60頁目 エメリナ艦隊と魚人島

 八月に入った。もうすっかり乾季只中ただなかである。夕方になると若干じゃっかん風が冷たく感じるようになってきた……かもしれない。


「楽しかったけど、気疲れかな? もう色々とあった……」


 悪戯いたずらしたシェリシュちゃんと一緒に魚人の島、マルンド島に行って一週間ちょっと過ごして、つい昼前に帰参きさんした。

 一応初日に彼女の両親へ挨拶あいさつと事の経緯の説明をして、シェリシュちゃんが母親にしかられている横で父親からは本当に申し訳ないと、何度も頭を下げられ、頭を下げるのはこちらでもやるのだなとぼんやりと考えつつも、頭を下げる相手が違うと訂正ていせいして、シェリシュちゃんとその両親と一緒に族長の元へおもむいた。

 当初は初めてエルフ族が島に来たことで族長含め多くの男性と、一部の女性が興奮し盛り上がっていたが、魚人族の少女がしでかしたことを再び説明すると、そのさわぎは途端とたんに静まり返り、族長の初老の魚人男性は、コイっぽいひげを撫でながら「それは困ったのぅ」とつぶやいて黙ってしまった。

 まだ人間族側には、事件の発端ほったんが魚人族の遊びによるものであることは露呈ろていしていないはずだが、それも時間の問題だ。確かにあの場での目撃者は、皆シェリシュちゃんが現れる前に海岸から避難していた為にほぼいないと思われるが、誰一人として見ていなかったかと問われれば閉口へいこうせざるを得ない。

 よって、事件の調査が進む前にこちらから謝罪を入れて大事おおごとになる前に沈静化ちんせいかはかろうという結論にいたるに、さほど時間は掛からなかった。謝罪に行くのは主犯のシェリシュちゃん本人、その両親と、緩衝材かんしょうざい兼説明役で私と決まった。本来なら族長直々に行くのがこのましいのだろうが、あくまで子供の悪戯で生じた事件ということで、あまり騒ぎにしない方向で進めようと私が進言して決定した。あまりゾロゾロと行っても駄目だからね。

 こうして、またすぐ魚人島を離れた私は三人を連れて湾港わんこうへと案内し、港の責任者に海蛇竜かいじゃりゅうの突然の暴走に関する説明を行うと、すぐに上の者を連れてくると言って離れてしまった。

 そう掛からない内に、二人の男性と一人の女性をひきいて戻ってきた。いずれも初老一歩手前くらいの年齢だろうか。経験豊富そうなその風貌ふうぼうからは、何となくオーラが見える気がする。オーラがあるのかは分からないが、とにかく威厳いげんを感じた。

 三人共が軍服のような、しかし部分部分の急所には鉄板っぽい金属で守っている感じの、軽装な騎士甲冑かっちゅうのようなスタイルであった。海の上では重い装備は邪魔になるからかな。

 三人の内、真ん中に立っていた人間族の男性が一歩前に出て、自己紹介をしてきた。


「エメリナ兵団リギア所属エメリナ艦隊司令長官、サハギ・ルユ・ラモーだ。話は彼から軽く聞いたが、改めて詳しい話を聞きたい」


 厳しい視線に、シェリシュちゃんは泣き出しそう、というか既に目尻に涙があふれているが、なぐさめるのは後にして、事件の一部始終を見ていた私の口から、この日何度目かの説明を行った。

 説明の冒頭で、シェリシュちゃんを初めとした魚人族の子供の勇気を示す遊びで発展したことが原因であることを告げると、サハギさんの両隣に立つ補佐? 副官? が厳しい目を私の後ろに向けるが、身体をずらすことで視線を切らせ、こちらに注目するようにして説明を続けた。

 そして、話の最後に、後ろにひかえさせていた三人を前に出した。シェリシュちゃんの両親は、すぐに深々と頭を下げて謝罪し、それに追随ついずいする形でボロボロと涙を落とすシェリシュちゃんも一緒に勢い良く頭を下げて涙声で謝罪の言葉をつむいだ。

