第139話

「お~。綺麗だな」

「ふふっ。せやろ」

 連れてこられた場所は文字通りの桃園。どこに目をやっても桃、桃、桃。桃の花と桃の実。緑色すら足元にしかない。普通実がなってたら葉っぱついてると思うんだがな。葉のない品種ってあったっけ? あ~そういや煙魔の血与えてたんだったな。それで品種が変わってこういう形になったのか。花と実が同居して葉っぱがないってちょっと違和感あるけど、これはこれで綺麗だとは思う。

「何度来てもええなぁ~ここは。一番長い時間一緒におるしなぁ。日ノ本から持ってきて植え直したんよこれ」

「へぇ~。そら大変だったんじゃないか?」

「せやねぇ~。でも皆手伝ってくれたし、言うほどでもないよ? 私が大事にしとるのわかってくれてたからなぁ~。あん時はほんま助かったわ。感謝してもし足りひんね~」

 食ったら不老になる桃放置できなかっただけだったんじゃ? 当時から不老の桃かどうか知らないけど。

「ん~……! ええ香り。取れ立て食べたくなったわぁ~。坊も一つどう?」

「……じゃあいただこうかな」

 まだちょっと怖いけど。好意を何度も無下にするのは気が引けるんでな。すでにほぼ不老不死リリン化してるし……。悪影響はないとは思うんだけど……。不老と不老が反発し合う的なアレルギー反応的なの起こらなきゃ良いなぁ~……。

「で? どれが食べ頃なんだ?」

「あ~、取れ立て言うても直接こっからは取らんのよ。木についてるのも含めて全部管理してるから。今日収穫したやつをもらうんや」

 へぇ~。これまたしっかりして。

「それは貴重だからか?」

「それもあるけど、前に盗み食いしたのがおってな。美味しいんはわかるけど、いくらなんでも盗みはあかんよ。そら鬼やさかい。山賊の真似事もした事あるけど。そら喧嘩売られたからやし、相手は選んどったしな~。身内からはやっとらんし許す気もあらへんわ」

 つまり盗んだ人はこの世を去ったと。自業自得だな。煙魔から盗みする度胸は俺にはないわ。

「そういうわけやから、世話任せてる子呼ばんとね。ここから呼んで聞こえるとええけど。――フジ~。おる~?」

 大声……だけどいつもより大きい程度。例えるなら同じ部屋にいて耳かき取って~とかハサミ取って~って言う程度の声の大きさ。大和撫子然とした慎ましやかなのはあんたの魅力だけど人呼ぶときくらいはもっと声張り上げてやっても良いんじゃない?

「はーい!  はいはーい! 藤織ふじおりはここにおりますぞ~!」

 あ、聞こえるんだ。大声でこっちに走ってくる影があるわ。さすが地獄扱いされた世界。地獄耳もいるんだね。

 走ってきたのはドラマとかで見る百姓みたいな格好をした十代前半くらいの女。たぶん動きやすいからなんだろうけどもう少しちゃんと前隠せ? ちょっと見えそうだぞ。

「煙魔様~! 今日はどういった――男がおるぅ!!?」

 俺を見た瞬間のけ反り返った。勢い余りすぎて頭が地面についてるよ。首ブリッジでブレーキとは新しいな。

「ふふっ。相変わらずフジは元気やねぇ」

「……」

 穏やかに笑ってるけどブレーキかけた場所から血の後ができてるぞ。あれ絶対脳天擦りきってるって。元気じゃなくなる一秒前だって。

「へへへ。煙魔様に拾ってもらってから元気だけがおいらの取り柄でさぁ!」

 あ、頭切っといてケロッとしてやがる。不死身か! ……不死身か。ここにいるヤツら全員煙魔の桃食って少なくとも不老だもんな。こいつも見た目ほど若くはないんだろうな。……だからって痛い痛くないは別の話な気もするけども。

「に~しても何十年? 何百年振りですかいね男を見るのは。新しい迷い子ですか?」

 おいおい。疑問は当然だけど、頭をかくな。擦りきった部分からさらに血が出てるぞ。

「そそ。新しい子。今は私のお散歩の付き添いしてるんよ。んでな? 取れ立て貰いたいんやけどかまへん? あ、ついでにお酒もちょーだい」

 お前も気にしてやれよ。たぶん日常的なんだろうけど初めて見る俺からしたらただの異常者だぞ? バカ通り越して異常者だぞ??? 正直煙魔よりもこいつのが怖い。不老なだけの常人なはずなのに思考回路がわからないとか存在ごと得体が知れないより恐ろしいわ。ついでに、昼から酒の催促してんじゃねぇ。

「へへへ。煙魔様も相変わらずお好きですなぁ~。それに今日はお酌付きと来た。となると、いつものより寝かせたヤツのがええですかぁ?」

 付き添いとは言ったが酌をするとは言ってない。入れ方とかもよく知らないし。作法とかあんの?

「うんうん。それはええなぁ~」

 なんでお前もノリ気だよ。俺やんねぇよ?

「坊、お酌してくれる? 男子にしてもらうの初めてやから緊張して変な仕草するかもやけど、そん時は堪忍してや?」

 小首傾げながらねだるな。そんなことされたってなぁ~。俺はなぁ~。

「わかったよ。俺も作法とかわからないから。変なことしても目くじら立てんなよ?」

「そんなんあらへんよ。ただお酒注いでくれたらええの。ふふっ。楽しみ一つ増えたわぁ~」

 まぁやるんだけどさ。な~んか仮面付けてるけど仕草とかしゃべり方とかグッと来るんだよこいつ。なんだろうな? 俺こういう古風なのがタイプだったのかな? 新発見だわ。これでブスじゃないなら口説いちゃいそう。

「なんなら坊も飲む? お酌するよ?」

「俺まだ酒飲めないから」

 未成年なもんで。酒女ギャンブルは大人になってからの予定です。

「そうなん? そりゃ残念やわ~」

 ふむ。台詞の割りにあんまり残念がってないな。なんとなくわかってたって感じ。じゃあ聞かないでほしかった。二度手間だろ。

「へへへ。煙魔様も隅に置けませんなぁ~」

「ふふっ。坊はそんなんちゃうよ。わかっとるやろ?」

「またまた~。隠さんでええですよ。煙魔様、いつもより楽しそうですよ?」

「ん~? ほうなん? 自分ではようわからんなぁ~」

「へへ。今はそういうことにしときますわ。んじゃ、桃と酒取りに行きましょか」

 この女……。変な勘繰り入れやがって。色気のあることはしないだろ煙魔は。自分に引け目感じてるもんこいつ。仮に俺にその気が合ったとしてもこいつは絶対にそういう気は起こさないよ。……いや俺にもその気ないからな? 仮にって話だから。

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