32頁目 手紙とじゃれ合い

 店番の代行を始めて数日が経過した。仕事にも慣れてきて、店の常連客や仕入れ業者との世間話を行う余裕も出て来た。仕入れ業者が品物を届けに来た時には、当然驚かれたが、事情を説明すると「いつかやると思ってた」と呆れながら呟いたのが印象的だった。事件の容疑者が住む近所の人のインタビューとかで、こんな感じの感想が放送されることがあるのを思い出したからだ。


「最初は心配だったけど、まぁ割となんとかなってる……かな?」


 とはいえ、私がやっていることと言えばただ店を開き、ずっと店内をウロウロし、接客し、そして夕方のかねが鳴ったら戸締とじまりをして帰るの繰り返しだ。つまり、私の役割とは現状維持。この一言に尽きる。


「表面上はそうなんだけど……」


 ちらりと、受付の後ろの棚を見やる。そこには様々な書類が押し込められ、日々の売り上げも、適当な引き出しに入れられている始末。金庫の番号を聞いていないのだから仕方ない。持ち帰ることも出来ないから苦渋くじゅうの決断だ。


「はぁ」


 溜め息が出る。表面上は現状維持が出来ている。しかし、本来店を構えている者ならば、日々記入をしなければならない帳簿ちょうぼなどがあるはずなのだが、あいにくと私はそういった知識は皆無かいむだ。仮にあったとしても、この店の資産を目にすることになる為に、下手へたに手を出す訳にもいかない。だが、放っておけばおく程、溜まっていく書類の束。


「というか、紙多くない?」


 王都に来てしばらくしてから薄々うすうすと感じていたが、どうにも一〇年前よりも紙の流通が多くなっているように思う。


「もしかして、製紙技術が向上して安価での量産体制に入ることが出来ているってことかな?」


 もしそうならば、とても嬉しい。何故なら紙の値段が下がれば、それに合わせて本の値段も下がり、気軽に手に取ることが出来るようになる。紙の質こそは、まだまだ前世のコピー用紙には遠く及ばないものの、書く分にはそんなに不便はない。

 この世界での文具は、付けペンやその派生である羽ペンが多く普及ふきゅうしているが、貴族などの階級が高い人達には、前世で言う万年筆まんねんひつのようなインクをペンその物に格納かくのうし、一々ペン先をインクにひたす必要のないペンも多少値段が張るものの多く出回っている。

 私が使っているのは、ペンはペンでも筆ペンのようにペン先が日本の筆のような形状をしているインク格納型のペンで、何となくこんな感じという曖昧あいまいな説明をした上で作ってもらった特注品である。

 ボールペンやシャープペンに慣れ親しんだ現代人であった私では、携帯に不向きかつ書きにくい付けペンや、携帯出来るがやはり慣れない感覚の万年筆は手に合わなかった為、特注で筆ペンっぽい文具を作ってもらったのである。

 値段は万年筆よりも上で量産にも向かないが、手に馴染み書きやすいし携帯も可能であったので、現在まで重宝ちょうほうしている。

 以前、異世界転生は不便も楽しむべきだと熱弁ねつべんしていた気がするが、物書きにとって文具とは、切っても切れない相棒なのだ。せめて少しでも使いやすさを求めることを許して欲しい。

 あくまで私が注文したことと言えば、万年筆のペン先を金属ではなく、多少硬さのある動物の毛にしてくれと言ったくらい。先端の部分、前世単位でほんの数ミリだけ柔らかくしてもらっている。その他の変更点はないはずだ。

 紙質が十分に良いとは言えない為、普通のペンで走り書きをしたりすると、時々引っかかったり、破れたりしてしまうが、ペン先を筆のようにすることで、破れる心配なくスラスラと書けるようになった。ただ、筆圧ひつあつなどは慣れが必要なので、万人受けするとは限らない。


都合つごうの良い自己解釈じこかいしゃく


 一人で思考し、一人で突っ込んでいるが問題ない。

 現在、素材屋ローゾフィアの店内は閑散かんさんとしており、私以外の人の姿はない。つまりひまなのだ。暇ならば立ち読みをしたり、棚に並ぶ素材を見て勉強でもしたりして時間をつぶそうかとも思ったが、今日は朝から気が散ってしまい、どうにも集中出来ないので、こうして受付でただぼんやりとしているのである。


「楽しみだなぁ」


 ふところから出した手紙。これが落ち着かない原因である。

 昨日の夕方、宿へ帰ると店主から渡された物だ。気軽に手紙を伝言手段としてもちいることが出来るまでに、王都の紙の普及率ふきゅうりつが向上していることに驚きつつも、手紙の内容は私が待ち望んでいたものだった。