 最初に会った時の強気な態度が嘘のような変わり様だが、これで人に迷惑の掛かるような悪戯をめてもらえたら良いと思う。

 魚人島へ行きたいという欲と目的があったとはいえ、このような面倒事めんどうごとみずから引き受けたのだから満足のいく結果に落ち着いて一安心である。

 一同の謝罪を受けて、司令長官も浅く頭を下げ「謝りに来てくれてありがとう」と言っていただけた。それからサハギさんはすぐにニッと笑った。


「さぁそろそろ頭を上げてはくれんか。まぁ多少面倒な報告書が行きうことになるが、今回のことは突発的な演習ということで国には納得させるよ。それに、若い兵士達にも良い刺激にもなっただろうしな」


 そう言って大笑いをした。海の男というのは、豪快ごうかいな人が多いというのは本当だったのか、それとも、彼の後ろに立つ二人が何とも言えない表情をしていたので、サハギさんのキャラだろうか。私の後ろにいる三人を気遣きづかっての発言だとしたら、副官の二人ももう少し肯定こうてい的な顔をするはずだと思う。

 ちなみに、シェリシュちゃんの両親から提示されたお詫びの手段は、彼等の住処すみかであるマルンド島に招待しての接待とのことだったが、これにはサハギさんも引きつったような微妙な笑みを浮かべて断っていた。そんなに恐ろしい場所なのか、魚人島は。

 それから、賠償ばいしょうの話となったがこちらは演習だったので、という意見を相手側が押し通す形で不問とすることとなった。犠牲者や主立おもだった負傷者がいなかったのがさいわいだった。彼等の練度れんどが高かったおかげで何事もなく終わったが、これで民間人に被害や犠牲が出るまでに発展していたら、こうすんなり解決とまでは至らなかったであろうと思われる。

 話し合いが済んでからの私は、再びシェリシュちゃんの家族に連れられて魚人島へ上陸した。

 今回の件のお詫びとお礼も兼ねて、おもてなしをしたいとのこと。それならばということで、ホイホイと着いていき、魚人島での生活や歴史について聞き、不明点などは後日、面談の許しを得て族長を質問攻めにした。

 水中で暮らすことが出来る魚人族が、何故わざわざ陸上にきょかまえるのか疑問であったが、それは人間族やその他の亜人族が生活出来るようにとの配慮はいりょからであった。

 元々性に奔放ほんぽうな種族で、気に入った異性があれば里に連れてくる誘拐してくる習慣があったが、数千年前にまだ島で生活していなかった頃に、それで何人もの人を溺死できしさせた事件があったことで陸上に家を建てることになったのだとか。


「何とも迷惑な習慣ね」


 性欲というものが希薄きはくなエルフ族だからか、それとも私自身がそもそも興味ないのか分からないが、あまり異性に対してそういう目で見ることはないと思う。


「エルフとしてはまだまだ若いのに、もうれているのかな?」


 私が同族との子作りを望んでいるのも、あくまで種族の存続と繁栄はんえいを願ってのことであって、したいという訳では決してない。


「まぁどうせするなら、格好いい方が良いけども」


 その点も同族となれば問題ないだろう。男女問わず見目みめの良い種族だ。他種族からも憧れの目で見られる外見の良さだから、行為をするだけならば何も問題はない。中身に関しては、別にそこまで求めない。シングルマザーでも良いし、里に帰ればアリンを始めとした家族がいるのだから。


浮気うわきするくらいに性欲旺盛おうせいなエルフ族の男なら、尚更なおさら私一人で縛るよりも、複数のエルフ族の女性とまじわればそれだけしゅは残るし」


 むしろそういう遺伝子が残れば、もう少し異性への関心を寄せる種族になるのではないかと期待もある。まぁそんな都合の良い男性エルフがいれば良いのだが。


「おっと、脱線してしまったわね。記録の続きを書かないと」


 エルフ族の将来の不安はとりあえず横に置き、魚人族の生活圏の記録を書き込む作業に戻る。

 彼等の家造りは、独特なセンスというか何というか、元々が水中に住む種族であることから基礎や土台の概念がいねんがないのは理解出来るが、まさか石を積み上げただけの家であった。現代いまでは他の土地からの移民によってちゃんとした造りの家が建ち並んでいるが、それでも所々に昔の名残なごりがあり、海底で拾った面白い石や貝殻かいがら、魚の骨などで装飾そうしょくされていて、これはこれで見ていて飽きない。


