86頁目 スクジャの町並みとコーヒー

 翌日は、町の散策に出掛けることにした。一昨日おとといは、入国してすぐに討伐とうばつ依頼に出掛けて、それから一晩過ごして昨日戻ってきてそのまま宿に直帰したのだ。

 今日もまた依頼を受けるべくギルドへ行くとなると、一〇年以上昔の私を思い出してしまう。今回はそういう旅ではないので、この国、この町の文化やグルメに触れることにする。

 一応、ライヒ王国でも地曜日ちようびは休みの店が多いが、逆に飲食店などになると、そういった休日の人達の需要を満たす為に張り切って営業していたりする。

 アネモネと二人、手を繋いで歩いていると休みで人通りも少ないということで、私達の存在は目立つらしい。まずエルフ族特有の長い耳を見てまず驚かれ、そしてアネモネに目を向けて子持ちだと二度驚かれる。それから、主に男性陣の中でヒソヒソ話が始まる。ただ、この長い耳は飾りではないと何度も言っているように、その程度の距離と声量では丸聞こえですよ?

 そんな噂話に耳をかたむけつつ、周囲の町並みを眺め、朝から営業している飲食店を探す。


「美人だな。子供も可愛いな」

幼女趣味ロリコンかよ」

「違う!」

「父親はいないのかな?」

「あんな綺麗キレイな奥さんがいるとかうらやましすぎる」

「同感」

「どこから来たのかな?」

「この近くって言ったら、ウェル山脈じゃね? エルフ族の里があるって噂だし」

「片親かな?」


 正解です。


「だとしたらわっしにも好機チャンスあるか?」

「ねぇだろ」

「んだとぉ!」

「エルフ族は長命だから、相手はエルフ族以外のハーフで先立たれたとか?」


 それは私の両親の話です。


「子持ちでもあんな美人となら付き合いたいな」


 残念ですが、エルフ族以外はお断りです。

 そんな噂話を聞きながら通りを歩いて行く。アネモネは言葉が分からないということと、ジストやエメリナとはまた違った建物の様子に目をキラキラさせて夢中になっている様子だ。

 今は手を繋いでいるが、この手を離したら飛び出してしまうのではないかと思うくらいに、興味津々のようである。

 改めて町を見てみると、建物は全体的に石組みのようだ。しかし、だからといって地味な色合いが並んでいる訳ではなく、何やら塗料とりょうによって着色されているのか、全体的に赤色だったり桃色だったり、中には黄色や石なのに木造っぽく茶色に塗っている建物もあった。しかし、白色で塗られている建造物はほとんどなく、仮に白色が使われていたとしても、二色のストライプ縦縞模様であったり、ワンポイントであったりと単色でもちいられていない様子。

 これは、寒季には雪でおおわれることが多いと予想される土地柄とちがらから、派手目な色を塗って自身の家を認識させやすくする為なのだろうと思われる。色の系統が近いのは、大量に手に入れることが出来る顔料がんりょうの元となる鉱石に影響を受けているのだろうか。

 全体的な色は派手なのだが、所々塗装がげていたり、いたんでいる部分があったりすることで年季を感じさせ、とても味のある景色となっている。

 壁は分厚く、寒季が長いこの国で、冷気が入らないように暖気が逃げないようにする為の工夫だろう。昨日泊まった宿や、ギルドで建物内部の造りも見ていたが、外観は石だが、内部は木で組まれていることが多い。石よりも保温性に優れているのと、適度に湿気を吸い取ってくれるのでカビ対策にもなっているようだ。

 換気をすることが少なく、温度だけでなく湿気もまりやすいこの土地の建物は、こうして湿気と格闘しているのかと感心する。

 私の実家は、森の中という湿気ムンムンの立地に加えて、立て付けの悪い古い平屋の木造建築で、屋根やキッチンなどでキノコやカビなどの菌類や苔などが自生しているのをよく見かけた。私の自室は、一応薬品を扱う作業部屋ということもあって、定期的に掃除をするなどして清潔に保ってはいたが、家全体の浸食しんしょくまでには気は回らなかった。

 というか、キッチンに生えたキノコを千切ってそのまま鍋に放り込んで煮詰めている母の姿を目撃したことがある。まぁ食べたけど。多分美味おいしかったし。

 そんな実家であったので、それと比べると、こういった人間や獣人の利用する建物というのは、とても進んでいると思う。しかし、前世の平成へいせいの町並みを思えば、この町の造りも五〇〇年から一〇〇〇年も昔の建物ということになる。ということは、私の実家は縄文じょうもん時代か弥生やよい時代にまで逆行してしまうのだろうか。差がひどい気がする。


