第27話

「なぁ。本当にこの格好じゃなきゃダメなのか?」

「そうだな。我らは鼻が利くし畜生を連れ回す場合身綺麗にしておくのは基本なのだが、お前はマナのせいで特に臭いとは思われんはずだが保険はかけておいたほうが良いだろう。その服は体臭を隠すからな。それ以外の服を着ていたら首輪をつけていたとしても気に障ったとかで殺されかねんし着ておいて損はないだろう。嫌ならば無理にとは言わんが」

「わ、わかったよ。着てりゃ良いんだろ着てりゃ。ったく。いちいち物騒だな」

 俺たちは今王城のリリンの自室。着替えを終えたところだ。

 リリンは普段のフリルの少ないゴスロリみたいなドレス。俺はなんかバーテンダーのコスプレみたいな服を着させられている。いったい誰だこんなもん作ったヤツ。そしてこれを着なきゃいけない変な決まり定めたヤツ。恥ずいわボケ。

「それではリリン様。皆様お待ちでございますのでそろそろ……」

「クハハ。待たされた程度で文句を言うヤツもいるとは思えんがな」

 時間の概念が薄いし長生きだしそらそうか。割りとのんびりした人が多いのかもな。人って表現するのは些か抵抗があるが。

「そもそも我に口答えをするヤツなぞもう血族の中にはおらんよ」

 リリンの血族――選血者は利己的だが実力主義だかなんだか言ってたな。兄貴をバラしたとか嫌い的なことをリリアンが言ってた気がするから下克上は有りなんだろうけど。

「では行くか」

 部屋を出るリリンの後に続く。何事もなく終わってくれることを祈りながら。



 大きな扉を開けると、まず目に入るのは中世貴族の晩餐にあるような長テーブル。そしてそれに座った美男美女。どいつもこいつも整った顔立ちに真っ白い肌をしている。

「待たせたな有象無象」

 リリンが入った瞬間。全員が傍らを歩く俺に目を向けた。当然ながら人畜生である俺に難色を示す顔がほとんどで肩身が狭ぇわ。

 事前に聞いていたことだが、席順は貴族のような身分=席次ではなく。強さ=席次となっている。そして現在の空席は一番奥の真ん中の席。リリンが一番強いから分かりやすくて良いわ。

「座れ」

「は?」

 突然リリンに話しかけられる。座れってお前。

「どこに?」

「ん」

 親指で上席を指すリリン。

 は? どこに座れって? お前それ選血者の椅子だろうが。そこに座れとか絶対殺意抱かれるヤツじゃん! ふざけんな!

「早くしろ。我が許可している」

「くぅ……っ」

 むしろここでグタついたり反論したりするほうが問題……か。俺は渋々ながら椅子に座る。案の定と言うべきか周りからの圧力プレッシャーがはね上がった。うわぁ……超怖ぇ。

「よっと」

「あ、おい」

 リリンは周りの目など意に介さず俺の上に座る。フワリと香った匂いはいつもより濃い気がした。緊張で鼻が敏感になってるのかバカになっているのやらわからない。

 周りを見ると俺を連れていたことよりも俺と密着した時の方が余程驚いた顔をしている。選血者にとって俺たち人畜生はかなり臭いがキツいらしいから、密着どころか膝の上に座るなんてなんてあり得ないことなんだろうな。

「クハハ。珍しくリリアンを使ってまでリリンから呼び出しがあるかと思えばなんともなんとも。最初から面白いモノが見れたものだな。まさか人畜生をこの場に連れてくるだけでは飽き足らず。体に触れるなんてなぁ? 兄弟姉妹血族達は人畜生を交わらせて遊んでいる私を変人変態と言っているようだが。その比ではあるまいよその行為は! クハハ! 笑いが止まらないな!」

 リリンが座るのを確認すると上席に近い。リリンから見て右側の男が口を開く。リリンから見て左、右、左、右という席順らしいので三番目に強いってことか。リリンよりも色味の強い金色の髪が眩しい二十代半ばくらいに見えるイケメンだが、恐らくずっと年齢はいってるんだろう。なにせリリンでさえ齢二百を超えたババアだし。

