84頁目 鬼の素材と剥ぎ取り練習

 朝になった。

 今日はちゃんと地面に横になって、気持ちよさそうにスヤスヤと寝ている我が娘を起こすのはいささはばかられるが、昨夜ぎ取りのやり方を教えると言った手前、起きてもらわなければ困る。


「アネモネ、朝だよ?」

「うーん……」

「可愛い……じゃない。朝よ。アネモネ。剥ぎ取りするんでしょ?」

「う、ん~~」

「ほら、頑張って」

「ふぁ~……お母様ぁ……おはようございますですわ」

「うん、おはよう」

「この状態ですと、どうにも眠気? というのですの? に負けてしまいますわ」


 目をこすりながら、欠伸あくび混じりの受け答えをする。

 剣の状態で眠るというのを知らなかった彼女だが、精霊せいれいの姿になれるようになってから、食事、睡眠、遊ぶというのを行う。排泄はいせつは今のところないので、精霊はトイレ行かない理論かもしれない。私のようなハーフエルフ含めたエルフ族は、その高い魔力を体内で血液のように循環じゅんかんさせることで、体内の不浄ふじょうな物質を分解し再吸収してくれる。その為、エルフ族はトイレに行く間隔かんかくが他の種族よりも長くなる。

 存在そのものが魔力のかたまりである彼女は、精霊全てがそうかは不明だが、少なくともアネモネ自身は自浄作用じじょうさようによって完全に分解再吸収もしくは微粒子びりゅうしレベルの放出を行っているので、トイレに行く必要がないようだ。

 寝起きのポヤポヤとした顔のままなので、もう少し寝させてあげたいという思いはあるが、今日はこれから剥ぎ取りをして、周囲の危険をチェックした上で王都スクジャに戻って報告をしなければならない。襲われたという村にも説明に行く必要があるだろう。あの無造作に身体に巻き付けられた冒険者の道具の数々の内、どれかはその村出身の冒険者の物かもしれないのだ。


「さぁ始めようか」

「はいですわ」


 まず行うのは仕分けである。

 戦鐸鬼せんたくきから装備一式を取りはずしていき、横に並べる。その中にはタグも含まれており、見つけられたのは六人分。


「二人分のタグが一つずつしかないから、救援を呼ぶ為に誰かが外して持って行ったとして、残り四人分は、その救援きゅうえんで来て返り討ちにったか、それとも全員同じパーティで救援要請ようせいに走る間もなく全滅したか」


 しかし、そのような情報は上がっていなかったはずだ。ライヒ語は読めないが、受付の男性が注意事項含めて念入りに説明してくれている。勿論もちろん、それを聞き逃すこともしていないはずだ。情報一つで生死が分かれることもあるのだ。特に慣れない土地での初めての依頼。より注意深く情報収集していたつもりだ。


「これ、お母様も首からげていますわね?」

「冒険者の証明書みたいなものね。二枚一組で、名前、性別、種族、所属国家もしくは所属ギルドなどが書かれているわ」


 娘にタグの説明をしつつ、回収していく。

 装備は回収出来る分は持って行くが、あくまで自身で使うか換金かんきん用である。死亡もしくは行方不明になってしまえば、残された装備は持ち主不在として誰でも、それこそ盗賊とうぞくだろうが泥棒どろぼうだろうが関係なしに所有物だと主張出来る。

 一方で、タグはギルドの所有物である為、見つけ次第しだいギルドへ届け出る義務がある。これは、死亡届などの書類の作成や遺族への補償ほしょうなどの、様々な手続きを行う必要があるからである。また、タグの回収は、その冒険者が死亡した原因が近くにいる可能性があることから非常に危険であることから、回収した冒険者にも報酬ほうしゅうが支払われることもある。

 しかしこのシステムを悪用して、かつて他国にて、タグ狩りと呼ばれる冒険者を狙った悪質な冒険者による犯罪が発生したこともあり、以来審査しんさ慎重しんちょうに行われることとなり、下手へたすると調査費などを引かれてほとんど支払われなかったり、それによって時間も掛かり、支払われるのに数ヶ月掛かったりすることもあるので、あくまでボランティアみたいなものである。義務だけど。


「装備の数からして、少なくとも八……いえ、九人分はあるはずだけど、タグは六人分ね」


 タグは身に付けてさえいればどこに付けていても良いとされ、私のようにネックレスであったりブレスレットであったり、イヤリングだったりと様々なアクセサリーに加工して身に付けている冒険者も多い。

 しかし、これだけの数の冒険者を全てこの鉄大鬼オーガが倒したのだとしたら、相当強い部類だ。

 実際に戦った感想として、完璧なはずの奇襲も対処されたし、その他の攻撃も的確な反撃があるなどと、確かな強さを感じていた。それで銀ランク依頼とは……帰ったらギルドに確認する必要がありそうだ。

 一通り装備の仕分け、タグの回収を終えたら、次は鬼本体の素材の回収だ。

 鬼と言えばつのである。装備の素材としては勿論のこと、魔法薬ポーションの素材としてももちいることが出来る。角そのものは元々鬼の頭蓋骨ずがいこつの変形による突起物とっきぶつ、つまり骨である。しかしただの骨ではなく、そこには魔力が貯蓄ちょちくされており、それを上級魔法薬や一部の特級魔法薬の効果に作用するらしい。

 らしいというのは、私はこれまで鉄大鬼の素材を扱ったことがないし、資料も小鬼ゴブリンならともかく大鬼オーガ記載きさいされたものはほとんど手に取ったことがない。何故なぜなら、ジストやエメリナには大鬼がいないからだ。一応、存在自体は生物図鑑にってはいるが、山脈の向こう側の情報などほとんど回ってこないので、簡単な説明がある程度で、ましてや魔法薬の素材云々うんぬんについて書かれていることなどなかった。