「剣もうすぐかー」


 防具の加工はおおむね完成し、残りは細かい調整。これは実際に来店した時に行うとのこと。そして、翡翠鳥ひすいちょうの素材を渡しての剣の作成依頼。こちらは難航なんこうしたが完成の目処めどが立ったので、近々完成したらまた手紙にてしらせるので、その時に受け取りに来て欲しいという内容だ。


「あのガローカさんがね……」


 そう手紙の主は、あの人嫌いでほとんど口を利かないガローカさんである。

 優しくない訳ではないが、普段から機嫌が悪そうな表情をしていて言葉数も非常に少なく、作業をしながら注文を聞くので接客態度も悪いことで有名だ。

 昔からお世話になっている私が言うのもなんだが、当時関わることがなければ私も注文を躊躇ちゅうちょしてしまう職人である。その分、腕は非常に良いので、熱心なファンはいるようだが……そんな彼からの手紙である。その内容は、非常に簡潔かんけつであり、私の要約の方が長くなるという意味が分からない状態であるが、それでもちゃんと手紙となっており中身もちゃんと伝わった。


「楽しみだなぁ」


 それはともかくとして、新しい武具である。随分と時間が掛かっていたのでやはり難しいのではと心配していたが、流石さすがガローカさんである。バトルマニアではないが、武器を新調するというのは、とてもワクワクする。

 特に、あの翡翠鳥の羽毛を使っての剣だ。どのような物になるか想像も出来ないが、出来ればあの美しさを壊すことなく、上手く調和した剣になって欲しいと願う。まぁ加工を行うのはあのガローカさんであるので、それ程心配はしていないのであるが。


「あー落ち着かない」


 はたから見ると、今の私の姿は一人受付に座りながら表情をコロコロと変え、時折バタバタと身体を動かすなど非常に怪しい、不審者のような挙動であるように映っただろう。もしかして、来店客がないのは外から店内を覗いた結果、不審人物がいたので入店をめたとかそういうものだろうか。

 いけないいけない。ちゃんと仕事をしなければ。

 仮にも店主からしばらく店を任された身だ。あの出掛ける直前のフィアの様子を見るに、任されたというより押し付けられたようにも見えなくもないが、切っ掛けは私だ。責任を持って役割を果たす義務がある。

 それからは、落ち着きを取り戻し、座りながら本を広げて、のんびりと来客を待つのであった。


「結局、あれから来たのは二人だけか」


 教会の鐘の合図で施錠せじょうを行い店を出る。そしてそのままいつも通り、宿へ向けて足を運ぶ。


「フィア、まだ帰ってこないのかな?」


 どれ程の期間、店をけるのか言っていなかったので私も下手に動くことも出来ず、ただただ時間が過ぎていくのを感じていた。まぁ、せっかく出来た時間だ。無為むいに過ごすのは勿体もったいないと、私は本を立ち読みしたり店内に並べられた素材を観察したりして、勉強を欠かすことなく行うことが出来ていたので、非常に充実しているので問題ないと思う。


「今日も帰ってこなかった」


 遠くで鳴り響く鐘の音を聞き、受付の椅子から腰を上げる。フィアが店を飛び出して行ってから既に十二日が経過した。こちらの世界では六日で一週間なので、二週間経ったことになる。

 在庫のチェックや、品物や棚の簡易的な整理を行って、各種防犯用の術式も確認するが、こちらは門外漢もんがいかんなのであくまで目視で行うのみ。私がいるのに発動していたら大事おおごとだが、特に現在まで何もない。


「ふぅ」


 溜め息を吐き、扉に掛けられた営業中の看板を裏返して準備中へとし、店を出て施錠をする。今日も一日、無事に終わった。

 しかし自分でいた種とはいえ、こうも期間が空くとは思ってもみなかったので、そろそろ生活費をどうしようと考え始める。何せ、この二週間の収入はゼロだ。依頼をこなしていないのだから当然だ。

