第46話
「まずは走れ」
はい。休みが明けて午後の授業開口一番。安定のお言葉ありがとうございます。他のヤツらもデスヨネーって感じで走り始める。ミケは相変わらず黒タイツで走っているんだが……、前よりペースめちゃめちゃ上がってないか? 辛そうな顔も一切見せないし。合宿疲れとかねぇのかお前は。てかミケだけじゃない。夕美斗もミケとほとんど変わらないペースで走っている。タイツのハンデがあってもミケのがペースは上だったのに今はほぼ並んでやがるぞ……。伊鶴と多美も前より全然速い。俺のが速かったのに今前走られてるもん。一番驚いたのは八千葉だ。ただ走ってるだけで辛そうだったのに、キリッとした顔で姿勢を崩さず一定のペースを守っている。お、お前らたった一週間で変わりすぎだぞ……。
「……?」
あ、あれ? 今気づいたんだが、俺もいつものペースで走ってるのにあんまり疲れていないぞ? 徐々にペースを上げても辛くない。
「あ! さっちゃんのヤツ後ろ走ってたくせに抜かしおったぞタミー! 追え! 追うのじゃ!」
「無茶言うなアホ! これが私のベストのペースだっての!」
さらにペースを上げて多美と伊鶴を追い越してもまだまだ余裕があるぞ。現状把握のためにもう少しペースを上げていこう。
「はぁはぁ……。やるねぇ才。二週間もブランクあるのにベスト更新なんて」
「……ふぅ。あぁ。危うく私も抜かされるところだった。もしかして休みの間走り込みでもしてたのか?」
「いや、別にそういうわけじゃないんだが……」
結局ミケ、夕美斗に次いでのペースを維持でき、俺も驚いている。途中からは速度自体は変わらなかったはずだ。変わったのはこいつらだけかと思っていたんだが、リリンと深く繋がることで俺の体にも変化があったようだな。
「おい。休憩は終わりだ。次に今の順位前三人と後ろ三人で対人訓練を始めろ。今回も前と同じ一人が捕らえ一人が守り一人が逃げろ」
……休憩なんて取ったかな? 走り終わって一分も経ってないぞ? まぁ、不思議と疲れもなければ呼吸もあんまし乱れてないから良いけどさ。
「それじゃ今日はどう分けよっか?」
「じゃんけんで勝った順からで良いんじゃないか?」
「面倒だし夕美斗ので良いだろ」
「……なんだが才君に下の名前で呼ばれると不思議な気持ちになるな」
夕美斗の顔が赤くなる。おい、照れんな。呼びづらくなるだろ。
「良いからさっさとやっちまおう。あんまりグダグダしてると後が怖い。はい。じゃーんけん」
ぽんっと決まりました。まずは俺が捕らえる側でミケが守り、夕美斗が逃げる。おいふざけんな。なんで体力バカツートップが同じ側なんですかね! 仮にミケを振り切っても夕美斗に追いつくのは至難だぞ。つかほぼ無理。
「決まったことだし、始めようか。手加減しないよ。才」
「いやそこはしろよ……」
お前本気でかかってきたら俺が死ぬだろうがバカたれ。自重をしろ自重を。俺はげんなりしながらため息を一つ――。
「隙有り」
ついた瞬間を見計らってミケが突っ込んできた! しかも本気のタックル。だから自重をしろ筋肉達磨!