 リリンが座るまで黙っていたのは恐らく全員が席についてから話すのが決まりだかららしい。部屋に入ったときに話しかけられなかったのはそのせいり

「ヴァンフォール。笑いすぎだ。うるさいぞ」

「クハハハハハハ! 言うことを聞いてやりたいのは山々だが難しい要望だぞ妹よ。人畜生に好んで触れるなぞ我が血族達では初のことだからな。その姿、滑稽すぎて腹の肉が引きちぎれそうだ! クハハハハハハハハハハ!」

「力ずくで黙らせても良いんだぞ?」

「それは困るな。わかった。静まろう」

 リリンが少し威圧しただけでヴァンフォールと呼ばれた男は真顔になり静かになった。さっきまで大笑いしてたのに器用な男だな。だが今のでハッキリした。上下関係は本当にキッチリしているみたいだ。

「ヴァンフォールは確かに喧しいが、しかしてリリンよ。ヴァンフォールでなくとも気にはなるだろう。人畜生に触れるなぞ。お前が変わっているのは周知ではあるが今回ばかりは予想を遥かに上回る愚行と言わざるを得ないな」

 次に口を開けたのは左の席の三十代くらいの男。席順的には二番目に強いってことは恐らく。

「案ずることはないぞ我が父エルドレアスよ。呼び出したのは他でもない。こいつを紹介しようと思ってな」

 やはり父親か。周りよりも少し年齢がいってるように見えるが十分若々しい。

「ハッ! ふざけてんのかよ姉上様。新しい人畜生おもちゃを見せたいがために俺達を呼び出したってのか? なめてるにも程がねぇかよ老いぼれがよ」

「お前は……誰だ? 知らん面だな」

 悪態をついたのは席順的には七番目の男。短い髪に鋭い目がもうヤンキーにしか見えない。見た目の年齢も中学生そこそこって感じ。つか身内じゃねぇのかよ。何で知らないんだ。

「あぁ。シュトルーフは末の弟だよ。リリンが父上様を豆粒にしてから産まれたからずっと部屋に引き込もってたリリンが知らないのも無理はないな」

「ほう? それで七番目か。かなり優秀ではあるようだな。他と比べてだが」

「俺は七席ってのも気に入らねぇんだよ。強さが序列なら俺はそこの姉上様の席に座るべきだろう」

「クハハ。調子に乗りすぎよシュトルーフ。兄姉達に喧嘩を吹っ掛けても乗らなくて気が立ってるのはわかるけど、リリンの招集によって開かれたこの場を荒らすのはやめた方が良いと思うわよ」

 次に口を開いたのは二十代半ばくらいのピタッとしたドレスを着た女性。強さは四番目。化粧はしていないだろうがリリンのように整った顔立ちにスラッとしたモデル体型。リリンの大人バージョンって感じだな。もしもリリンがこんなんだったら秒も持たずに籠絡されていただろうな。ちんちくりんでありがとうリリン。

「セスナミルア姉様。あんたもなに俺より上の席に座ってんだよ。俺から逃げてる臆病者がよ」

「クハハ。別に逃げてるわけじゃないのよ? 結果の視えている勝負が詰まらないだけ。貴方のマナでは私の能力は防げないもの。身の程知らずは大人しく今の席で我慢していなさい」

「うるせぇよ。わかったような口叩いてんじゃねぇ。リリン姉様は産まれて間もなく他の兄姉達を屈服させていったんだろう。だったら俺がやっても文句はねぇはずだ。なにより強けりゃ文句なんて言えるわけもないしな」

