73頁目 古代エルフ文字の謎と次の目的地

 翌朝、外が明るくなっていることに気付いた私は、古代エルフ文字の解読作業を中断して休憩することにする。大きく伸びをして、遺跡いせきから出ると高山こうざん独特のんだ新鮮な空気が通り過ぎていくのを感じた。


「一応私の解釈かいしゃくだから正しいかどうかは分からないけど、何となくここにきざまれている文字は、歴史などをしるしたものではなく、あくまでこの遺跡、土地を保護する為の術式なんだと思う」


 単語なのか文章なのかも分からないが、私の着ているエルフ族伝統の民族衣装にい込まれた謎の羅列られつと流れが似ている部分が多々あった。

 恐らくだが、この遺跡に刻まれている術式は大きく分けて四つ。遺跡の存在を隠すもの、遺跡の倒壊または破壊を防ぐもの、遺跡の状態を維持または保持するもの、遺跡内部の状態を維持または保持するものだと思われる。

 推測すいそくである上、どの文言もんごんがどの術式に該当がいとうしているかなどは全く分からないが、一部経年劣化けいねんれっかによる倒壊や風化が進んだことで術式が崩れており、それによって結界を維持することが出来なくなっていることは、何となくつかめてきた。

 同じ単語、文章と思われる部分がいくつか散見さんけんされることから、これだけの遺跡を維持し続ける為には一つの文言だけでは不可能である為に、いくつも同じ文字を刻むことで強固な結界を作り出したのだろう。

 文字を刻むだけで魔力を必要とせず、半永久的に発動し続ける魔法。


「まるで言霊ことだまね」


 言葉には魂、力が宿やどることで前世でも広く知られた単語であるが、こちらの世界では魔力すらも生み出すとは恐れ入る。というか何というチートだろうか。

 いや、物事はそこまで単純で簡単ではない。そう、ただ刻めば良いという訳ではないのだ。私達エルフ族がこの衣装をむ時には、お祈りという形で自身の魔力を流し込みながら文字にすることで、効果を発揮はっきしている。もし文字にしただけで効果が現れるならば、この文字を書き写した私の本はものすごい加護を受けていることになる。


「まぁそれはないみたいだけど」


 ページのはしをピッと破って証明する。

 かといって、魔力を流し込みながら書いたからとしても効果がないことは、今破ることが出来たことで同時に判明した。


「何が違うのだろうね? 遺跡と衣装、そして紙……」


 何か条件があるのか。


「あれ?」


 ここでふと思い付いたというか、思い出したことがある。私の服の模様、縫ったのは母であるが、今の形に改造する際や補修の際は私自身が作業している。その時に一時的にも文字は崩れ、加護は消えるはずだ。というか加護を消さないと作業出来ないのだから当然であるが。

 ちなみに、文字が刻まれた物には加護が宿るが、文字そのものには加護されない為、文字の形態を崩すことで加護も壊すことが出来る。

 その為に、この遺跡も風化による文字の崩れから結界が維持出来なくなり、一部倒壊にまで至っているのだろうと思われる。

 肝心かんじんなことは、この術式を発動するのに術者本人の魔法の属性は関係しないということだ。誰がやっても同じ効果が発動するのであれば、これ程便利なものはない。

 人の手で作業すれば個人差でバラツキが出る物が、機械を使えば誰でも同じ結果を生むということか。当然であるが、正しい手順に沿って扱うことが前提である。まぁ例えが違う気もするが、大体そんな感じだと思う。


