74頁目 娘の女子力と自由落下
月日は流れて今は暖季。毎日しっかり数えていたはずなので、今は二月三日だと思う。
ウェル山脈に入って四ヶ月近く、途中で一緒になった
その間、ずっと
暖季とはいえ山である以上、多少標高が下がっても雪は残っており、まだまだ寒季が抜けていない様子。
しかし、更に下まで行けばそれまでポツポツとあった木々も
日に照らされて雪が溶けているのだろう。森の中では雨でもないのに多くの水滴が落ちてきて、それが地面に
「どう? 上から何か見える?」
休憩も兼ねて、乾いた地面を見つけて座り、水分補給として動物の胃袋を加工した水筒から水を飲む。
暖季の森であるので、
彼女にはその特性を生かしてもらって、木々の上から周囲を見渡して近くに集落などがないか探させている。本人が「お役に立ちたいのですわ!」と元気に飛んでいったのだが。白い無地のワンピースの中にある純白の下着を見せ付けながら……一応、何度も注意をしているのだが、本人は首を
見た目は一〇歳前後の女の子。といっても、その身長は二、三歳程度の大きさしかない。耳はエルフ族の耳よりも短く、人間族よりも長く
声を掛けられたアネモネは、フワフワと降りてきて私の目の前で静止する。
「多分あちらに何かありますわ」
彼女が指差した方向は、現在私達が向かっている方向と同じである。ということは、このままの進路で問題なさそうだ。
普段の元気で明るい口調は
「分かったわ。このまま進もうか」
「はいですわ」
普段なら「はいですわ!」と元気良く言ってくれるのだが、ちゃんと出来ているようで
「
「何もありませんわ」
魔石とは、アネモネの首から
大きさは二歳児の両手で持てる程度。重さは普通の石と同じくらい。色は深い青色。魔力を流すと光り、サファイヤのように輝く。
現在
本当ならば、もしかしたら暴走するかもしれない危険を考えれば私が持っているのが良いのだろうが、彼女自身が欲しいと言ったこと。そしてもし暴走したとしても戦闘力の差で私よりも
本来ならこの世界の住人は、一人に対して一つか二つの属性、もしくは系統の魔法しか扱うことが出来ない。しかもランダムに決まる訳ではなく、親からの遺伝や
私の場合は父が雷、母が回復の魔法を使えることでその二つを受け継いだのだが、それ以外にも魔剣ノトスを使うことで風魔法も発動させることが出来る。更に、この世界に生まれて意識が
そこに魔石によって土魔法が発動出来るとなると、もういくつの魔法が使えるのよという状態になって、非常によろしくない。
魔剣の存在も、これ程の大きさ、純度の魔石の存在も、私の前世についても全て明かす訳にはいかない大事な秘密である。
一方でアネモネは風魔法しか使えない。ここに土魔法を追加したとしても違和感はないはずだ。ちなみに、人前に出る時には空を飛ばないように言い付けている。空を飛ぶ魔法は、私の知る限りでは存在していないからね。靴がないので早急に対処する必要がある。
私は、
「ありがとうですわ」
「うん、とりあえず人のいる集落を見つけたら、靴と他に着る物を買うからそれまでそれで我慢してね」
「わたくしは別にこのままでも良いのですわ」
「それは駄目だからね。私が
人前で
まぁ、成り行きとはいえ親になったのだから、ちゃんと育てないといけないしね。
アネモネの指し示した通りの方向へ、道なき道をひたすら進む。時折休憩を
「山脈という壁を
目の前に伸びている木の葉を
ここより
「ふぅ、疲れましたわ」
そう言って彼女は私の
精霊の姿を維持し続けるのに、多少とはいえ魔力を消費し続けているらしい。私から毎日供給されるし、自身でも魔力回復を行うことが出来るとはいえ、昨日のように子供の
リュックの上で進行方向とは別に座って「はふー」と息を吐いている様子は、見えていないのにその姿が
精霊だからか、重さはほとんど感じられない。もしくは本人がそのように調整してくれているのかもしれないが、まぁ気にしないことにする。子供とはいえ女性なのだ。レディーに体重のあれこれを
「大丈夫? 座りにくくない?」
「大丈夫ですわー」
不安定な場所だろうが、
それから更に一刻、つまり二時間程進むと森の先に光が見えた。
「出口かな?」
森を出た所で足を止める。
「うわぁ」
その声は、どの感情から来るものだろうか。いずれにせよ視界に飛び込んできた光景は、今立っている場所が非常に高い
と、この時点で分かった問題をいくつかピックアップしてみる。
まず一つ目。この崖、どこから降りるか。
二つ目。崖を降りたとして、また森を
最後に三つ目。あの町がちゃんと人里、集落としての機能を果たしているか否か。
三つ目に関しては、到着してから考えれば良いし、仮に遺跡だったとしても調査の対象になるだけなので問題ない。雨風
とりあえず崖のことは横に置いといて、この位置からあの町の場所まで、森を一直線に抜けたとして……大体一刻程度だろうか。となると森を抜けること自体も解決した。一番の難点は、一つ目の、この崖の攻略法である。
「うーん、高さは……一〇〇ファルトはありそうね」
目測では分かりづらいが、大きく外してはいないだろう。いずれにせよ、普通に飛び降りたら、
そうやって、降りる手段について頭を悩ませていると、元気になったアネモネがリュックから再び空中へと浮き、私と目線の高さを合わせて周囲の景色を眺める。
「飛び降りたら良いんじゃないですの?」
「死んじゃうよ?」
「お任せ下さいですわ! わたくしが下まで運んで差し上げますわ!」
話を聞くに、私を持って崖下までゆっくり下降することで、安全に降りられるという。そのままだった。
「えぇと、大丈夫なの?」
「
自信満々に胸を張られたら、親としては信じるしかない。ここで時間を
それに、魔力保有量やその補正による筋力は、下手したら私を超える。頼るしかないか。
「それじゃあ、お願いね?」
「はいですわ!」
「くれぐれも安全にね?」
「お任せ下さいですわ!」
「
「掛かってこいですわ!」
「いや、対処は私がするから安全に下まで行ってね?」
「はいですわ……」
とりあえず、私は両手両足が
真っ直ぐ真下に下りるのではなく、少しでも森を歩く時間を短縮すべく、少し前に進みながら高度を下げていく。
下り始めて少し、体感で前世時間にして五分くらいだろうか。
「ふぅ、ふぅ……」
既にアネモネの息が上がっていた。
「大丈夫なの?」
「思った、より……はぁ、魔力の、ん、んー、消費が、大きいですわ……ふぅ」
「え、やっぱり重かった? ごめんね?」
「そっちは、ふぅ、だいじょう、ぶ、ですわ。風が乱れ、て……はぁ、はぁ、それをせい、せいぎ……ふぅ、制御、するのが……」
「あー分かったから落ち着いて、無理に
「……」
気流が乱れていて、それを押さえ込んで安全に下りるように制御すべく魔力を回していたら、思ったよりも消費が激しかったのか、それとも回復しきれていなかったのか。いずれにしても、魔力がレッドゾーンに入っているということか。
私達ヒトのように、魔力消費の許容量を制御する働きがあるのか分からないので、身体を
すると、何か吹っ切れたかのように明るい声で返してくれた。
「大丈夫、ですわ」
「そう、なの?」
「えぇ……落ちますわ♪」
「え?」
その発言の直後、私とアネモネは重力に従って真っ直ぐ森の中へと落下していった。
「えぇぇぇぇええええええ!」
「落ちてますのー!」
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