 一応貯金はまだまだ豊富にあるが、手に付けるつもりはなく、現時点での財布の中身だけでやりくりしていたが、後一週間もすれば宿代を払うことも厳しくなる。


「困ったなぁ」


 そう呟き、歩き出そうとしたところで、遠くからガラガラと音が聞こえてきた。


「荷車?」


 何か重い物を運んでいるようだが、辺りを見渡してもそのような影は見当たらない。音は、通りの周りの建物に反射しており、正確な位置や距離がつかみづらい。


「こっちかな?」


 だが、野生児である私達エルフは、直感で音のする方を察知することが出来る。音源が近付いてくる。もうすぐそこの角を曲がるだろうと思ったが、一向に姿を現さない。


「あれ?」


 すると、来ると思っていた反対側から声が聞こえてきた。


「シア-! お待たせ-!」


 ライム色のセミロングの髪を揺らしながら、エルフっぽくない健康的な小麦色の肌をしたフィアが眼鏡の奥の目を輝かせながら、大きな荷車を引いてやって来た。

 というか、直感外れた。森や自然と違って、町中だから思うように感じられなかったのかな。旅をする時は常に雷魔法の電流網をいているから、索敵さくてきに穴はほとんどないが、今は町中なので発動していなかった。頼りすぎたのかもしれない。


「やれやれ」


 反省点は今後に生かすとして、まずはこの店主をお迎えすることにしよう。店の鍵を開けて、裏から併設へいせつされた倉庫のかんぬきを上げて扉を開く。


「おーありがとう!」

「お帰り」

「ただいまー!」


 出て行く時にはウマを借りると言っていたが、荷車は引いていなかった気がする。途中で借りたのだろうか。しかし、これ程の量とは、いくつものかごが乗せられ様々な匂いを放っていた。

 しかし二週間も店を空けてとは思っていたが、逆にこれだけの素材を集めるのに往復の期間も含めて二週間で行ったというのは、非常にすごいことだと思う。


「しかしいっぱい採取してきたね」

「そりゃぁ売り物だからね! 今後も一年に何回かは採取に行きたいかな」

「その時はちゃんと臨時でも良いから、ちゃんとした店員をやとってね。私も旅を続けたいし」

「えー、シアがいてくれたら防犯にもなるし、売り上げにも繋がるし、一矢二羽いっしにわなんだけどなー」


 一矢二羽とは、こちらの世界での慣用句だ。意味は前世の日本で使われていた一石二鳥いっせきにちょうと同じで、一つの行為で二つの利益を得ることである。ちなみに、一矢二羽の二羽とは、鳥類のことではなくウサギのことを差す。一本の矢で二羽のウサギを仕留めた狩人かりうどがいたことから産まれた言葉だ。


「防犯はともかく、売り上げには関係しないかと」

「えーそんなことないよ。シア可愛いから」

「うーん、えぇと、ありがとう」


 容姿をめられるのは、何とも微妙な気持ちになる。

 このフレンシアの容姿は、私から見ても十分魅力的だと思う。しかし、産まれた時からこの身体に宿っていた魂は私自身の物ではあるが、やはり本来のフレンシアとしての魂がどこかにあって、それを押しのけて私が入り込んだ、偽りの姿なのではないかと思うことがある。そうなると、私であるが私でないこのフレンシアとしての姿を褒められても、嬉しいと素直に思うことが出来ず、逆に申し訳ないと思う気持ちになったりする。これは一二〇年生きてきたが、未だに変わることがない。


「それじゃあ、運ぼうか」

「分かった。シアもありがとうね」

「良いよ」


 よいしょと一抱ひとかかえある籠を持ち上げる。結構重さがあることから、見た目以上にギッシリと詰まっているようである。


「これ、何ツィルあるの?」

「さぁ? 多分四〇ツィルか五〇ツィルくらいじゃない?」

「そりゃ多いね」


 ツィルとは、この世界の、少なくともジスト王国含めた周辺国で使われている重さの単位である。

 単位として確立してはいるが、その重さの基準は曖昧な部分があり、一応原器げんきに相当する分銅ふんどうがあるにはあるらしいが、国や地域によって微妙に誤差があるようで、果たして意味があるのかと疑問に思う。

 基準が明確になっていないということは、重さによって値段が変動する取引の場合に困るはずなのだが、私の知る限りの歴史の中では特に問題になっていると聞いたことがなく、現在までとどこおりなく流通は続いているようだ。

 ちなみに、一ツィルあたりの重さは前世のキログラムに合わせると、大体四〇〇グラムから五〇〇グラム辺りである。今運んでいる籠が、四五ツィル前後ということは、おおよそ一八キログラム前後ということになる。

 この基準に最も近い単位で挙げるならば、ポンドである。一ポンドあたり約四五三グラムであるから、ポンドに置き換えて計算すると分かりやすいが、先にも述べた通り、基準が非常に曖昧なのだ。よって、ある程度の目安にはするが、あまり重要視していない現状である。

 金貨や銀貨など貨幣かへいで用いられる金などの金属の含有率がんゆうりつを算出するのに、正確な重さの基準がなければ混ぜ物、まがい物が流通に乗ることになって貨幣の価値を下げることに繋がるはずなのに、何故誰も手を打とうとしないのか。それとも、まだこの時代では、そこまで明確な取り決めがないだけで、今後の時代には改善されるのだろうか。