「……っ」
俺は咄嗟に後ろに跳ぶが、ミケはさらに踏み込みを強くして追ってくる。体勢を低くし、足目掛けて手が伸びる。俺はそれを今度は真上に跳んでかわすのだが。
「甘いよ、才」
すぐさまミケは俺の動きに対応して軌道を変える。もう捕まったと思ったんだが。俺は反射的にミケの手首を掴み体を寄せて、さらに頭を掴んでミケの体を飛び越える。
「うっそ!?」
おまけにと背中を踏み台にして夕美斗の方へ向かう。
「どわっ!?」
ドサッと倒れる音が後ろから聞こえたが、ミケなら丈夫だし気にしなくて良いだろ。俺は構わずダッシュ。
「くっ!」
幸い夕美斗はまだ離れていない。このまま取っ捕まえて終わりと行きたいんだけどなぁ。
「ふんっ!」
夕美斗は一旦逃げるフリをするが、俺が詰め寄ると体を捻り回し蹴りを放ってきた。
「ぶふっ!」
「あ、ごめっ!」
謝っても遅い。クリティカルヒットだバカ野郎。顎を跳ね上げられて頭はグラつくし、体も後ろに流れるが、たまたま足首を掴むことができたので引っ張り今度は夕美斗の体勢を崩しにかかる。
「うわわ!?」
蹴られた勢いも利用して体を引きつける。空いた手を背中に回し、そのまま前のめりになって倒しにかかる。あ、このままだと頭を打つ可能性があるな。足首を掴んでいた手を即座に頭の後ろに回してぶつからないようにカバー。うんこれで安心。大事にはならないだろう。こんな状況でこんな気遣いができるなんて今日の俺ってすごくね?
「いっ!?」
慣れていないことしたもんで不十分な体勢で倒れてしまい肘を打った。痛い。
「……」
夕美斗が呆けた顔でこちらを見ている。あれ? 頭かばったつもりだったけど、ぶつけたか?
「おい、大丈夫か?」
「え? あ、あぁ。すまない。怪我をしたわけじゃない。ただ、驚いてしまって。失礼ながら才君に倒されるとは思ってなかったから」
あーね。俺がこんなに動けるなんてってことね。俺も自身も驚いてる。……たぶんリリンとの繋がりのせいだよな。体力だけじゃなくて動きにまで影響が出てるとしか思えない。まだ人間の範囲だけど。たった数日でこれだと続けていったら俺本当に人間やめるんじゃないだろうか。
「あ~。ところでなんだが。そろそろどいてほしい」
「いててて。才。いつまでミス夕美斗の上に乗っかってるの? まだ昼間だよ。大胆だなぁ」
「そのことなんだが……」
俺も好きでこのままでいるわけじゃない。これには理由がある。
「肘打って腕に力が入らない。ミケ、ちょっと立たせてくれ」
肘から先に力が入らん。割りとかっこよく夕美斗を捕まえられたと思ってもこれだよ。やっぱ不慣れなことはするもんじゃない。体が反応できたからって抵抗せずおとなしくミケに倒されとくべきだったわ。
「あはは……。締まらないなぁ~」
「うっせ。さっさと起こせ」
「頼む態度じゃないね? まぁ何気に頼られたの初めてだから良いけどさ」
仕方ないなぁといった感じで抱き起こされる。俺が離れると夕美斗もすぐに立ち上がった。
「にしても今日の才どうしたんだい? なんかいつもと動きが違うよ?」
「私が蹴り上げても気絶しなかったしな。思いっきり顎に入ったと思ったんだが……」
まだ顎は痛いし頭も少しクラクラだよ。つかそんな蹴りを素人にやるんじゃねぇ。
「休みの間本当になにがあったんだい? あとで詳しく聞かせてほしいんだけど」
「私も是非聞きたい」
「んなこといってもなぁ……」
まず体動かしてないし。気持ち悪い生き物見たり人間が家畜や玩具扱いされてたり、あとは拉致られたりボコされたり。それから口止めされてるネスさん関連と、ロッテとの契約くらいか。ロッテとの契約以外話せることねぇぞ。前半とか気分悪くなるだけだしよ。
「理由はなんにせよ。才もかなりやるってことわかったし、遠慮しなくて良いよね」
「そうだな。私ももう一瞬足りとも気を緩めない」
「は? お、おいお前らなに急にいきり立ってんの? たった一回のマグレに対して……ねぇ聞いてる?」
妙にやる気を出した二人により、このあと俺はボロカスにやられましたとさ。ハハハ最初の段階ではまだ手加減してたんだお前ら。クソッタレ。このあと、デキの悪かったヤツがペナルティを受けるかと思ったんだが、運の良いことに今回はなかった。それだけが本当に救いだよ。
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