85頁目 タグの提出と水浴び

 王都スクジャに戻ってきた私達は、そのままの足で冒険者ギルドへ向かった。討伐とうばつ報告もそうだが、何より今回は冒険者のタグの提出の重要度が高い。

 アネモネは宿に置いてきていることにしているので、ここで姿を見せるのは良くない。ということで剣の中に姿を隠してもらっている。

 受付の言語魔法が出来る兎型獣人の男性に話し掛け、素材と遺品の提出を行い事情の説明をする。最初はタグの多さに驚いたようだったが、話を聞く内に目がするどくなり、すぐに素材の鑑定をギルド直属の専門家に委託いたくすべく手配していた。

 鑑定を行っている間も事情聴取のような聞き取り作業を行い、おおむね話の整合性せいごうせいはかれると安心したように溜め息をいた。


戦鐸鬼せんたくきの討伐成功の証拠しょうこであるつの、牙、体毛の確認出来ましたので、こちらが報酬ほうしゅうとなります」

「ありがとうございます」

「それと冒険者タグの回収の件ですが、現在確認作業を進めておりますので、まだしばらくお待ち下さい」

「いえ、偶々たまたま遭遇そうぐうした個体がそれをぶら下げていただけですから」

「恐らく大丈夫だとは思いますが、何せ一度にあれだけの枚数のタグですからね。一応冒険者狩りでないと確定出来るまで時間が掛かるのです」

「それは仕方ないことだとは思います」

「それと……」


 そこで受付の男性が言いよどんだ。私が首をかしげると、意を決したように口を開く。


「こちらの確認不足で、まさか歴戦の戦鐸鬼相手にフレンシアさんお一人をてるなんてことをしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「大丈夫ですよ。こうして無事帰って来れましたし。それに、安心しました」

「というと?」

「いえ、あの戦鐸鬼の強さが普通で、あれくらいのものがいくつもあの平原を闊歩かっぽしていることを考えると、とても恐ろしいと感じていましたので、偶々強い個体に当たっただけだと分かり、安心したんです」

「はっはっは、ありがとうございます。そうですな。そんなのが当たり前のように沢山たくさんいたら、今頃はこの国はありませんな」


 そして受付が「それと」と言葉を続けた。


「今回のタグの冒険者ですが、半年程前に行方不明になっている六人組のパーティでしたね。採取さいしゅ依頼に出掛けたまま帰ってこなかったので、捜索隊そうさくたい派遣はけんするか話し合いが行われたのですが、時期が時期でしてね……」

「半年……あぁ、乾季ですね」

「ライヒでは暑季と乾季が短いので、八月下旬から遅くとも九月上旬には寒季に入ります。よって、寒季目前での捜索は危険だとのことで、仕方なく近場の巡回にとどめ、本格的な捜査そうさはされなかったのですよ」


 なるほど。その冒険者パーティは、採取場所かその移動中にあの戦鐸鬼と遭遇して戦闘もしくは撤退てったいを決めた。二人が負傷して落伍らくごしたからタグだけ回収して逃げようとしたが、結局全員が死んでしまったということか。


「残りの装備に関しては何か分かりますか?」


 確か八人、九人分はあったはず。しかし、全ての装備を持ち帰ることなど出来ない為、一番状態の良い防具のみそのまま持ってきて、残りは装備の一部か製造者のめいが入っている部分があればそこを切断して持ち帰っていたのだ。文字は読めなかったが、大体きざまれる場所は似ているので何とか分かった。


「誰がどの装備を身に付けていたかまでは……それに、残りの二、三人に関してはタグもありませんので、判断が出来ません」

「残念ですね」

「えぇ、ですが、少なくとも一つのパーティの行方が分かっただけでも良かったと思うべきです。残念な結果でしたが、それでも遺族の方達にとってはいつまでも生きているのか死んでいるのか分からない状況というのはつらいはずです」

「そうですね」


 結果を受け入れられるかは、その人次第しだいではあるが、遺品が見つかったというのは一つの区切りになる。これからは供養くように努めるのではないかとは受付の男性の話である。


「では、私はこれで。また何かありましたら、こちら私が宿泊している宿です。ここか、ギンゼルさんの工房にいると思いますので、連絡を下さい」


 そう言って粗紙そしのメモを渡す。

 宿名は看板を見ながら書き写したものなので、線が不格好だが、受付の男性は笑顔で「分かりましたと」答えてくれたのでちゃんと読めたようだ。

 渡してからこの人、言語魔法使えるから共通リトシ語で書いても分かることに気付いたが、恥ずかしいので口にすることはなかった。相手も気にしていないか、気付いていないようですし。気付いているのなら、あえて言わない優しさというものだ。私から傷を作る必要はない。