「お母様」

「ん? どうしたの?」

「あそこなんてどうですの?」


 そう小さい手で指差した先には、朝の活気のある町の中にいて、そこだけ切り離されたかのように落ち着いた雰囲気を放つ喫茶店きっさてんのような店であった。


「中々渋い店を見つけたわね」


 娘のセンスに驚きながらも、せっかくだからと扉を開ける。

 カランカランと音の鳴る木製のベルが私達の入店を報せ、カウンターで羊型の獣人族であるお婆さんが度の強そうな眼鏡を掛けて何やら紙とにらめっこをしていた。お客は私達を含めて三組とヒッソリとしており、皆高齢者のようで、時折「はっはっは」と笑い声がするものの静かな空気が流れていた。


「いらっしゃい」


 ベルの音で気付いたのか、にらめっこしていた紙から顔を上げて、高齢の女性は私達を見つめた。


「席は自由にどうぞ」

「じゃあせっかくなので、横長台カウンターにしましょうか。アネモネもそれで良いわね?」

「はいですわ」


 席に着いて、メニュー表を見る。

 この国に来てまだ三日。ほぼ丸一日を依頼で過ごしたことを考えると、滞在期間はもっと短い。その少ない時間の中で、ギンゼルさんやギルドの受付の協力のもと、国語の授業を受けてきた。よって、全部は分からないが、多少の単語は読み取れ、前後の流れから大体の内容の把握はあくも出来ていた。それでも半分は分からなかったが。

 そして、そのメニューの中に面白い名前があった。


「コーヒーがあるんですね。豆はどちらから?」

「北部にある農園だよ。あそこの豆は良い物だからね。少々値は張るが、昔馴染みだから仕入れているのさ」


 そう言って、瓶詰びんづめにされた焙煎ばいせんする前の豆を見せてくれた。はて、焙煎前の豆をジックリ見たことはなかったが、こんな感じだっただろうか。

 コーヒー豆の生産地と言えば、前世ではアフリカや南米といった熱帯、亜熱帯地域に集中していたと思うが、ここではこの寒冷地で栽培されているらしい。豆も違うみたいだし、コーヒーという名前のコーヒーではない飲み物なのかもしれない。何だか興味が出て来た。

 私はコーヒーと軽食を、アネモネには流石にコーヒーはまだ早いだろう。食事は同じ物で良いとして、飲み物をどうするか。


「アネモネはどうするの?」

「わたくし、この果実汁というのが良いですわ」

「果実汁? あぁ、ジュースね。分かったわ。食事は私と同じ物で良いかな?」

「お任せしますわ」

「分かったわ。あ、すみません、コーヒー一つと、果実汁一つ。それと、このサンドイッチセットを二つお願いします」


 異世界の食事情というのは本当に分からない。パンに肉や野菜などをはさむ料理があるのは、まぁ分かる。簡単だし、誰かしら思い付きそうだ。何故なぜに名前まで同じなのかはなはだ疑問である。が、そんな思いを飲み込んで、気にしないことにする。語源が不明な名前の物なんて当たり前にあふれている。今更なのだから一々気にしても仕方ないのである。


「はいよ。じゃあ少し待っててね」


 注文を受けた店主のお婆さんは、ゆっくりとした動作で、しかし無駄な動きなく長年の経験でつちかわれてきたスムーズな動きでテキパキと支度をしていく。カウンター席だと、こういう作業の流れというのが見られるので面白いと思う。

 実際に隣に座るアネモネなんて、目を輝かせて身を乗り出すようにして、というか完全にお尻が浮いているので身を乗り出しているのだが、楽しみですを全身で表している様が微笑ほほえましくて、ついつい笑みがこぼれてしまう。

 しばらく待っていると「お待たせしました」と言ってまずカウンターに置かれたのが、お湯をそそがれた状態のドリップ式コーヒーであった。


「全部落ちたら飲み頃だよ。ミルクを混ぜると美味しいよ」

「分かりました」

「わー、それなんですの-?」


 アネモネの興味がこちらに移った。私もコーヒーの知識に明るくないので軽く概要だけ説明すると「そうなんですの」と言って、マジマジとポタリポタリと落ちるしずくを観察している。


