45頁目 子守と再会

 前日祭が始まった。

 昨日もそれなりに盛り上がりは見せていたが、それとは比較ひかくにならない程のにぎやかさである。

 王都の住民だけでなく、祭りに合わせて国内各地から多くの人が集まってくるので非常にさわがしい。

 主要な所で言えば、鉱石の町ルックカや、北西の地方都市シトン、南部の地方都市ガルチャの三つの町はもちろん、キダチ村やオボス村を含めた地方の村や町などの大小様々な集落から人が来る。また隣接したエメリナ王国などの外国からも人が訪れるので、この一週間は本当に町が人でごった返すのだ。

 人がつどう所に商機しょうきありということで、商人達もより良い商談しょうだんをまとめようと躍起やっきになっている。

 ここで新たな販路はんろ獲得かくとくすることが出来れば、よりもうけることが出来るのだから必死になるのは当然だ。

 活気かっき付く町の中を歩きながら、普段は見られないような出店を見て回る。

 演奏会の練習は明後日あさって、本番は明明後日しあさってだから、少なくとも今日明日はのんびりと前日祭を楽しむことが出来る。せっかくの祭りなのに一人で回らないといけないのは若干じゃっかんさみしさはあるが、一緒に回る約束をした人がいる訳でもないので仕方ない。

 フィアを誘いたかったが、彼女も商人だ。この一週間は重要な期間であることを理解しているようで、休日はなく連日働くようだ。尚更なおさら、あの匂いのキツい素材を取り除いておいて良かったと思う。

 ギルドに行けば、誰か知り合いに会えるだろうか。

 特に行き先を決めていなかった私は、とりあえず目的地を定めて歩き始める。


「ここも結構人いるのね……」


 ギルド内は今日も人が多いが、冒険者でごった返す普段と違い、今日は一般の人や若干子供が多いように感じられる。そうやって中の様子を眺めていると「あ、シアー!」と呼ぶ声がしたのでそちらに顔を向けると、受付の中でせっせと荷物を運ぶギルド職員さん達に混じって、ミリーが手を振っていた。


