第253話

バトルパート


      ネス

      VS

      黒きm――




















 おっと。中断してすまないね。でもこれには理由があってね。そろそろ明かしておこうと思ったのさ。謎多きこの生き物に疑問を抱いた私たちを覗き見している観覧者君達の為にね。大サービスだよ。遠慮せず受けとると良い。

 ……? 何を驚いている?

 もしかして君達が見ていることがわかっているのが不思議なのかい?

 君達からしたら物語の住人だから……ってとこかな?

 なぁに簡単なことだよ。

 。フフフ。

 少し戯れ言が過ぎたかな? 実際誰かに視られているのはわかっていても誰が視ているかはわからないから安心してほしい。

 なので全裸だろうが自慰に耽っていようが私の預かり知らぬところさ。そもそも君達にそういう概念がある生物かも知らないけどね。

 さぁ、脱線はここまで。続きを楽しんでくれたまえ諸君。

 では本題に戻り、そして明かそう。この私――オーガスタ・エバンズが名付けた黒き者の名を。神のバグれで生まれし世界の異物の名を。

 彼らの名は――。


 ――異歪者ディストレイ



バトルパート


   オーガスタ・エバンズ

      VS

     異歪者ディストレイチャイルド



「ん~。やっぱりピューパはリリンちゃんの方に行ってしまったかぁ~。こっちに来てくれたら余すとこなく回収できたんだけどなぁ~。絶対中身飛び散ってるよなぁ~。残念残念」

「グモォォォォォォォオ!」

 ネス――オーガスタの言葉に反応したのか否かわからないが、黒きモノ改め異歪者は牛のような頭を影から出して雄叫びを上げる。

「おっと。ごめんごめん別にチャイルドに興味がないわけじゃないさ。何せ実際に戦うのは初めてだしね。当然サンプルなんて持ってない。ンヒュ♪ 好奇心を十二分に刺激してくれるよ」

 不気味な笑みを浮かべるオーガスタ。今日はいつものような四白眼に目を見開き口角を吊り上げるような笑い方ではなく。控えめに目尻を上げ唇を尖らせて口角が上がらないようにしている。ブサイクな鶏のようでこれはこれで気持ち悪い。

「でんもぉ~。そんな言葉じゃ信じてくれないよね~? ん~ふん♪ 久々にレア物の獲物だから今日は特別にドレスアップしちゃう♪」 

 指をパチンっと鳴らすとオーガスタの姿が歪む。

 歪んだ部分は紫がかり見ている者の耳には雑音が走る。

「おメイクりの化粧ストック妖艶な濃紫No.8い」

 歪みが治まると、そこには妖艶な美女が居た。

 普段の手入れをしていないようなボサボサなクセ毛も今は艶と軽さを携えたゆるふわカール。

 昔話に出てきそうな魔女の装いは紫色のロングスリットのタイトなドレスに。

 目の隈はアイシャドウで隠され、血色の悪い唇にも紅が引かれている。

 美しいと。誰もがそう称えるような姿に変わった。

「これはこれで魔女みたいだろう? 美魔女的な? そういう感じのやつ」

 が、不気味な笑顔の作り方は変わっておらず。正直美貌を台無しにしている。

 内から滲み出る残念さはメイクでは隠せないようだ。

「グモォォォォォォォオオオオッ!」

 オーガスタが着替え終わると同時に増したマナの気配に当てられ、再び顔を出して雄叫びを上げる異歪者。

 異歪者は巨体を揺らしながらオーガスタに向かって駆け出す。

「えっと~……? 人馬のような体の作りで体高5m。体長は……背骨へし折って真っ直ぐにしたら8.5mくらい? そいでそいで腕は6本足は4本。頭は牛で面白い構造してるねぇ~」

 異歪者が迫っているのに臆する事なく観察するオーガスタ。

 彼女にとって目の前の異歪者は外敵に非ず。ただのレアサンプル。そう考えれば彼女の落ち着きも理解出来る。……ただ頭がバグっているからという可能性も捨てきれないけれど。