「はい、おじょうちゃんにはこっちだよ」


 そう言って果実汁が置かれた。いくつかの種類の果物をしぼった汁が混ぜられているのか、色はカラフルで、まるでスクジャの町並みのようであった。言葉が分からないアネモネは気付かずコーヒーを見つめ続けていたので、私が教えてあげるとハッとして両手でグラスを持ち「ありがとうですの!」と元気な笑顔で店主にお礼を言った。当然言葉は通じないのだが、その笑顔でニュアンスは伝わったのか「どうぞ」と笑顔で返してくれた。

 チビチビと味わうようにジュースを飲む彼女を横目に、私もコーヒーの様子を眺める。もう後少しだろうか。

 紙が貴重なこの世界にいて、ペーパードリップなんてものがあるはずもなく、濾過ろかに使われているのは、きめの細かい布……ガーゼのような薄い布を通していた。


「はい、サンドイッチセット、二つね」

「あ、ありがとうございます」

「ありがとうですの!」


 サンドイッチセットの内訳は、三角形のサンドイッチ二つにサラダ、スープと前世の喫茶店でも定番の物。中にはコーヒー一杯の値段で、あれもこれもと一〇種類から十数種類ものモーニングが付いてくる地方や地域があると聞くが、全くもって意味が分からない。

 私はいつものエルフ式挨拶をするが、アネモネはそんなこと気にせずにすぐにサンドイッチを手に取った。

 サンドイッチの具材は、燻製くんせいハムに葉っぱ、チーズと大量のマヨネーズがはさまっている状態だ。葉だけを少し千切って口にする。葉っぱはレタスではなく、少し苦味の強い柔らかい葉のようだが、子供の舌には少々厳しいのではないだろうか。

 いや。

 ここで、サンドイッチの具材に再度注目する。そして一口かじった。なるほど。葉っぱの苦味を大量のマヨネーズで中和させ、味が単調にならないようチーズと、ハムとのバランスも良い。

 実際に隣でアネモネも小さな両手でしっかり掴んで、これまた小さな口を目一杯大きく開けて齧り付いていた。そして咀嚼そしゃくしている時の幸せそうな顔を見ると、ちゃんとこの子も美味おいしいと感じてくれていると思えて作った訳でもないのに、嬉しく感じてしまう。

 次にサラダ。こちらもレタスではなく、そしてサンドイッチに使われている葉っぱとはまた別の葉っぱのようだ。少し硬めのパリッとした感覚はレタスに近いが、味や香りはほとんどなく、植物油と塩、香草ハーブを混ぜたドレッシングで味付けしている感じだ。

 最後にスープだが、こちらは見慣れた物で、豆と根菜を塩と動物の骨で煮詰めてある。しかし動物臭さがないのは、香草と香辛料も入っているからだろう。香草はともかく、香辛料は高いので少量であるが、それでも十分にその力を発揮していると思う。


「ん、お嬢さん、コーヒー出来たみたいだよ」

「あ、本当ですね。ありがとうございます。頂きます」


 まずはブラック。香ばしい香りが強く、味も苦味の中に酸味のある、まさしくコーヒーっぽいコーヒーのような何かだ。味がコーヒーっぽくないというのもそうだが、前世に飲んだコーヒーはもう少し苦味が少ない記憶がある。記憶違いだろうか。しかし、それにしても苦味が強すぎて酸味が薄れているように感じる。


「お嬢さん、それはミルクを入れて飲むんだよ」

「そうでした」


 最初はまず混ぜずに飲むを実践じっせんしてみたかったのでやってみたが、後悔する結果となった。指摘された通りにカップの横にあったミルクの入った瓶をかたむけると、白いトロッとした液体がコーヒーの中に消えていく。最初は二色に別れていたが、かき混ぜることで次第に色が混ざり、薄い茶色へと変貌へんぼうした。

 砂糖はないので、このままミルクを混ぜただけで飲む。するとどうだろうか。苦味がミルクの脂肪分で緩和され、とても飲みやすくなっている。これはコーヒーではないし、カフェオレでもないが、これはこれで良い物だと思った。


「お母様? わたくしもそれ飲みたいですわ」

「ん? 良いけど、少しだけね」


 子供舌かもしれないのに、一気に飲んだら大変である。

 そして、少しカップに口に付けたところでその動きは止まり、瞬間目を見開いたかと思えばすぐにカップを口から離して「苦いですわ~」と涙声になっていた。

 彼女はすぐに残った果実汁を飲んでホッと一息。その一連の様子を眺めていた私と店主、そして周囲のお客さんは、一様に笑いが堪えられずクスクスと笑ってしまった。

 そんな暖かい雰囲気の中で、このゆったりとした時間を過ごすのであった。

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