75頁目 犯罪者と禁酒禁煙の国
高さにしておよそ三〇ファルトくらいだろうか。そこから二人して森に落ちた私達は、
先に地面へ落ちた私は、直後、真上から落ちてきた
「あはは、落ちちゃいましたわ」
「そうね。まぁ怪我がないようで良かったわ」
「お母様もご無事で」
「まぁ、そこそこ
二人で無事を確かめ合っていたが、そこに乱入者があった。枝を踏む音に
「あ、あんたら、え? 上? 落ちて……え? あ……え?」
「落ち着いて下さい。私達は、あのウェル山脈を越えてエメリナ王国から来たのですが、
「そ、そうなのか。怪我は、ないんだな?」
「えぇ大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「ねぇ、ねぇ、お母様?」
「どうしたの?」
私の服の
「さっきから何をお話されているのですの?」
「……もしかして、相手の言葉分からない?」
「分かりませんわ」
「そう……」
ここに来て、ようやく異世界転生特典でよくある言語の壁取っ払いというものを自覚した
「えぇと、そちらのお
「え? あぁ、私の娘です」
「は? その歳で子持ち?」
「見た目はこうですが、私達エルフ族ですから、見た目通りの年齢とは限りませんよ?」
「あ、そ、そっか。そういえば、山脈にはエルフ族が住む村があるって噂を聞いたことがあったな」
なるほど、ジスト王国の王都で素材屋を
「で、あんた、そっちの娘さんとは話していたが、言語が分からなかった。でも話が通じているということは、言語魔法か」
「そうですね」
ここはとりあえず
「ところで、あなたは何者ですか?」
「え? あ、あぁ、俺はギンゼルってんだ。あんた方は?」
「私はフレンシア、こちらは娘のアネモネです」
「……?」
私達の会話が通じていないので、彼女は首を
「もう一つお聞きしますが、見たところ随分とお疲れの様子。装備も
「え? あぁ、俺はな。犯罪者なんだ。で、今ここで刑を
「どういうことですか?」
「ちょっと、罪を
「して、その罪とは何ですか?」
「あー……飲酒で暴れたんだよ」
「……はい?」
「他がどうかは知らんが、この国では禁酒禁煙法という法律があってな。と言っても、この法律が出来たのも運用が始まったのもここ十数年くらいの話だ」
それから、その犯罪者の男の話を聞いていくと、この国の事情が色々と分かってきた。
一五年程前に当時の国王が市中の視察中に、酒に酔った暴漢に襲われて死亡したのだとか。護衛の担当が切り替わる絶妙なタイミングだったとかで、その
「ここで、国王を害したとしてその場で処刑すれば良かったのだし、護衛もそのように動いたらしいから、それで解決する……はずだったんだ」
「何かあったんですか?」
「あぁ、
といっても、この時代の裁判と言えば、前世の現代社会のような
当然だが、王子にそのような権限はないが、王妃は愛する夫が殺されたショックで気が動転しており、正常な判断は出来ない。現に一番その場での処刑を望んでいたのも王妃だ。ここで、王子自身が国王代理として一時的に権限を預かると
これが城内での側近などの身内のみでの話し合いであれば、歳が若いということもあって否決されたであろうが、場所が悪かった。大衆の面前でのその宣言に、民衆はすっかり王子を国王として認めるような流れになってしまった。
その為、現在も一応役職としては国王代理ではあるが、実質的に国王としてライヒ王国のトップへ収まった。
それからは、当時
検察がないのだから当然だが、
有罪賛成派と反対派に別れると言ったが、有罪側と無罪側に別れての
まぁ前世の裁判も検察が起訴した案件を裁判で審議する上、起訴した犯罪が有罪になる確率はほぼ一〇割なので、あながち有罪前提での審議というのも間違いではない。ただ、検察による起訴不起訴の段階をすっ飛ばしている点で、まだ
しかし、その歳でそこまで考えに
「国王を殺した奴は、当時のことを酔っていて覚えていないと言ったらしい」
「今のあなたということですか」
「まぁ、そうなる」
ライヒ王国の王都スクジャ。その裏にあるウェル山脈の
この森は、王都側からの侵入は高い城壁によって
強力な怪物が
しかし、ここに例外を作ったのが当時の王子である。
ある特定の犯罪者は、この森に単独で放り込まれ、それで生きて指定の素材を持って帰ってきたら無罪ということになったのだ。
「それと禁酒禁煙法と何の関係が……あ、そういうことですか」
「あぁ、国王を殺した奴が酒を飲んでいたというのが悪かった。王子は酒を
依存して幻覚を見たり、人格が壊れたりする薬物もあって、それによって人が傷付けられる事案があったが、どの薬物が合法で、どれが違法かを分ける明確な基準はなかった上、基準を
しかし、ここに飲むのなら問題ないだろうということで、脱法魔法薬という違法薬物が出て来ているらしいので、現在新たな法律の作成に
「そこまで知っていて、何故あなたはお酒に手を出したのですか?」
「いやぁまぁな。元々酒好きだったんだが、法律で規制されてから飲めなくてね。そしたらいつの間にか友人が
「なるほど、それで……」
ちなみに、密造酒作って殴られた友人は
酒を造ることは違法だが、販売までには至っておらず、また飲んだという証拠もなかったことからの
「ちなみに、素材の内容は何ですか?」
「ん? あぁ、リュシオリスの蜜を
よく知る素材の名前だ。ジストでも貴重な素材として取引されていた。
「夜に咲くユリですか。確かに季節は暖季ですが、あれって温暖な地域でないと育たないのでは? こちらは
「さぁな。そっちとこっちとでどう育っているのかは知らんし興味はないが、夜に咲くユリってのは当たりだな。だから期限は明日の朝、開門の時間だ」
まだまだ時間はありそうだ。
「出来そうですか?」
「出来る訳ねぇ。昼間の浅い場所での散策でさえも危険なのに、そこよりも奥で、更に夜となるともう無理だ。だからといって死にたくもないからな。何とか逃げ道がないか探していたところだ」
ということは、脱走?
「脱走は罪にならないのですか?」
「あぁ、そもそも脱走したかどうかなんて、確認する
「それで良いのですか?」
「知らねぇよ。ただリュシオリスは無理だ。だから、何とか逃げ道を探して森から出る」
ここで少し考える。よく知る素材だし、採取の方法も変わらない。それにウェル山脈から流れてくる雪解け水は
「協力しましょうか?」
「は?」
「ですから、リュシオリス探しです。無罪になれば再び普通の生活が送れるのですよね?」
「まぁ、そうだが……」
「別に、あなたの罪に関しては私達にとって関係ないことですが、私達はスクジャでしたか? ライヒ王国の町に入りたいのです。その為に私達の存在を保証してくれる人が必要です。まぁ方角は分かっていますので、このまま進んで事情は話せば入れてくれるでしょうけど、あなたは助かりません。さぁどうしますか?」
仮にここで私の協力を断って、逃げる選択をしたところで生存率が上がる訳ではない。私としても、この森の特性について情報が欲しいこともあってのことで、決して人助けだとか同情などの感情から出た言葉ではない。
少しの間、迷っていたようだったが、決心したのかこちらに向き直る。
「分かった。協力してくれ……頼む」
「はい、分かりました」
話がまとまったところで、服の裾が引っ張られる。
「ねぇ? お母様方は一体何の話をされていたのですの?」
そういえば、この子には私達の会話は分からないのだったことを思い出した。
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