第83話

「そういえばなんだが」

「ん? 何か気がかりでも?」

 デザートも食べ終え、食後のコーヒー。無駄に優雅になってるが、ケーキ食ったせいでジュースのことも思い出してしまってな……。苦い物を口にしたくなったんだよ。ちなみにロッテは紅茶。ストレートでな。美人だから絵になるなお前。優雅さなら俺の完敗だわ。あ、コロナのほうは食後のお昼寝をしてる。俺の膝を枕にして。……おいこら、よだれを垂らすな。

「どうした? 重要な事なのか?」

「いや、大したことじゃないんだが……」

 ロッテに見とれてさらにコロナのよだれを拭いてて間を置いてしまい、深刻なことと勘違いさせてしまった。いや本当に大したことじゃないから身構えなくて良いぞ。

「雑貨屋の店長にぬいぐるみもらったじゃん? なんか時間たくさん取らせた詫びってことで」

「そうだな」

 ファミレスに入った頃には正午を二時間も過ぎてたからな。正確な時間はわからないが午前から店に入ってたわけだし、三時間とか拘束されてたんじゃないかな。

「で、もらったは良いんだけど……これよ」

 もらったぬいぐるみを袋から取り出す。骨みたいな模様の毛に長い耳。顔はなんとも言えないとにかく悪そうな表情をしてる。

「なにこれ? なんの生き物?」

「スカルファーラビットのバルーン・ビーと言っていたが……。こっちの生き物じゃないのか?」

「知らん」

 たぶんなんかのキャラクター……だと思う。名前あるし。こっちの世界にこんな奇抜な生き物はいないと信じたい。まぁ見た目の話は良いよ。問題は使い道だよ。

「これ、どうする?」

「どうすると言われても……。好きにしたら良いんじゃないか?」

 どうしたいとも思わないから困ってるんだけどな。正直いらないし。かといって捨てるのも忍びないし。扱いに困るもんを渡してくれやがりましたよ。あ、もしかしてあの店長も扱いに困ってたのでは? で、厄介払い的な。在庫処分的な感じで。やってくれたなあの野郎!

「あ~マジでどうしよ……」

「ん~……コロナに持たせたらどうだ?」

「なんで?」

「子供はぬいぐるみを持つことが多いと聞いたんだが……違うのか?」

「なるほど」

 それはある。ただコロナがこれに興味を持つかが問題。……少しでも興味を持つように俺の臭いつけよ。服の中に入れたらちょっとくらいつくだろ。ロッテがなにしてんだって目で見てくるが気にしない。

「……何をしているんだ?」

 口に出された。直に指摘されると俺もなにしてるんだろって気持ちになっちゃうからやめてほしかった。

「……臭いつけ。コロナ用に」

「あ~なるほど」

 納得されてしまった。まぁ犬だしマーキングとかそんなイメージを持ったんだろう。親の臭いがある物を渡すと子犬って安心したりするらしいし。さて、一分ほどシャツの中へ入れてたしちょっとは臭いもついたろ。試しに寝てるコロナに渡してみよう。

「コロナ~……」

「んぅ~……」

 ぬいぐるみを目の前に出しながら名前を呼ぶと、寝ぼけ眼で一瞥してまた寝やがった。うん見た目に興味はなしね。じゃあ次。

「ん……」

 鼻に近づけると少しピクッと動く。そのままぬいぐるみを抱え込んで離さなくなった。これは成功なのでは……?

「ん? んっ」

 と、思ったら投げ捨てた。おいテーブルの下にいっちまったじゃないか! めんどうなことを!

「悪いロッテ。取ってくれ」

「あぁ」

 コロナがいて俺じゃ取れないのでロッテに頼む。お手数お掛けします。

「やはりダメだったか……ふんふん」

 ぬいぐるみの臭いを嗅ぐロッテ。どうした? 臭い? もしかして俺臭います? 風呂は毎日入ってるんだけど

「これ、匂いが薄いな。元々こっちではよく体を洗う所為もあって主は匂いが弱いからな。それであまり匂いがつかずコロナも気に入らなかったんだろ」

 なるほど……ね。つまり俺の臭いをちゃんとつければコロナも手放すことはないと。……仕方ない。帰ったらどうにかして臭いをつける方法考えよ。他に使い道思い浮かばないしな。コロナには人柱になってもらおう。