「はぁ……」

 呆れたように息を吐くリリン。それが癪に障ったのかシュトルーフはセスナミルアからリリンに標的を戻した。

「なんだよ姉様。言いたいことあるなら言えよ。その席に座ってるならビビる必要もねぇだろ?」

「フム。なに。我が血族も衰えるのだと思ってな」

 その場にいる全員がピクリと反応する。シュトルーフだけでなく血族全員を指したからだろう。

「いい加減気づいても良いものだがな?」

「あん? なに言ってんだよ」

「フム。何に気づくと……ん?」

「……なるほど。クハハ! これはまた面白い!」

「あら。そういうこと。確かに興味深いわね」

 上席に近い何人かはリリンの意図に気づいたようだ。シュトルーフは気づいていないみたいだが、もちろん俺もよくわかってない。

「いくら臭い消しを着ているからとはいえ臭わなさすぎる。どんなに身綺麗にさせようが臭いからな人畜生は」

「でも全然臭くない。探ってみれば答えは単純だったけど」

「マナの密度が我らに匹敵しているな。なるほど。それでリリンも触れていられるわけか」

「その通りだ。だから貴様らを呼び出した。こいつは貴重な存在故な」

「さっきからなに言ってんだよお前ら」

「……おいおいシュトルーフ。まさかわからないのか? さすがに冗談だよね? 面白くないからやめてくれるかい」

「マナの感知くらい貴方にもできる……。あ、できてたら兄姉に喧嘩なんて吹っ掛けないか」

「まだ子供だからな。仕方あるまい」

「父上様までなんなんだよ。何が言いたいんだよ。ハッキリ言いやがれ。ムカつくな」

 上席の連中は揃って呆れたように肩をすくめる。まるで生意気な子供に諦めを抱いたように。

「話の腰を折ってるのは貴様だぞ雑魚。黙って座ってられんのかこのバカは」

 逆にというかなんというか。話が進まないことでリリンがイラつき始めた。ヤバイな。これほっとくと例のパターンだぞ。

「侮辱するならキッチリ格付けてからにしろよ姉上様よぉ。あんたがその席に座ってんのは俺が生まれる前に当時一番強かった父上様を下したからだろ? 俺がそんときに産まれてたら結果は違ってはずだ」

 シュトルーフってヤツはものすごく血の気が多いな……。でもなんか今までこっちで見てきた中では一番人間らしく思えるわ。イキッてるところが特に。親近感が湧くよ。絶対関わりたくないけど。

「話が前に進まん……。鬱陶しいな貴様。失せろ」

「だったら力ずくでやってみろよ姉上様――」

「その辺りにしとくんだシュトルーフ。さすがの貴様もこの場にいる血族全てを相手にしたくはないだろ?」

「私たちは絶対にリリンを怒らせたくないの。滅多なことではないと思うけど、巻き添えを食らいたくないの。父様ならよくわかってらっしゃるわよね。リリンが血族の中でどれだけ強くどれだけ残酷か。不死身に恐怖を抱かせるなんて私達の中でも異質過ぎるもの」

「意地の悪いことを言うな。我とて最早リリンにまともに歯向かおうとは思ってない。シュトルーフ。格付けを済ませたいならば後にしろ。この場だけは荒らすな。それならばリリンとて相手をするかもしれんぞ」

「どいつもこいつも煩ぇな。俺はお前達とは違うんだよ。臆病者供め。丁度良い。全員まとめて肉傀儡にしてやる。かかってこい」

 挑発の言葉に何人かが反応し立ち上がりバトル勃発かと思いきや、リリンが手で制した。

「今は我の用件を優先させてもらうぞ。我にとっては最優先なのでな。そいつは後で誰か躾ておけ。これから話すことも頭を掻き回してでも覚え込ませろ。でなければそいつも木にする」

「なんだやっとヤル気に――」

「力ずくでやれと言ったのは貴様だからな」

 シュトルーフが最後まで言葉を発する前に、リリンは影でシュトルーフを縛り上げ扉も壁も突き抜けて外へ放り出した。うっはぁ~いつもより雑。それくらいイライラしていたってことだな。

「あれこれどう貴様らに我の本気を見せようか考えていたんだが、面倒になってしまったな。単刀直入に言わせてもらおう。我はこいつを気に入っている。赤の首輪をつけている以上の意味で、だ。もしこいつに手を出してみろ。傷一つすら許さん。さっきのガキ程度では済まさん。永遠に殺し続けてやるから各々頭と胸に刻み込んでおけ」

 リリンの本気の威圧にその場の全員が一瞬恐怖の表情浮かべ、了承の意を示す。イライラしているリリンの側に居たくないのか席の離れたヤツらはすぐに退室していく。

 ある意味あのシュトルーフのお陰でスムーズに事が運んだな。この場の重要性を行動で示すことができたわけだし。ありがとうイキッてくれて。君の犠牲のお陰で短い時間で済んで俺の心臓は守られた。さっきからずっとバクバクいってて破裂しそうだったんだよ……。マジ助かった。

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