 ちなみに、鉄大鬼も大鬼もあくまで同じオーガであり、様々な種類のいるオーガを一括ひとくくりにした通称、別名である。正式名はオーガであるが、戦鐸鬼も双侍鬼そうじきなども全てオーガであることから分別すべく別名も分けられ、その総称として鉄大鬼、もしくは縮めて大鬼、または鬼と呼ばれるようになったとか。しかしゴブリンは小鬼以外の呼び名はなく、短くして鬼とすることもない。鬼と言えばオーガを指す。


「私も鉄大鬼の剥ぎ取りは初めてだから、上手く出来るか分からないけど、角の部分は特に普通の刃物ナイフじゃ難しそうなのは分かるわ」


 剥ぎ取り用のナイフでツンツンとつつき、その硬さを確かめる。これはノトスで切り落とすのが得策だろう。


「これは後に剣で切断するとして……他の皮や肉、骨などの解体を始めようか」

「はいですわ」


 ただ闇雲やみくもに切ってはいけない。すじなど切りづらい部分があるなどすると、ナイフを傷付けるだけになったり、素材の価値を下げることになったりするからだ。まずは、どのような身体、肉付きをしているかを確認し、良質な部分を広く摘出てきしゅつ出来るように最新の注意を払う。

 戦闘で表面のあちこちを傷付けているので、使える部分は少ないだろうが、中には貫通していない部分もあるので、皮下の肉などは特に大事に切り落とす。使える素材かどうかは後にして、今はとにかく正確に、しかし手早く切り開いていく。

 説明しながら実演をし、それをアネモネが「なるほどですわ」とうなずきながら眺めている。一通りの説明を終えたら、実際にナイフを渡してやってもらう。胴体は臓器が詰まっているので、剥ぎ取り初心者の彼女には腕や脚で作業を行ってもらう。

 予備のナイフを取り出した私は、アネモネの動向をチェックしながらも胴体の解体を始める。傷のない臓器を慎重に取り出して、今さっき鬼から剥いで作った皮の袋に入れておく(加工していないので革ではなく皮)。

 こういう時に水魔法が使えると真水で洗浄出来るので便利である。私が持ち歩いている水では、純度が落ちる上に量も限りがある。全ての内臓を洗うとなると、とてもではないが足りない。しかもこの巨体の内臓だ。大きさも半端はんぱないので、全部を回収することは不可能だ。角などを優先して、腐りやすい内臓は一旦別で保管しておくだけだ。持って帰れそうならそうするが、今回はこのまま動物のえさになるだろう。何故なら、冒険者の遺品である装備のいくつかもついでに持って帰るつもりだからだ。

 ほとんど傷みが激しいが、中には再加工すれば使えそうな物もある。これは鍛冶師かじしであるギンゼルさんと相談かな。命救ったお礼として、安で引き受けてくれるだろうという打算的な考えだ。でなければ再加工というお金の掛かることをわざわざしようとは思わない。

 内蔵は無理そうだが、血液は採取さいしゅ出来そうだ。清潔せいけつびんを三本取り出して動脈の血管から落ちる血を回収していく。

 まだ酸化のしていない綺麗キレイな赤である。今回手に入れたのは戦鐸鬼の血液であるが、これが他の鉄大鬼でも同じ血となるのか、調べてみたい気もする。その為にはまだまだサンプルが足りない。


「アネモネ、そっちはどう?」

「問題ないと思いますわ。どうですの?」

「うん、ちゃんと分けられているね。ちょっとここ、筋肉の繋ぎの所が甘い部分あるけど、初めてでこれなら十分及第点きゅうだいてんね。この分なら後、三、四回経験すれば、問題ないと思うわ」

「やりましたわ! でもわたくし、こんな物よりも風で切りたいですわ」

「まぁその方が切れ味も良いだろうし、風の精霊であるあなたなら、そちらの方が繊細せんさいな作業が出来るかもしれないわね。じゃあ、今の小刀ナイフでの経験を生かして、残りを風でやってみようか。長さは、このの半分でね」

「分かりましたわ」


 そう元気に答えて作業に戻った。

 それから四半刻、タグと装備の選別開始から半刻が過ぎた頃、ようやく解体を終えた。私は両腕含めて、あちこちに血やあぶらが付着していたが、アネモネは事前に風で防御していたようで、特に汚れなどはみられない。というかズルくない?


「やっぱり大半を捨てることになるわね。勿体もったいないけど、これも動物や怪物モンスターが食べてふんをして、そしてそれを微生物が分解して土にかえす。それが植物の栄養となって草木を生やす」


 そして、また育った植物を動物が食べてを繰り返す。循環じゅんかんである。こうして自然は成り立っているので、無闇矢鱈むやみやたらと独り占めしてはいけない。

 採取依頼などで依頼よりも多くを採取する例があるが、本来の生態系に影響をおよぼしかねないのでほどほどにする必要がある。また、依頼内容に関してもギルドがしっかり検閲けんえつを行うことで、問題ない量と判断された物だけ依頼ボードに張り出される。

 新米用の常設で採取依頼があるが、あれは、雑草のような物であるので、多少取り過ぎても問題ない。練習用なので、あまり量の要求もされていない。ちなみに採った素材は低級魔法薬の材料として薬問屋におろされる。


「それじゃあ、帰ろうか」

「はいですわ」


 片付けを終えて、必要な物だけ回収を終えた私達は立ち上がり、スクジャへ向けて歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る