1年生 9月 交流戦

第208話

「……あ~……暇ぁ~……」

 自主訓練に勤しむ人域魔法師同級生を観覧席で眺めながら呟く女生徒が一人。

 切れ長の目で腕を広げ三席分占領。さらに足を投げ出していて前の一席。計四席占領しているので誰が見てもガラが悪い。

 だが、ここは人域魔法師を育成する為の訓練校。ガラが悪かろうが態度が悪かろうが実力で排除すれば良い。……のだが。そうもいかない。

 何故ならこの女生徒。学園内でも指折りの実力者。

「あ~……本当になぁんでこう詰まんないのしかいねぇんだろ。見てるだけで体が鈍っちまいそうだクソッタレ」

「あはは! まーた言ってらまた言ってら。ジンのヤツがまーた文句たれて~らアラビアータ!」

「あん?」

 後ろから現れ上から顔を覗き込むのはこのガラの悪い中国からの留学生である女生徒――ジン雨花ユイファに気軽に接する事ができる数少ない学生の一人――正常まさつね寧子ねね

 スラッとして背の高い雨花に比べて小柄な寧子が近くにいると何も知らない人間なら不安感を抱きそうだ。

 しかし、周りの生徒は別の意味で距離を取り始める。

 何せこの寧子も雨花同様成績優秀者であり、危険人物だからだ。

小猫シャオマオか。なんか用?」

「あ~! そのあだ名可愛いよね。好きだわ。すき焼き。焼き肉。肉そば。油そば!」

「用件を聞いてんだよコッテリしたもん並べろとは言ってねぇ。頭ぶっ壊れてんのか操猫ツァオマオ

「ぶへー。そっちは嫌い。バカにしてんだろ~ロールキャベツ。覚えてんだぞ~テンダーロイン」

「良いから用件を言え用件をクソッタレボケカスおたんこなす」

「お? 良いね~それ。汚ぇけど語呂は良い。よくできた静に免じて良いお知らせだよ。結嶺が戻ったっぽいぽいホイコーロー。あ! ポテトグラタン!」

「どういう意味であっつったのかわかんねぇけどなんでそれを早く言わねぇのこの小鬼子シャオグィズは!」

「ほぎょ!?」

 雨花は飛び上がるように席を立ち、寧子の頭を掴んで走り出す。



「で!? 結嶺は!?」

「いだだだだだだ! 乱暴棒付きキャンディー! ディアボロ風! 頭離せよ馬刺し野郎!」

「結嶺の居場所聞いたらな!」

「知るかイクラ軍艦! 帰ってきたってだけ聞いただけだっての鯛茶漬け!」

「は!?」

「――こふぐ味噌焼き!?」

 立ち止まる雨花。急ブレーキをかけたので寧子に軽くGがかかりつつ吹っ飛ばないよう指に力を入れたので二重に辛い。

「バカか!? 本当にバカかこのあんぱん食パンアンポンタン! 今すぐ皮剥いで肝ごと煮付けてやろうか!?」

「るっさいな役立たず。んだよ居場所わからねぇとか。本当つっかえねぇ」

「あぁん!? やんのかコラァ!? ライスバーガー!」

「なんだよ。私に勝てる気でいんのか? 小日本シャオリーベン?」

 涙目で半ギレの寧子に対し詫びる気なしの雨花。そんな一触即発の雰囲気になる二人に近づく男子生徒が二人。

「あはは! また騒いでるのかお前ら! 本当に仲が良いな! まるで俺たちのようだ!」

「僕は無理矢理引きずられてるだけだよ鵬治郎ほうじろう。だから肩から手を離してくれないかな? 女子たちの視線が痛いよ」

「断る! こうしないと逃げられるからな!」

「そりゃ逃げるけどさ……」

「おい。やる気になってたところに水差してナニがしてぇんだホモ共」

 興が殺がれた雨花の的が男子二人――岬草はなくさ鵬治郎ほうじろう涼成すずなり鳴晴めいせいへ向く。

「……? たしかに人間ホモサピエンスだが?」

男色家ホモセクシャルつってんだよ何度目だ鶏頭」

「ん? 初めて聞いたぞそんな言葉」

「軽く十回は言ってやってるけどな鶏頭」

「諦めなよ静。鵬治郎は興味ないことは覚えない生き物だから」

「根暗は黙ってろ」

「はぁ~……。はいはい」

「おうこらこのわた。こっちの話もついてねぇん駄菓子の詰め合わせ」

「うっせぇ小猫。テメェの相手もちゃんとしてや――」

「おー!? 全員集合かァ~!? きさらも混ぜてけェ~?」

「……チッ」

 二人から四人へなったところにさらにもう一人近づく影。

 現れたのは頭を真っピンクに染めたあざとさ全開の声をした女生徒――きさら。

 見るからに頭弱そうな容貌だが、これでも一年生の中では二番目の戦闘力を誇る傑物の一人。

「どこ見て全員集合とか言ってんだ2B。テメェも喧嘩売ってんのか? 良い度胸してやがる」

