34頁目 冒険者ランクの仕組みと季節外れのモンスター

 武器を受け取った翌日、使い心地を確かめる為に怪物モンスター討伐とうばつの依頼を受けるべくギルドへ向かう。相変わらず早朝からにぎわっており、依頼ボードの前はより良い依頼を受けようと冒険者でごった返していた。


「うーん、良いの残ってるかなぁ」


 ようやくボード全体が見える位置まで来ることが出来、軽くながめていると、一つ、気になる依頼があった。

 鎌足虫かまたりちゅうの討伐依頼である。


「またタルタ荒野か」


 タルタ荒野はジスト王国の北西部の大部分を占める、非常に広大な荒野だ。かつては炭鉱の町としてさかえたカルサ山のふもとを始めとして、多くの炭層や鉱脈があることで荒野という土地でありながら、多くの小規模集落が点在している。

 鉱石の質と量からすると、西端にそびえるカヨレハギユ山脈かられる物が有名だ。しかしタルタ荒野も一つ一つの集落の採掘量さいくつりょうは少ないものの、荒野全体で見ると質はともかく量だけならカヨレハギユ産に引けを取らないほどである。

 またジスト王国の北西端には、ベベリー王国との国境が近く取引もさかんであることからシトンという町が発展しており、その規模はルックカをしのぐとも言われているが、私は依頼で近くまで行ったことはあるだけで、入ったことはない。


「前行ったオボス村よりも若干南かな?」


 今回依頼があったのは荒野の南東部、ランテ村付近を通った行商人から。

 タルタ荒野はとても広い為、中央部にあるカルサ山を境に南北に分けられ、そこから更に東西の四つに分割されて各町が担当することになっている。特に厳しい取り決めがある訳ではないが、広い土地であることから距離的な問題での解決策だ。

 これによって、カルサ山の南西部をルックカが、北東部と南東部を王都が、そして北西部をシトンが受け持つ形となっている。


「鎌足虫は乾季に活発になるはずだけど」


 鎌足虫はカマキリのような形をした中型怪物で、暑季の頃から活動を始めるが、基本巣から動かずに待ち伏せしてえさとなる草食動物や小型怪物を狩ることから、巣にさえ近付かなければ危険性は少ない。

 しかし乾季に入ると、寒季に向けて子孫を残すべく巣から出て異性を求めて活発に動き、また特にメスは産卵の為に栄養を確保しておきたいからと、より凶暴になることから危険性が増し討伐依頼が出るようになる。

 この時期から巣を出て活動しているということで、危険性がある為に討伐して欲しいとのことだ。


「理由は分からないけど、放っておくことも出来ないし、それに……」


 口には出さなかったが、試し切りには丁度良いと刀を新調した辻斬つじぎりのような発想をしていたことは内緒である。

 依頼票をがし、受付まで持っていく。すっかり顔馴染みとなり遠慮えんりょがなくなっている人間族のミリシャさんが、笑顔で応対してくれる。

 歳は二〇と若く、元気で明るいので人気がある女の子だ。しかし、一ヶ月近くギルドを出入りしているが彼女から浮いた話を聞いたことがない。以前、そういった話題を振ってみたのだが「私は今の仕事が一番なんです。それ以外のことは、今は考えられないですね」と言っていた。まだ若いから良いが、結婚出来る時にしておくと良いと思うのは、今世ではなく前世での自身の体験から来るアドバイスである。

 ちなみに、今の私はハーフでもエルフ族であるので、若い期間が非常に長く婚活を急ぐ必要はまだない。ないが、エルフ族は元々結婚願望が薄い種族であり、そのせいであまり人数が増えない。

 寿命が長いおかげで減ることもほとんどないが、今後のことを考えると、私も子孫を残すべきであろうとは考えている。もし、そうなると、同じエルフ族が良いだろうが……少なくとも里の人達は、異性同性どうこうというより、もう一括ひとくくりで家族という感じなので里の中で結婚と考えは浮かばない。