「まぁ大体わかった。わかったんだけど~。あ~……どしよ。久々に戦うしなぁ~……。相手あっきいし~。ん~……よっし。これでいこう」

 オーガスタは指を鳴らす。特に意味はないのだが、本人曰く魔女っぽくて格好いいからだとか。

 なのでルーティーンか何かと思えば良いだろう。魔法名を付けるのもその一環。特に意味はない。

紫色パープル雑音ノイズ=人工的世界歪曲アーティフィシャル・ワールドディストーション

 オーガスタの周りが再び紫色の歪みが生じる。そしてその中へおもむろに右手を前に突き出した。

悪魔アナザーハンド

「……!」

 歪んだ部分に触れると紫色のゲートが開かれる。同時に異歪者の目の前にも巨体がすっぽり入りそうな紫色のゲートが出現。

 異歪者は得体の知れないゲートを警戒し、影を纏って防御態勢を整える。

「ばーん」

「ブボェ!?」

 防御虚しくゲートより出現した巨大な腕が影を吹き飛ばし、異歪者を圧し潰す。

 六本腕の人馬を彷彿とさせていた肉体だが、人と馬の境目の言うなれば第一腰骨だろうか? が、へし折られた。

「グモォ……ッ!」

 人と馬の背がくっつきピクピクと痙攣している。回復を試みているが、オーガスタの手は圧し潰した後に握り締め、治癒を許さない。

「んっん~……! 結構堅いかも! 継続した圧力よりも瞬間圧力に弱いのかな?」

 オーガスタは手を離し、今度は左足を上げる。スリットから覗く脚が色っぽい。

巨像アナザースタンプみつけ」

「ゴブッ!?」

 しかしてやる事はエゲつない。下ろした足はゲートへ消え、再びまみえるは異歪者の真上。

 十分巨体と言える異歪者をさらに大きな足を用いて、羽の折れた羽虫を踏み潰すが如く文字通り踏んづけた。

「カ……ァカ……ッ」

「お♪ やっぱり瞬間的な方がよく壊れる♪」

 オーガスタは応えを覚えると何度も異歪者を踏みつけた。

 異歪者も影を出して抵抗しているが、出す度にマナの放出を受けて弾かれる。結果無防備なままオーガスタの蹂躙を被る。

「……」

「……っと、やり過ぎた」

 しばらくすると異歪者はピクピクと痙攣するだけで動かなくなる。もう絶命寸前だ。

「もう少し持ってくれたら良かったんだけど。やっぱりチャイルドだと今の私ならかなり戦力差が出ちゃうか。……ま、良いや。余裕で勝てるのは良い事。その分概念肉体研究の成果が出てるって事だしね。次から発見したら即殺してサンプルとしていただこう。現段階でピューパに勝てるかわからないしね。異歪者ディストレイの研究はまだまだこれからこれから♪ んっほぉ~♪ た~のしぃ~くなってきたよぉ~♪」

 オーガスタはひとしきり独り言を宣うと、両面手を広げ天を仰ぐ。

 そしてゆっくり体を前に倒し、上半身が紫色のゲートの中へ消えていく。

「これは愛。生き物としての尊厳も。超えれぬ、至れぬ、力の壁の前には捨てざるを得ない。どんな形であれ醜い姿を晒すだろう。でも、それでも。たとえ、惨めたらしく泣き叫んでも。意地汚く生きようとしても。私だけはそう。どこまでも。何故なら貴方は興味愛しいをそそるから。私の好奇心受け止めるたす貴方が垂涎物愛しいだから」

 汚ならしい下品な欲望を美しい言葉に隠してオーガスタは詠う。

 美しい声も。美しい言葉も。オーガスタの自分本意な欲望が汚していく。

面白愛しいい貴方。最後の刻はせめて我が胸で。我が温もりの中で。終えてほしい。これが私の出来る唯一の弔いだから」

「……ッ」

 原形が崩れかけている異歪者の虚ろな目に映るのは骨。巨大な何かの骨。

 といっても骨格は人間じゃない。手はある肩はある。肋骨も背骨もある。頭蓋骨もあればそれぞれに関節もついている。

 だが人間の骨じゃない。形が異なる。数が異なる。

 もちろんこれには理由がある。この巨大な骨には理由がある。意味がある。意図がある。

 とても、くだらないオーガスタの趣向がある。

無自覚マリア加虐愛ペイン

 オーガスタは異歪者を抱き締めた。強く強く。驚異から赤子を守護まもる母のように。抱き締めた。

 異歪者が胸部に触れると、骨の一本一本が意思を持つかのように蠢き始めた。

「……ッ……ッ! ……ッ! ………………ッ!」

 骨は異歪者の肉体の中へ入り、千切り、混ぜて、擦り合って、潰して、削って、抉って、嘲笑うかのように犯して、蹂躙する。

 叫ぶ事は許されない。喉は回収されたから。

 抵抗も許されない。骨は全部砕いて置いた。

 自害も許されない。死に直結する器官は後回しだから。

 これを……この行為を愛と言えるのだろうか? だとしたら歪んでいる。

 これを無自覚と言うのだろうか? だとしたら人格が破綻している。

解体完了ごちそうさま♪」

 元の姿に戻った時には異歪者は小分けにされて別空間に収納し終わっていた。

 ぐちゃぐちゃに解した肉も。粉々に砕いた骨も。飛び散った血も。漏れなく。余すところなく回収されていた。

「……んふ。んふふふふふふふ。ふへへへへへへへ。んははははははは! あははははははは! ……はっ! げほっ! げっほほ! おえ! ………………すぅ……はぁ……すぅはぁ。よし、落ち着いた」

 新たな玩具サンプルを手に入れ思わず高笑いし、むせた。

 オーガスタは深呼吸をして呼吸を整え、指を鳴らしていつものもっさい姿に戻る。

「やる事は終わったしさぁお家に帰ろう! 今月は眠れねぇぞぉ! らんらんらーん♪ らんらんらーん♪ いでっ」

 オーガスタはスキップをして帰ろうとして……コケた。

 丈の長い魔女コスをしているのだから当然の結果である。

「……………………やっぱあの名前変えた方が良いかな? 自覚あるし愛してもないしな」

 今言う事がそれなのだろうか?

 しかも自覚があって加虐愛すらもないのか。

 薄々はわかっていた事だがやはり彼女に外へ向ける愛情はない。あるのは好奇心だけなのだろう。

「でも他に良い感じの名前ね~……思い付かねぇなぁ~……。うん! 今は良いや! とりあえず帰って解剖遊ぼうしよ♪」

 まぁ、本人が楽しいのなら良しとしよう。

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