「大変そうね」


 近付いてねぎらいの言葉をおくる。祭りだからとギルド業務が止まる訳ではなく、むしろ、人が集まればそれだけトラブルが舞い込みやすい。

 よって、普段の冒険者相手の依頼管理だけでなく、祭りの運営のサポートから遺失物いしつぶつ管理の連絡係、迷子センターの出張所みたいなことまで行う為、非常に忙しい。

 祭り期間であることから、冒険者はほとんど依頼を受けに来ない分まだマシな方だろうか。これで通常業務もいつも通りであれば、とてもではないが人がりないことと思われる。


「大変よ。でも楽しいわよ」

「忙しいのに楽しいというのは、ちょっと理解しがたいわね」

「シアも働けば分かるよ。何ならここに就職する?」

遠慮えんりょしておくわ。忙しいのは勘弁かんべん。私はのんびり気ままが良いわ」

「そんなおばあちゃんみたいなこと言ってぇ」

「年齢だけ見たらすっかり老婆以上よ」

「こんなにもっちもちのはだしといて良く言うよ」


 そうやって、受付のテーブル越しに両手でほおをつかまれ、左右に引っ張られる。


「いひゃいはよ」

「あはは、ごめんごめん」

「本当に遠慮がなくなって……」

「遠慮するだけ無駄かなーって」

「ひどくない?」

「ひどくない。普段のシアが滅茶苦茶めちゃくちゃ過ぎるだけ」

「私は悪くない。向こうから厄介事やっかいごとが飛んでくるのが悪い」

「開き直らないの。はぁこれのどこが老婆よ」

「エルフだから!」


 豊満ほうまんな胸を強調するように上体をってドヤ顔する。


威張いばるな!」


 すかさずミリーが頭を叩いてくる。流石さすがツッコミがするどい。


「そういえば、あなたこの後に時間ある? 良ければ一緒に祭り回らない?」


 叩かれた頭をさすりながら、独りぼっちを回避すべく数少ない友人をおさそいする。

 提案された彼女は、少し考えてから「ちょっと待ってね」と言い残して奥へと引っ込んでしまった。待つこと少々、戻ってきたミリーの手には紙のたばがあった。


「それは?」

「予定表よ。期間中、どこでどんなもよおし物があるのかが記載きさいされているの。祭り運営の補助もギルドの仕事だから、こういった情報も取り扱っているの」

「それで?」

「夕方からなら時間作れるから……ここと、ここと、それと……ここも、そんで、ここに、ここで、ここも行こうか」

「いっぱいね」


 誘った側ではあるが、この熱意には流石に引いてしまう。


「当然よ。仕事は楽しいしやりがいは感じているけど、だからといって祭りに参加しないのは、勿体もったいないじゃない。それに一人じゃなく、友人と回るのなら絶対楽しいわよ」

「そうね。それじゃあ私はそれまでの時間、迷子案内所の手伝いでもしているわ」

「え、いいの?」

「忙しいのよね? なら友人として手伝うわ。せっかく一緒に回るのだから、時間があるからと一人で回るのも勿体ないしね」

「ありがとうね。あ、じゃあ案内するわ」

「はーい」


 そうやって、案内所で不安そうな子供達に声を掛けて回ったり、一緒に遊んだりして交流して打ち解けていく。

 一通り業務が落ち着いた頃に、ミリーもかかえていた仕事を終えたようで、仕事着から私服へと着替えて「お待たせー」とやってきた。私はえの衣服がないので、代わり映えのしない白地の民族衣装である。服はかさばるし場所もとるので、あまり持ち歩きたくないのだ。


「それじゃあ、お先に失礼しますね」

「はーい、ありがとうございました」


 迷子案内所担当のギルド職員に声を掛けて腰を上げ、ミリーと一緒にギルドを出た。


「まずは夕食にする?」

「え、シア朝食べてないの?」

「うん、まだだよ。せっかくの祭りだから食べ歩きしたいなーって思って。ミリーが一緒じゃなかったら、一人で回ってたかも」

「分かった。それじゃあ私のオススメの店回ろうか」

「お願いね」


 それからはミリー先導の元、私達は様々な出店を巡って買い食いをしたり、面白そうな素材を買ったり、見世物みせものを楽しんだりしていた。

 そうしている内に、いつの間にか日は沈んでいたが、初日にも関わらずこれからが本番だと言わんばかりに盛り上がりを見せている。

 私の胃袋はすっかり満杯まんぱいとなってしまったが、相方のミリーはまだまだ入るようで、歩きながらでも食べられるような甘いお菓子を両手に持って交互に食べていた。


「よくそんなに入るわね」

「むしろシアが小食過ぎるのよ。というか女子なら甘い物は別腹でしょ?」

「いや、同じ胃袋に入るのだから変わらないでしょ……」


 あきれてしまうが、彼女は「そうかな?」と首をかしげながらも、再びそれぞれのお菓子を口にする。

 その時に「教官?」という声が聞こえた気がして、思わず立ち止まってしまった。


「シア? どうかした?」

「いえ、気のせいね。多分」

「何が気のせいなのかしら?」


 右に立つミリーと話していたはずなのに、左から声が掛かる。

 その聞き覚えのあり過ぎる声に、恐る恐る顔を向けると、赤色の毛と紫色の毛がじった特徴のあるツインテールが目に入る。そして、こちらを見上げるその少女の眼鏡の奥では、こちらを射貫いぬかんとする程の鋭い目付きでにらんでいた。