 嫌なものを見た。見てしまった。いや~いるんだね現代にもさ。あ~いう気合いの入った人って。え? お前は今何を見てるかって? それではこちらをどうぞ。

「ねぇ。俺たちと遊ぼうよ~」

「え~。僕今日は一人で遊びたい気分なんだけどなぁ~」

「良いじゃん。つれないこと言わないでさ。俺たち今日女の子にドタキャンされて悲しいんだよぉ~。だから慰めてほしいなぁ~。ね? 人助けと思ってちょっと付き合ってよ」

 ん~ナンパですねぇ~。ナンパだけならまぁ俺もチラ見くらいで特に気にならなかったんだが、されてるのがなぁ~……。

「普段なら別に良いんだけど。今日は気分が乗らないんだよねぇ。また今度見かけたら声かけてほしいな」

「え~。じゃあ連絡先聞いても良い?」

「僕仲良くなった人か気に入った人にしか教えないの。だから今度見つけたとき僕が暇で遊べたときお互いもっと仲良くなりたいって思ったら教えてあげる♪」

 なんだその良い女みたいな言い草。腹立つな。出会って早々に人気の少ない場所とはいえ外でエロいこと持ちかけたヤツとは思えん。ここまでくればわかるだろう。ナンパされてんのは憐名だよ。見た目は良いし雰囲気軽そうだから声かけられたんだな。だけどあの様子を見るにあしらい方も慣れてそうだしもうほっといて帰ろうかな。

「ねぇ……しつこい男嫌われるよ? ドタキャンが事実だとしたらされても仕方ないよね。あんたらうざいもん♪」

 と、思った矢先になんか喧嘩売り始めたぞぉ~。大分食い下がられてたっぽいから気持ちはわからないでもないけども。

「へぇ……そういうこと言っちゃうんだ~?」

「俺たち余計に傷ついちゃったわ。責任取って慰めてもらわないといけないな~」

「公衆の面前で犯罪発言? あはは! 時代錯誤にもほどがあって笑うんだけど。後先考えられないとか頭悪すぎ。人間の長所捨ててんの? さらに笑っちゃう」

「って、おいおい……」

 なんでさらに煽って……って、あいつの雰囲気が変わった……? なんかリリンと同調したときに感じたことがある感覚に近いな……。なんだっけこれ? ロッテに聞けばわかるかな?

「なぁ……ロッテ。あいつなんか変じゃね」

「そうだな。気配が荒れてる。マナも会話を進める毎に膨れてきてるな」

 あ~この感覚マナか! どうりで覚えがあるわ。リリンの感覚を借りたときに似てて当然だわ。あいつにはマナを近くする器官があるらしいからな。って、つまりはあいつ魔法を使う気か!? 公衆の面前うんぬんどこいったよ。

「チッ。仕方ねぇ」

 俺の知らないところじゃどうでも良いが目の前だとな……。後々気がとがめるだろうから止めにいくか。柄じゃないけどな。

「ロッテ。ちょっとの間コロナ頼んだ」

「了解した」

「やあああああ!」

 うん。早速コロナが羽交い締めにされてるが今無視! ちょっとそのまま待ってなさい。俺行ってくるから。

「あの~。お取り込み中のところ申し訳ありません」

「なぁにぃ~? また新手のナンパ……って、天良寺くん!? うっそ偶然! 休みの日に出かけたら天良寺くんに会えるなんて運が良いなぁ~。 ねぇ今って暇? 良かったらお茶だけでもどうかな? 実はあの後元カレに粘着されちゃって気分落ちててね? 天良寺くんに慰めてほしいの」

 おうおう。いきなりナンパ男A、Bが眼中から消えたぞ。しかも誘い文句がさっき罵倒したナンパ男の台詞とほぼ同じって……どうなってんだお前の目と頭。さすがのにいちゃんたちもポカンとしてるわ。すぐに怖い顔になったけども。

「うわ~……ここまでなめられると逆に引くわ」

「もう我慢できねぇって。遊ぶのやめてもう二人ともヤっちまお」

 え~……。穏便に済ませに来たのに特になにもしないうちから粛清対象にされちゃったんだけど。会話、しようぜ? な?

