。

 だから、まだ結嶺がどういう扱いを受けるかわからない今。下手に話し込まず。触れさせもしなかった。

(どうかこのまま私の傷も知らないまま。あの人にいじめられないまま。大事に育ってくれたらいいな。……でももし結嶺ちゃんも私たちみたいな目に合うのなら)

 考えたくない。だが聡一の性格を身を持って知ってるとどうしても最悪な未来が想像できてしまう。

(結嶺ちゃんに関心がいくから才は無事だろうけど。結嶺ちゃんが自分の代わりに傷つけられたら才はどう思うんだろ? 自分の代わりに私が傷ついたときも隠れて泣いてるくらい優しいあの子だもの。結嶺ちゃんに火の手が向かえば私みたいに……)

 結嶺のことも心配ではある。しかし、それ以上に自分の子供である才が心配だ。

 母親ならば、どうしても自分の子供を基準に考えてしまうのは仕方のないこと。誰も責められない。

(私がもっと丈夫なら……あの子たちを守れるのに……)

「う……っ。うぅ……っ」

 身を起こすことができない日波はやるせない気持ちを抱えたまま、涙で枕を濡らす。

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