 そもそも異性として意識していたら、全裸で外に出られない訳で……いや、ルックカでも裸ではないが、下着姿でうろついてニャチルさんに怒られたし、リンちゃんと遭遇そうぐうした時も周りの目がないことを確認したとはいえ、昼間ぴるまから堂々と外で裸になって水浴びをしていた。

 もしかしたら、女子力以上に女性という生き物として終わっているのではないかと考えてしまう。


「ミリシャさんは、私のようにはならないで下さいね」

「え、いきなりどうしたんですか?」

「何でもないです。忘れて下さい」

「はい?」

「すみません、依頼の方はどうですか?」

「はい、大丈夫ですよ。これで承認しょうにんです。大丈夫だとは思いますが、お一人でよろしいですか?」


 毎回、それこそ採取さいしゅ依頼でさえも、こうして気遣きづかってくれるのはありがたい。本当に、何で男の影がないのか。男達よ、もっとアピールをするべきである。

 そんなことを考えていたら、左隣の受付で激しくテーブルを打ち付ける音がしたので、そちらへ注意を向ける。ミリシャさんも気になったのか、同僚どうりょうの持つ依頼票を覗き込んでいた。


「だから、おんれがいるから大丈夫だって言ってるだろ?」

「た、確かに、この依頼は少なくとも銀以上の冒険者対象となっていますので、カトラさんだけが受けるなら大丈夫です。ですが、銅二人を同行させるとなると、話は別です。少なくとも後一人は、銀以上を入れてもらう必要があります」


 虎型の獣人のカトラと呼ばれた女性が、まさに肉食獣という感じにうなりながら、目の前の受付に座る鹿型獣人の男性職員をにらみ付けていた。構図こうずとしては肉食獣対草食獣で勝負は見えているのだが、受付の男性も仕事である為、勢いに押されながらもしっかりハッキリと承認出来ないむねを伝えていた。


「なるほど、ランクの問題でしたか」


 依頼票を覗いていたミリシャさんのつぶやきが聞こえた。

 ランクとは冒険者ランクのことで、これまでの実績じっせきやギルドや国などへの貢献度こうけんどによって決まる。信用の積み重ねによるものなので、ランクが高いからといって強い弱いが分けられる訳ではない。

 おおむね万国共通で、上から金、銀、銅と順にランク分けされている。万国共通としている理由は、冒険者が他国で活動する場合において、どこでも通用出来る分け方でないとギルドの業務がとどこおってしまうというものがあるからだ。

 しかし、一つだけ共通ではないことがあり、それは金ランクよりも上にランクをもうけることである。国によって金以上のランクがあるかどうかはバラバラであるが、理由の一つとしては、他国へ対してのアピールも含まれているとされる。

 ランクと強弱はイコールではないが、かといってランクが高い程長く冒険者を続けており、数多くの実績を積んできた人が弱い訳もないことから、いわゆるどれだけの戦力を保持しているかを主張すべく作られたと言われているらしい。それももちろんあるだろう。しかし、実際に冒険者業に携わる側からすると違う面もある。

 他国で冒険者活動する際に、自国で銀ランクだからと、他国へ行っても同じ銀ランクの依頼を受けられる訳ではない。あくまで自国で活動して得た評価が銀であるというだけで、他国でもそれが通用するとは限らないのだ。

 国が違えば言葉や文化、宗教も考え方も違う。食事、風土だって肌に合わない人だっているだろう。何よりその国へ何も貢献していないことから信用がないのだ。よって、自国で銀ランクの冒険者が、他国へ行っても銀ランクの依頼を受けられることはない。つまり、他国は他国で改めて貢献度を上げる必要があるのだ。

 しかし、それでは冒険者が他国で活動する機会をうばってしまう。そこで取られた措置そちが、ワンランクダウンである。つまり、金ランクなら銀ランクへ、銀ランクなら銅ランクへ、ワンランク落とすことで、初めからスタートではなくある程度、セーブデータを引き継いだまま再スタートが出来るという制度である。これを適用する為に、各国はランクを金銀銅で統一している。