「あのですね……。もう少しちゃんと話し合って……」

「にゃーにゃー!」

「おっと!」

 迫るナンパ男よりも早く突っ込んできた物体が。コロナ、なんでお前……考えるまでもないか。

「すまない! 逃がしてしまった!」

「だろうな……」

「~♪」

 五分も我慢できないかお前。留守番や風呂と違って近くにいるほうが見えてるぶん辛いってことか。覚えとこ。

「うっは。なにこの美人」

「背は高いけど気にならねぇくらいだな」

 まるでデカいのが悪いみたいに言うな。ロッテはデカいのも魅力なんだよ。(※犬の話)

「こいつらボコしたらお姉さんに遊んでもらおうかなぁ~。お前の知り合いみたいだし」

 どういうこっちゃ。本当こういう人種は超理論で話が展開するからリリンよりなに考えてるかわかんねぇ。あいつ一応順序立てるし理論的だからなぁ~。難しい話してても筋が通ってることだけはわかるもん。

「ねぇお姉さん。お姉さんもそのガキより俺らみたいな男と遊んだほうが楽しいと思わない?」

「は?」

 俺が蔑ろにされたような発言にちょっとロッテの機嫌が悪くなったね。ダメだぞロッテ。一般人にお前が手を出したらケガじゃ済まないからね。絶対死ぬからね。

「多少の事なら餓鬼の戯れ言と捨て置けるんだが。今の言葉は才に言ったのか?」

「え? 誰? そのガキのこと? そらそうでしょ。今ここに男って俺らとそれだけじゃん」

「お姉さんもしかしてトボけてる? ははっ。面白いねぇ~。面白い女好きだわ~」

 ……ねぇなんでこの場には煽ることしかしないヤツばかりなの? バカなの? 明らか不機嫌になってるのわからないの? わざとだとしたら大成功なんだけど。

「……狩るか」

「ダメです」

 ボソッと物騒なこと言うんじゃない。あ~クソ。どうしてこうなった? 俺ただ目の前で事件起きそうだから止めようとしただけなんだけど! こじれるばかりでなんか俺が火種大きくしたみたいで罪悪感がすごいわ! 俺の悪い子! ……だがこうなってしまったら仕方ない。最早実力行使もやむ無し。ロッテもいるし。たぶんなんとかなるだろ。

「なぁ、ロッテ。相手にケガをさせず。取り押さえることなく。行動不能にできるか?」

「相手はこの二人か?」

「あぁ」

「可能だ」

 即答ですか。かっこいいわ~。惚れちゃいそう。今のやり取りでさらにナンパ男たちを煽っちゃったけど。もう関係ないね。どうせ会話なんて成り立たねぇ。獣には獣を当てるだけさ。

「お姉さんも俺らに喧嘩売っちゃうんだ~? 実は俺ら格闘技やってっからさ。お姉さんじゃとても相手にならないんだけど~?」

「ロッテ。できるなら可能なところ見せてくれ」

「お前なに口挟んで」

「わかった」

 ロッテは常人じゃ見えない速度で片手を振る。まずナンパ男Aの顎先を人差し指と中指だけで弾く。脳が揺らされ膝が崩れ思うように立てなくなる。次に小指と薬指で横からナンパ男Bの顎先をかすめる。A同様Bも動けなくなった。すげぇ。武道の達人みたいなことをやりやがったわ。

「さて、じゃ、俺たちはこれで」

 隙ができたのでコロナを抱えて逃げる。まともに相手なんてしてらんねぇからな。暴力沙汰になっても面倒だし。ギャラリーも増えてたし。ちゃっちゃと逃げるほうが賢い。これが俺の言う実力行使。ちゃんとロッテが振るってくれたし間違ってないだろ?

「なるほど……。じゃ僕も行くね~。次会ったらちゃんと相手してあげる♪」

「ん? え? これどうする……。ま、待ってくれ~!」

 俺が走るのを見て二人とも追いかけてくる。おい憐名。お前は来なくて良いんだが! 他所行け他所に!

「にゃーにゃー♪」

 コロナはコロナで俺から抱えるわ抱き締めるわで上機嫌になっちゃって……。まぁ不機嫌になられるよりは良いけどな。コロナからも抱きついてきてて走りやすいし。

「……」

 結構距離ができて思考に余裕が出てきたからついさっきのことに疑問を持つ。そういやなんで俺マナを感知できたんだろうな。そのくらいリリンに染められてきてるってこと……だよな?

 ……うん。この表現ちょっとヤらしい。反省。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る