 粗紙とは、この国で広く使われている紙で、ジスト製の紙よりも作りはあらく、均一に整えられていないので、羽ペンなどで急いで書くとしょっちゅう引っ掛かる。薄い部分と分厚い部分があるので、その境目さかいめからやぶれやすいなどの欠点があるが、大量生産しやすく安く買えることから、ライヒ王国では一般的な紙として使われている。

 他にもギルドの依頼ボードで木札がもちいられているように、木札もまだまだ多く出回っている。というのも、粗紙の素材となった木の余った皮に近い部分が木札として加工されるからだとか。素材を無駄にしない良い方法だと思う。もう少しちゃんと作って欲しいとは思うが。

 ちなみに、ジスト製のような状態の良い紙は高い。しかし、一枚一枚を職人が手作業で製作しているので、下手したらジスト製よりも真っ白で引っ掛かりのより少ない、前世のコピー用紙とまではいかなくてもそれなりに良い紙となるので、身分の高い貴族や王族は主にこちらを使用しているらしい。

 書き損じでも余白があれば、従者がその部分を切り取って使うという話をギンゼルさんが国語の授業の中でチラリと教えてくれた。

 それから互いに挨拶をして、私はギルドを出た。次に向かうは、宿屋だ。

 アネモネを宿に置いてきていることにしているので、依頼が終わった以上は一度帰らなければ不自然だ。それに、宿の外に備え付けられている水汲み場で、装備の洗浄を行う必要がある。思った以上に返り血を浴びたので、早くサッパリしたい。

 ギルドにも冒険者用の水浴び用の場所が設置されており、シャワールームのように活用されている。しかしこちらは有料だ。一方で私が利用している宿は水汲み場の利用料も宿泊費に含まれているので、その分お得なのである。その代わり外にあるので、男性冒険者ならともかく、女性冒険者はあまり利用したがらない。私の女子力なんて地中に埋まる程に低下しているので、その程度の羞恥心しゅうちしんなどない。ないと断言してしまう辺り悲しいが。


「ただいま戻りました」

「おかえりなたい!」


 宿屋の主人ではなく、その一〇歳前後の娘さんが応対してくれたが、あの親にしてこの娘。語尾が同じである。


「おうぃ、おかえりなたい!」


 そして奥から顔を出した主人。その顔で「おかえりなたい」はちょっとどうかと思う。


「私の娘は部屋にいるでしょうか?」

「だと思うぞい。部屋から出たら分かるしない」


 分かり切っていることをあえて聞く。


「ちょっと依頼で汚れましたので、外借りますね」

「おうぃ……あん? お前さん外の水汲み場を使うのかい?」

「そうですが?」

「嬢ちゃんみたいな娘っ子が、そんな、外だぞい?」

「分かっていますよ」

「うーん……良いなら良いがい……」


 何やら難しい顔をしてうなってしまった。だが、今更有料の水浴び場に行こうとは思わないので、このままスルーして利用しようと思う。いや、一つ思い付いたことがある。


「私一人が不安なのでしたら、私の娘と、そちらの娘さんの三人で水浴びということでいかがでしょう?」


 秘技、幼女を増やす作戦。


「んぉあぃ? まぁ、それなら良いかい」


 自分で言っておいてあれだが、良いの? まぁ良いなら良いけど。それと「んぉあぃ?」ってどう発音すれば出る言葉ですかね?

 様々な疑問があるところで、私は「では娘を呼んできます」と言って、汚れの多い狼鳥竜ヴィオニトニクスの革の手袋と、|鉄火竜《ジャンドラナのジャケットを脱いで外に置いておく。私がアネモネを迎えに行っているフリをしている間、主人には装備が盗られないか見ていてもらう。

 周囲の目がなくなったところで、アネモネを呼び出した。


「聞いていたわね? 水浴びするわよ?」

「分かりましたわ」


 そう元気に答えて「わーい」という感じで階段を駆け下りていった。私もそれに続く。

 外に出て主人に礼を言って装備を回収。アネモネと、主人の娘リンシェちゃんと一緒に水汲み場へ移動した。

 中庭のような位置であるので、通りからは見られないが、ちょっと覗き込めば簡単に見えるし、何より周囲を建物で囲まれており、そのどの方角にも窓が付いているので、どこからでも覗ける仕組みである。確かに隠れる場所がないから女性は利用しないわね。