「ん……お母様……?」


 遺跡の中から私を呼ぶ声が聞こえた。どうやら、ウチのお嬢様じょうさまが起きたようだ。


「アネモネ、おはよう」

「おはようございますですわ……ふわぁ……」


 まだ眠いのだろう。目をこす欠伸あくびをしながら、アネモネノトスは相変わらずフワフワと浮かびながら私の所まで飛んでくる。


「良く眠れた?」

「はいですわ。いえ、まだ少し眠いですわ」

「もうちょっと寝てて良いわよ? 今日はまだ調査するから移動の予定はないし」

「いえ、わたくし、お母様の剣ですわ。わたくしが寝ていたら剣の力の半分も使えませんことよ」

「あ、そうなんだ」


 眠る魔剣なんて聞いたことがなかったので、この発言は地味に驚きだ。しかし、それもそうかと納得する。魔剣の中身? 本体? であるアネモネがこうして外に出て眠りに就いているのに、その入れ物である剣だけで問題なかったとしたら互いの存在意義が崩る。


「今日は何をするんですの?」

「今日はね。また遺跡周りを調べて他に痕跡がないか探すわ。それから文字の調査ね。本当にこの文字は規則性があるようで、微妙に違う字だったりで流れが読みづらいからね」


 いまだに眠気と格闘しポヤポヤとした顔で今日の予定を聞いてくる娘を見、思わずきしめてしまいたくなる程のいとしさを感じていたが、グッと我慢する。えらい私。

 本格的な調査を始める前に、まずは朝ご飯だ。今日一日のエネルギーをここでおぎなうのだから、しっかりと食べなければいけない。まぁ二、三日飲み食いしなくても問題はないのだが、こうしてゆっくりと出来る時間があるのであれば、食事時間と睡眠時間はしっかりと取るのが普通である。私寝ていないけど。

 朝食と言っても、いつもの保存食。缶詰かんづめなどという画期的かっきてきな保存食は存在しないので、乾燥した植物の実や種、もしくは根などをかじって水と一緒に胃へと流し込む。


「そろそろ補充もしておきたいわね。今日の調査が終わったら、周囲で食べられる物でも探そうか」

「わたくしも頑張りますわ!」


 朝ご飯を食べたことですっかり元気になった彼女は、フンスと気合いを入れてガッツポーズしていた。何でそのポーズの使い方知っているの?

 ちなみに、アネモネが口にしたのは乾燥した木の実を三つ。私と同じで小食なのか、元々の栄養は全て魔力で補えるから味見程度かは分からない。ただ、初めて口にしたであろうどころか初めての食事に感動したのか、それとも飲み込むタイミングが掴めないのか、ずっと目を閉じて咀嚼そしゃくしていた。

 そもそも、彼女自身食事をるつもりはなかったそうだが、私が食べるのならば「じゃあわたくしも食べてみたいですわ」と言ったので、一つ渡してみれば、もう一個、もう一個と催促さいそくしてきたので気に入ったのだろう。それでも三個で終わる辺り、流石さすがエルフの見た目というべきか。


「じゃあ私はあっちを調べてくるから、アネモネは自由にしていて。付いてきても良いけど、私に確認せずにあちこち触ったりしないようにね?」

「はいですわ!」


 それから、二日目の遺跡調査が始まった。しかし、昨日軽く見て回った時にある程度見るべきものは見ていたので、真新しい発見は少ない。

 こういう古代遺跡なので地下室とか地下迷宮ダンジョンとかないのかなと期待していたが、期待外れだったようだ。

 文字の調査も相変わらず進展はみられない。一見同じ文字に見えても、よく見ると点の位置が違ったり、線の長さが違ったりなどがあり、統一性、規則性が判断出来ないのだ。しかもどの文字も漢数字の「一」や「二」のように単純な文字はほとんどなく、漢字で言うなら「うつ」とか「とどろき」のように、複雑で画数の多い文字が多く一文字を書き写すのにも時間が掛かる。漢字のチョイスについてはれないでいただきたい。

 前世の日本でも、昔は中国伝来の難しい漢字を使用していたが、時代を経る毎に平仮名や片仮名が誕生し、漢字も簡略化するなど変化している。文字はどんどんと簡単なものへと置き換えられてきた歴史があるのだ。

 それにならうのであれば、この文字も簡略化された今の文字の先祖のようなものだろうか。

 それにしても、何故なぜ昔の文字というのはこう、複雑なものが多いのか。象形文字しょうけいもじなど絵から段々と崩れて、その形になったというのは元日本人としては理解出来るが、そんな字数も多く覚えづらく面倒くさい文字を何百年と使い続けてきたのは、何か理由があるのだろうか。