「どこかの夢の国テーマパークにありそうな感じだったかな」


 まぁ彼等の実態はそんな夢の国とは遠くかけ離れたものであったが……

 昔は他種族を呼び込みきする為の土地であったが、長い歴史の中で生活の場を水中から陸上へと移すようになったとか。それに合わせて服を着るようになったとのことで、その辺りはどこか懐かしい感じがするのは気のせいだろうか。

 島は大きく、人も多く住んでおり、魚人族だけで数百人が住むという。町というには規模こそ小さいが、それでも十分発展している。周りを海で囲まれているが、陸上生物に必要な真水も魚人族の多くが水魔法を扱えることで確保出来ているとのこと。

 むしろ、真水をリギアに輸出することで生計を立てているのだとか。漁業も漁師と協力して怪物モンスターの注意をいたり、追い込み漁に参加したりすることで賃金が発生するので、バイト感覚でやっている魚人もいるらしい。バイト料はお金の時もあるし、捕れた魚を分けてもらって食べることもあると聞いた。

 共食いではないのかと思うが、考えてみれば獣人族でもモデルとなった動物の肉を食べることを思い出す。鹿型獣人だからと野菜ばかりを食べる訳ではない。昔、鹿肉にかじり付いている光景を見た時にはどう反応すれば良いのか分からなかった。


「まぁ鹿肉美味おいしいけど」


 集落は全体的な雰囲気としては異世界の原住民の生活という感じがするが、夜になるとその様相は一変する。いや、昼間からでもチョコチョコおかしい部分があるが、あえて無視する。

 夜になるとこの島は歓楽街かんらくがいへと早変わりする。魚人島へ進んで訪れるお客は丁重にもてなされ、接待を受ける。しかし、ここで料金が発生することはほとんどない。何故なら、魚人達がただ発散したいだけだからだ。先にも述べたが、この島は魚人族が他種族と逢い引きする為にある。よって、魚人側からお金が支払われることがあっても、客人からお金が取られることはまれである。

 とはいえ、普通の飲食店も存在するので、外食したいからとそういった店に行かなければならない訳ではないのが幸いである。ただし、普通の店かどうかは、現地に住む魚人族でない人に聞く必要がある。

 普通の飲食店だとシェリシュちゃん親子に紹介されて上陸初日に訪れた店で、最初は出された新鮮な魚料理に舌鼓したつづみを打っていたが、いきなり店内でストリップショーが始まった時には驚愕きょうがくしてしまった。元々水中に住み、その為に泳ぎに特化している種族であるので、その引き締まった肉体美には一瞬目が奪われたが、すぐに正気を取り戻してひたすら食べることに集中した。

 ストリップショーは男女問わず行われ、女性のしなやかな身体にも男性の隆々りゅうりゅうな筋肉にもチラチラと視線を送ってしまったのは否定しない。


「あれは良い筋肉だったわ……いやいや、別に惚れたとかそういうのではないけど」


 一人でツッコんで寂しい。こういう時は話し相手がいると良いなと思ったりする。

 後で親子を問い詰めた時に、魚人島では普通の店だと聞いた時にはガックリと肩を落とした。翌日、そのことを他種族の住民に話すとあるあるネタとして笑われてしまった。特に性に厳しいエルフ族の姉ちゃんにはこの環境は苦痛じゃないのかと心配されてしまったが、架空の物語でのエルフの扱いはやはり神聖化ではないが、綺麗キレイな存在と思われているのだろうか。

 少なくとも私自身は、他者の裸など里で暮らしていた時に見慣れる程度には見続けていたので今更である。とはいえ、あくまで里の人達は一つの家族だから容認出来た訳で、いきなり赤の他人の裸を見せ付けられたら戸惑とまどってしまうのは当然だ。

 それから数日、シェリシュちゃんの家にホームステイさせてもらいながら、魚人島の生活を楽しんでいた……楽しんでいた? うーん、過ごしていた。

 というか、さかるならせめて建物の中でやって欲しい。軒先のきさきでいきなり始められたらこっちが困る。子供も見ているし……生まれた頃からこの光景を見続けていたら、確かにこれが普通と思って、性に奔放な大人になってしまうのだろうな。他に情報媒体ばいたいもない閉じられた世界だし。