「えぇと、コールラ? 久しぶりね」

「えぇ、久しぶりね教官。あたし達に何も言わずに逃げるように出て行ってしまってから、三ヶ月弱といったところかしら?」


 実際そうなのだから反論のしようがないのだが、このチクチクと針で刺すような視線と言葉から逃げる為にいくつか言葉を投げる。


「ライトメタル、あなたが引き継いだのね。私はてっきりセプンが使うものとばかり思ってたわ」

「あいつは小飛竜しょうひりゅうの防具を持って行ったわ。チャロンを護衛することもあるから、それよりも前に出ることの多い私かエメルトにってなったんだけど、エメルトも詠唱で後衛に回ることがあるから、結局あたしが使うことになったわ」

「そう、似合っているわ」

「ありがとう。で、何で黙って出て行ったのかしら?」


 誤魔化ごまかされてくれなかった。少し付き合ってくれたけど、すぐに軌道きどう修正されてしまった。


「あのぉ、そちらはどなたですか?」


 私達のやり取りを聞いていたミリーが、ひかえ目に話に割り込んでくる。


「紹介が遅れたわね。こちらは私の元教え子で元新米冒険者のコールラ・コラッルよ。コールラ、こちらはここ王都でギルド職員をしているミリシャ・シッツよ」

「あ、これは元教官が非常にお世話になっております。コールラです」

「こ、こちらこそ非常に迷惑を掛けられております。ミリシャです」


 おいこら。

 助け船どころか、連合組んで仕掛けてきた。


「と、とりあえず、コールラ? 他の三人は一緒じゃないの?」

「皆この祭りに来ているわ。呼ぶ? 説教してくる相手が増えるだけだけど」

「え」


 待って。確かに黙って出て行ったことは悪いとは思っているが、コールラだけではなく他三人も私に言いたいことがあるのだろうか。何か最近説教ばかりもらっている気がするのだが。


「教官!」

「あら、呼ばなくても来たわね」


 うわさをすれば影と前世の言葉があるが、まさにセプン達の話をしていたところに、人混みをかき分けてその三人があらわれた。


「この馬鹿教官、俺らを放っていなくなるとか何考えてやがる!」

「ワタシ、すごく怖かったんですよ! 怒らせるようなことしてしまったとか、やっぱり試験での動きが悪いと失望させてしまったとか、色々考えました!」

「……全面的に同意」

「ちょっとシア? これはどういうこと?」


 ミリーまで混じって私を攻撃し始める。

 周囲の騒乱そうらんまぎれている為、こちらのやり取り自体目立ちはしないが、セプンとチャロンの剣幕けんまくに、近くを通った人達からは何事という視線が向けられる。

 少しだけ考えるも、ここで私が出来る選択肢せんたくしといえば一つしか浮かばなかった。


「皆ごめんなさい。あの時は、これ以上縛られるのは嫌で早く逃げたかったから」

「それはアオコニクジルさんのこと?」


 先頭に立って話を進めるコールラに、私はうなずく。


「まぁそれも一つね。元々ルックカはただ通過のつもりだったから、本来の目的をあまり遅らせたくなかったという思いもあったわ」

「その割には、まだ王都にいたのね」

「あ、いや、えぇと、こちらはこちらで、また問題を起こしてしまって……」


 言い訳をしている言葉尻が、段々弱くなる。


「そうですね。シアには本当に困らされてばかりですね。鉄火竜てっかりゅうの単独討伐とうばつ。ギルドを通さない依頼受注に翡翠鳥ひすいちょうも単独討伐した上で死骸しがいを持って帰ってくる。鎌足虫かまたりちゅうの調査依頼のはずが覇王竜はおうりゅうを狩って帰ってきて、その足でそのまま夜間依頼に飛び出して行って……あ、最近はタルタ荒野二週間の旅とか言って、街道から外れた荒野のど真ん中で野営していたんでしたっけ?」


 私の言葉を引き継いだミリーが、次から次へと愚痴ぐちを吐き出していく。


「はぁ? ルックカ出てから何やってんだよ」

「一体どこから突っ込めば良いのか分からないわね」

「……弁明べんめい余地よちなし」

「えぇと……流石にやり過ぎだと、思います」

「違うー違わないけど違うのー」


 私のなげきの声は、虚空こくうへと消えていった。

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