「これも違うかな」


 一致しそうで一致しない。完全に同じ文字はいくつか見られるものの、それでも同じような形でも一致しない文字の方が数は多く、一体いくつの種類があるのかと瞑目めいもくしてしまう。


「わぁ、色々な線や点がグチャグチャしていますわね」


 彼女の言う通り、本当に複雑で解読が難しい。もしかしたら、この複雑怪奇ふくざつかいきなせいで研究が進んでいないのかもしれない。文字そのものは残っていても、それを指し示す資料などがある訳ではないので、現代の文字と照らし合わせながら対応していくしかない。

 だが、通常の文字ならばともかく、この遺跡の文字はその文言の並びによって魔法を発動していると思われる。そうなると残る問題は、どの文がどの呪文に対応しているかということだ。


「お母様?」

「んー? アネモネ、どうかしたの?」

「はい、その……これとこれ、それと、これと、あ、これも、この部分とか同じじゃないですこと?」

「そうだね。でも、ここの部分とかここが違うからね、違う文字だと思うよ。ここがこうだったら同じ……」


 あれ?


「こことここが違うだけ……違う。この違う場所、確かどこかで……」


 昨日今日と記入したページの中から、目的の項目を探して指でなぞりながら高速で目で追っていく。すると、一つの文字で指が止まった。


「これ……もしかして……」


 今度は同じ条件で、他の文字を探していくと、やはりあった。


「アネモネ、あなた天才ね」

「そうなんですの? お母様にめられましたわ! 頭をでて欲しいですの!」

「はい、おいでー」

「わーいですの!」


 彼女の頭を撫でながら、今目を付けた文字について思案する。

 それからは、何度もその違う部分のみを重点に置いて徹底的に洗い出していく。そして、石壁に刻まれた文字を穴が空く程見つめていると気付いた。


「掘られた順番が違う?」


 同じような形の文字であるにも関わらず、書き順というべきか、掘りの深さや交差している部分の向きなどに微妙な違いが見受けられた。


「まさか……」


 今度は本ではなく地面に指で同じ書き方と思われる順番で線や点を記していく。そして、書いている途中で気付いた。


「これ、複数の文字が重なって書かれている」

「どういうことですの?」

「それはね……」


 もう一度地面に文字を書きながら説明すると、アネモネも「あっ」と言って驚いた表情をした。

 この古代エルフ文字は、恐らく三文字か四文字の文字を上へ重ねて刻むことで一つの別の文字として成り立たせている。そういえば、この民族衣装の刺繍ししゅうも縫い付ける順番があると、一人でも補修出来るよう順序を教えてもらったことがある。


「書くだけ、魔力を込めるだけでなく、順番も正確に書き込まないといけないのね」


 文字をバラしたことで、ある程度簡単な文字に分解出来たが、やはり読み方は分からない。しかし、いくつかのパターンが共通リトシ語に似ている部分がある。だが、似ていると言えば似ているという感じだ。

 英文字かもしれないし、キリル文字かもしれない、ギリシア文字かもしれないし、ラテン文字かもしれない。それくらいに幅があるので断定は出来ないが、これで一つ、道が見えた気がした。

 まぁ、何で文字を重ねる必要があったのか、この重ねる文字の法則とかは分からないままだが、この一歩はとても重要な一歩のように感じたのである。


「これを読み解くとなると、やはり世界各地の言語を調べる必要がありそうね」


 もう少し周りをもう一度調べ直したら、当初の予定通り山を反対側へ下りてライヒ王国へ向かうことにする。昨日までは漠然ばくぜんと決めただけであったが、明確な目的も出来たことで、意欲がいてくる。


「よし、じゃあ今日も頑張ろう」

「おー! ですの!」


 その為にまずは、現在の遭難という状況から抜け出す必要があることを、思い出すのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る