 そんなことを気にしない私とアネモネ。そして自身よりも年下と思われるアネモネに引っ張られて少し恥ずかしさを見せるも、それ以上に楽しみな雰囲気ふんいきただよわせているリンシェちゃん。

 それからは、井戸から水を汲み上げてはバシャーとぶっ掛けて遊んだり、子供二人がキャアキャア言ってはしゃいでいたりするのを横目に、ゴシゴシと防具の汚れを落とす私。その際に、エルフ族の民族衣装とその下のホットパンツ。狼鳥竜の革のブーツも脱いで洗っているので、今の私はインナー姿、つまり下着しか装着していないことになる。色気ゼロだが。

 まぁ、それを言うならリンシェちゃんも下着姿だし、アネモネに至っては、全部脱いでスッポンポンだ。

 というか、脱ぐならワンピースも下着もらす前に脱いで欲しかった。このようやく暖季と言える気候のこのライヒ王国王都。乾くまで時間が掛かることを考えれば、予備の服のないアネモネは、この後どうするつもりなのだろうと思う。

 中庭でこれだけ賑やかにしていると当然目立つ訳で、先程から建物内だけでなく、わざわざ通りからはずれて様子を見に来る人もいる。そして決まって私達の格好を見て驚いて、すぐに視線を外したり、逃げたりしている。中にはガン見してくる人もいるが、特に何もしてこないのであれば放置。後から何かちょっかいを掛けてくるのであれば、その都度つど対応ということにする。

 ここがルキユの森であれば、下着も全部脱ぐのだが、流石さすがの私もマナーくらいはわきまえている。成人した女性は公然の場で裸にならない。つまり下着姿はセーフなのだ。こんなことを知り合いに話せば漏れなくおしかりを受ける未来が見える気がするのは何故なぜだろう。私は悪くない。


「次はーこれですわー」

「なに―? なに―?」


 言葉は通じないはずなのだが、何故か子供達というのは言語の壁を簡単に取っ払って、一緒に遊ぶことが出来るのだからすごいと思う。ただ、その遊びというのも、流石はファンタジーの世界というか、精霊だからというか、風を使って水の玉をいくつも作ってそれを浮かせているというものだ。大きさは大きくても子供の片手の手の平分。

 周囲を風の結界で囲んで水を閉じ込めているらしいが、それをサラッと無言でやってしまう辺り、精霊なのだなと実感する。

 これだけ高度な魔法、私が得意とする雷魔法でも無言では無理だ。無詠唱むえいしょうでも難しい。というか、水を電気分解しないように調整する方が難しいし面倒くさい。


「よし、こんな感じかな」


 返り血やあぶらを一通り落として、確認する。多分大丈夫だろう。匂いもないし、良しということにする。軽く振って水気を落とす。

 洗濯物を持って立ち上がると、二人の幼女は疲れたのか木の長椅子で二人並んで眠っていた。可愛いのでこのまま見つめていたいのだが、アネモネはともかくリンシェちゃんは普通の人間だ。このままにしておいては風邪を引いてしまう。残念だが、起こすことにする。


「リンシェちゃん、そろそろ起きようか。もうすぐ夕ご飯の時間だからね」

「ふわぁ……ふぅ……わぁ……」


 可愛い。じゃない、起きてもらわなければ。


「ほーら」

「んー……はぁ、あ、フレンシアさんい?」

「うん、おはよう。じゃないか。もうすぐ夕ご飯だよ?」

「ふぇぃ! もうそんな時間ぃ! 急がなきゃい!」

「アネモネと遊んでくれてありがとうね」

「はい! また一緒に遊びましょうねい!」


 そう言って元気に駆けていった。


「んー……お母様?」


 そして、今のやり取りはアネモネも聞こえていたようで、目をショボショボとさせながら起き上がった。この子はまだ裸なんだから、どうにかしないと。


「アネモネ、風魔法で服って乾かせる?」

「んー大丈夫ですわ」


 そう言って、先程の水球を風の中に閉じ込めるの応用で、服をまとめて風の玉の中に入れて高速で回転させる。ってこれ脱水機じゃん。

 こうして無事に服が乾いた私達は、ちゃんと服を着て、身だしなみを整えて宿に入ることが出来たのであった。

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