「あー! 大昔とはいえそれは差別用語なんだぞォー! いけないんだぞいけないんだぞォ! それにィ~……。きさらのが静ちゃんよりも強いんだぞォ~?」

「二、三多く勝ってる程度で調子乗ってんじゃねぇ鬼子。今すぐその差埋めてやろうかクソッタレ」

「はァあん? やるかァ~? 良いぞォ! こんな場所で三連勝キメたらかっこいいぞォ~! 目立つぞォ~! みんな! きさらを見♪ ル♪ 野♪」

「……」

 両の人差し指で自分の頬をつきあざとく身を傾げる。すると後ろから気まずそうな顔をした金髪の少女が姿を現す。

「って、結嶺ぇ~!」

「あっぷ……!」

 さっきとは打って変わって満面の笑みで結嶺に抱きつく雨花。空気が一気に和らぐ。

「なんだよなに隠してんだこのドピンク。頭ピンクのクセに腹は真っ黒か?」

「ぷくゥ~! きさらは言ったんだぞォ~。ってェ。よく見てないのは静ちゃんなんだぞォ! ついでによく話を聞かないのは悪い癖なんだぞォ! きさらはプンプン怒るんだぞォ!」

 怒ってるというジェスチャーをするきさら。本人は至って本気だし可愛いっちゃ可愛い。

 その為魅了される生徒が数名。あざとすぎてビンタしたい気持ちが湧くのがまた数名。このビンタも歪んだ愛情から来るものである。

 なんだかんだ愛され性分のきさらは実力も相まって一種のカリスマを持っている。

「というか静ちゃんは結嶺ちゃんのこと好きすぎるんだぞォ! きさらのこともすこってけェ~?」

「うっせぇドピンク。テメェは甘ったるすぎて吐き気がする。その無駄に良い体で男に媚びてシコられてろ」

「さ、さすがに下品すぎるよ静……。公共の場で言う言葉じゃない……」

「はっ! 私が言ってる中国語母国語だって大概だっての。今さら気にすることじゃねぇだろ男色家ホモ野郎

(まずそこから気を付けてほしいな……あとホモじゃない……)

「ん? どうした鳴晴。頭でも痛いのか?」

 頭を抱え始める鳴晴を心配する素振りを見せる鵬治郎。その様子に何故か女子たちが湧く。

「ま~たホモってんのか。イチャつくんなら目障りだから失せろよ」

「静には言われたくないかな……!」

 結嶺に抱きついてから離れようとしない雨花にちょっと強めの反論。しかし、その言葉に反論したのは雨花じゃなかった。

「ぶは……っ。涼成さん。私たちは別にイチャついてません。これは一方的なものです」

「え~。連れないな~結嶺ぇ~。そんなとこも可愛クアいけど」

「……」

 独特の可愛いの言い方をする雨花に少々げんなりしながらも付き合っている結嶺。

 天賦の才を持ち先に成人に混じって訓練を積み、一年早く高等学園に入学し、八月時点で学園内トップの成績の結嶺。

 そんな来歴を持つ彼女に妬みを持つ者も多い。だがこの真面目だが柔軟な思考。温厚な性格の彼女を嫌う者は滅多にいない。

 癖の強い彼らも結嶺に対し信頼と尊敬の念を抱いてるほど。

「あああああああ!」

「うぉう!? うるせぇぞ小猫! 驚かせんな!」

(耳が……!)

 突如叫ぶ寧子に呼応して叫ぶ雨花。一番の被害を受けたのは抱きつかれて身動きの取れない結嶺だろう。

 そんな結嶺を無視して寧子は話を続ける。

「うるせぇうるか! もうご飯の時間になるんだヨーグルト! いくぞ野郎共! ドウマンガニ!」

「あ! 皆と一緒にご飯ならきさらも行くんだぞォ! 待つんだぞォ! ニャンコ!」

 走り出す寧子を追いかけるきさら。やれやれと二人を見送る一同だったが、一人ハッと何かを思い出す。

「やばい! 今日の気まぐれメニューは蟹肉入り小籠包じゃねぇか! 急がないとあいつらに食い尽くされる! 逃がすんじゃねぇ仕留めろ!」

「いや仕留めちゃダメですからね? あー……」

「はっはっは! 競争だな! 対人訓練では一歩劣るが体力では負けてられない! 行くぞ!」

「いや別に僕は……あぁ~」

 結嶺を脇に抱えながら走り出す雨花をさらに追いかける鵬治郎と手を引っ張られる鳴晴。

「走ったら危ないですよー」

 そんな結嶺の諦めを含んだ呟きを聞いてる者は誰一人としていなかった。



 天良寺てんりょうじ結嶺ゆいね

 ジン雨花ユイファ

 正常まさつね寧子ねね

 岬草はなくさ鵬治郎ほうじろう

 涼成すずなり鳴晴めいせい

 きさら。

 この六人が国立人域魔法師育成高等学園日本校一年生のトップであり。学年上位の一角であり。そして――。


 第一召喚魔法師育成高等学園との交流戦選抜メンバーである。

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