「子供は見ちゃいけませんとか出来ないからなー……」


 あの光景を見てしまうと、色々と価値観が崩れてしまいそうで困る。

 今回の事件はちょっと行き過ぎてしまったが、それでも子供の悪戯と考えれば、このまま純粋に育って欲しいと思うが難しいだろうなと、シェリシュちゃんと一緒に集落内を散歩していた時に、あちこちから嬌声きょうせいが聞こえても平然としていた彼女を見て思った。

 島で数日過ごした私は、特に何もしていなかったにも関わらず疲れ果て、リギアに戻ってからは昼間にも関わらずそのまま宿のベッドへ飛び込んで眠ってしまった。疲労で眠りに就くなんて、どれくらい振りだろうか……

 そして目を覚まして今に至る。

 ぼんやりとした頭で、この数日間での経験は、おそらく一生分のエロ本を読んだのだろうなと思う程度には濃かった。ちなみに貞操ていそうはちゃんと守った。男性だけでなく女性からも詰め寄られたが、何とか逃げた。

 一番危なかったのは、ホームステイ先で夜間に私が割り当てられた部屋にシェリシュちゃんが忍び込んできた時だ。ただ甘えて一緒に寝ようというのであれば普通に受け入れただろうが、あの上気した顔をして荒い呼吸で寝床にいる所をせまられたら、流石さすが拒絶きょぜつするしかない。悲しそうな顔をされたが、それだけはゆずれない。というか未成年は駄目です。まだ早いです。


「というか相手子供だし」


 子供に手を出すのは駄目絶対。

 魚人島は興味深い場所であったが、その一方で色々と危ない場所であった。

 興味深いといえば、魚人島で面白い物を見つけた。元々はある家の建材に使われていた深海に落ちていた物だそうだが、それががれ落ちて風雨にさらされていたので、住人の許可を得て持って帰ってきたのだ。

 手の平サイズの何かの金属片。

 特に変わった物でもない為に住人も無頓着むとんちゃくだったのだろう。実際に長いこと海水にかっていたことでびてボロボロだったし、引き上げられてからも雨風や日光の影響を受けてかもう元の形が分からない。

 それでも私がコレに興味を示したのは、ある一点。ボロボロで非常に分かりづらいが、金属の板同士がネジとナットらしき金属にはさまれて固定されていること。そして、ほんのわずか。微かに感じ取れる程度であったが、感じたことのない魔力を発していたからだった。


「何かの部品だろうけど、まだこの時代に捻子ネジはそんなに普及ふきゅうしていないはず」


 私の知る限り、ネジが使われている物と言えば父の形見の狙撃銃ライフルになる。しかしこの銃も父が冒険者の頃から持っていたことを考えるに、恐らく少なく見ても今から二〇〇年弱は昔の品であると予想される。

 旅に出る前は、世界のどこかに機械の国があって、そこから輸出された銃を父が手にしたと思っていた。銃の入手の経緯については、父の口から語られることがなかった為、私が勝手に想像したに過ぎない。

 しかし、この金属片を見ると、その想像、仮説は違うような気がしてくる。

 このいたみ具合では、どのくらい昔の物か判断することは出来ない。この金属が鉄なのかそうでないかだけで、同じ海水に同じ期間浸けても腐食ふしょくの進行が違う。鉄なのかもしれないし、鉄ではないのかもしれない。ちなみに魔力に関しては調べようがないので保留。放置することにする。魔力解析かいせきは専門じゃないし。

 金属の素材に関しては専門家に聞きたいが、馴染なじみの鍛冶師かじしはレガリヴェリアのガローカさんくらいしかいない。わざわざその為だけにジストに戻るつもりもないので、一先ずどうすかは保留にし、リュックの奥底に仕舞って持ち歩くことにする。

 ついでに荷造りも始める。

 といっても、昼前にマルンド島から帰ってきたばかりで、持ち物のほとんどは最初からリュックサックに収められていた状態である。そもそも魚人島に行く際に、荷物を取りに戻る暇もなかったことで、部屋に置きっ放しになっていた。

 そう時間を掛けることもなく部屋の中は綺麗に片付けられた。


「さて、行こうか」


 私はリュックを背負って部屋を出、階段を降りる。

 今日、この町を出る。

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