「お隣は大変ね」


 他人事ひとごとのように、実際に他人事なのでそう呟く。

 ちなみに、銅ランクと、それより下の新米冒険者はこれ以上ランクを下げることが出来ない為、他国での冒険者活動は出来ないことと決められている。理由として、低いランクの冒険者をそのまま他国へ送り出して、そこでトラブルを引き起こした場合に所属する国の信用問題に関わることから、他国で活動が認められるのは銀ランク以上と制限されているのだ。

 あくまで冒険者活動が出来ないというだけで旅行などを行うことに制限はなく、国同士の仲が悪くなければ割と自由に行き来出来る。銅ランク冒険者でのんびり外国旅行が出来る程の資金があるのかは、別の話である。

 話は戻るが、国によっては金ランクの上に、一つランクが作られている場合がある。これは、他国で活動する際に、いきなり金ランクから開始することが出来るようにするというもので、各国協議の上で、その制度が設置出来る国は決められている。

 ジスト王国もそれが認められている国の一つで、私もかつては金よりも上の紫水晶アメシストのランクを持っていた。一〇年前に引退して、それから今年復帰である為に一つ下げて金ランクとなっている。


「引退したはずが休業扱いになっていたわね。ジルめ……まぁそれでワンランクダウンで済んでいるから助かるけど」


 新米冒険者は実力さえあれば短期間で卒業して銅ランクへ昇ることが可能だが、そこからは地道にコツコツと活動していく他ない。

 依頼をこなす頻度ひんど、受注数、達成数、市中しちゅうでの評判も査定さていに響く為、実力はあっても素行そこうが悪ければランクを上げるのは難しい。他にも評価する点はあるらしいが、そういった積み重ねからランクが決定される。

 一度銀や金になったからといって、素行が悪かったり犯罪に手を染めてしまったりすると降格、もしくは冒険者権利剥奪はくだつもありる。当然、犯罪者は犯罪奴隷どれいとして炭鉱行きとなったり牢獄ろうごく行きであったり、罪の重さによっては極刑もあり得る。

 私の場合、現役時代はそれこそエルフの食事や睡眠がほぼ不要という丈夫さを利用して、一〇年という短い期間に数多くの依頼をほぼ毎日こなしていた。採取や調査、討伐関係なく、依頼が出されていたら片っ端から受注し、近場の依頼が重なれば、一日に最大三回も依頼をこなしていた。その結果、わずか一〇年で紫水晶まで上り詰めることが出来たのだ。

 ただ、全てが順調だった訳ではない。大怪我をすることもあるし、防具が壊れることもあった。何より素行の悪さが足を引っ張ることもあった。特に犯罪や不良行為を行ったとかではないが、今回冒険者に復帰してから既に三回、六ヶ月弱で三回もギルドを通さない直接依頼を受注している。


「ほんと、何で降格や逮捕たいほがされないのか不思議ね」


 ギルドからは正式に、直接依頼受注に関する注意喚起ちゅういかんきが出ているが、私はそれをなかば無視しているような行動が目立つ。

 弁解させてもらえるなら、目の前でいきなり緊急事態が発生した時に対処しなければ被害が拡大すると考慮しての行動が大半であり、実際にその後の事情聴取でもしっかり裏取りも行ってもらったりして、ほぼ無罪放免むざいほうめんにしてもらってきた。ほぼというのは……時々罰金があったというだけである。

 しかしそれでも、活動を続けてきたおかげで紫水晶まで行けたのだ。

 私自身に才能がなかったとは言えない。前世の記憶があるだけで十分チートなのだ。そしてその精神が宿やどっているのがエルフの身体で、雷魔法と回復魔法が使えると来た。自分で言うのも何だが、才能のかたまりである。

 ランクには興味ないが、やりたいと思った依頼を低ランクのせいで受けられないのは嫌なので、前回程社畜しゃちくのような受注はしないまでも、そこそこ依頼をこなして冒険者を続けたいと考えている。

 考えにふけっていると、どうやら話し合いがまとまりそうな感じがするので、そちらに意識を向けることにした。

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