 あくまで、人間族達の経済の話に、エルフ族である私が口を出すべきではないのは理解しているが、前世は人間だったのだ。その辺りは変なモヤモヤが残るが、気にしても仕方がない。こればかりは、国のトップがちゃんと考えた上でおれを出して、周知徹底しゅうちてっていさせなければならないのだが下手に関わることはしない。やぶ蛇になってしまったらそれこそ面倒だ。


「これで全部かな?」

「そうだね。ありがとー」


 あれから二人で何度も荷車と倉庫の間を往復し、荷物を運び込んでいった。作業を終える頃には日はすっかりと落ちてしまっていた。

 辺りは点火職人が一つ一つの街灯を回って火を点しており、その光が点々と町の一角を照らす。各建物からはあかりが漏れており家族団らんの様子が想像出来る。


「それじゃあ、私は宿に帰るね。明日、今度はお客として来るから、割引の件、忘れないでね」

「分かってるよ。いやーそれにしても助かったよ」

「臨時休業にすれば良かったんじゃ」

「それも考えたけど、一応常連さんとの付き合いもあるからね。そう簡単に休みには出来ないのよ」

「その割にはアッサリと私に押し付けて飛び出して行ったけど」

「気のせい気のせい」

「はぁ……」


 彼女と会うのはこれで二回目。そうたった二回である。こちらから提案したことであるが、初対面でいきなり店を押し付けてそれから二週間放置である。そして今日帰ってきて、一緒に作業して今まさに別れるところ。しかし、この短時間でフィアのことは結構分かってきた気がする。彼女のペースに巻き込まれると、こちらが被害を受けるということがよく分かった。今後の教訓にさせてもらおうと思う。

 しかし、これでようやく本来の依頼をこなすことが出来るようになる。収入がなかったので、節約生活をいられていたが、明日以降はある程度、朝食に色を付けることも出来るだろう。


「それじゃあ、また明日……いや、明日以降かな。とりあえずお金欲しいから、ギルド行きたいし」

「あ、そっか。ごめんね。何日も空けちゃって」

「気にしてないよ」

「本当?」


 フィアの疑問に笑顔で頷く。


「元はと言えば私のせいだからね。でも、もし私がエルフじゃなくて人間だったら、食費が足りなくて乞食こじきになっていたかもねぇ」

「やっぱり気にしてるじゃない」

「まぁねぇ」


 ニヤニヤとした表情を隠すつもりもなく、わざとらしく「あ、そうだ」と思い出したように口に出す。


「割引の件、ちゃんとお願いね」


 その言葉にフィアは首を傾げる。ついさっきも同じことを言われたからだろう。きっと念押しのつもりだと思っているのだろう。実際、私はそのつもりでいる。


「え? それは元々の契約だったから当然だけど……え、もしかして、更に値下げしろと?」

「さーて、どうとらえるかはフィア次第よ」


 そう、私はあくまで、ただの念押しのつもりである。ただ、これまでの話の流れから、単なる念押しと捉えるかどうかは、相手次第だ。これで相手が一枚上手うわてなら、私がどういうつもりだったとしてもあえて無視して、当初の契約通り履行りこうしようとしただろうし、実際に私はそれでも全然問題なかった。


「うわぁ、性格悪いって言われたことない?」

「うーん、ないと思う。言われる程、あまり他人と関わっていないと思うし」

「反応に困る。はぁ、これが『迅雷じんらい』の本性か……」

「その二つ名はやめて。それに本性とは失礼ね」


 結局彼女は、更に割引を行うことを了承したようだ。

 ちょっとほったらかしにされすぎたことによる仕返しのつもりでの皮肉からの交渉だったが、受け入れられてしまい逆に申し訳ない気持ちになる。しかし、今更なしにするというのもせっかく交渉に乗ってくれた相手に悪いので、契約成立ということにする。

 鍵を返した後、少し雑談をはさんでから店を出ようとしたところで足を止めた。これから言う言葉は完全に忘れていたことだから悪気も悪意もないが、手伝うつもりはないことを事前に伝えておこう。


「二週間、ずっと放置されてたから、その書類とか帳簿ちょうぼとか売り上げとか色々、適当に棚に押し込んであるだけだから……えぇと、頑張ってね」

「え?」


 次の反応が来る前に、私は急いで店を出て走り出した。その直後、背後から「えええー!」と叫び声が聞こえた気がするが、気のせいだ。耳が良すぎて幻聴が聞こえたに違いない。

 大通りに出、後ろを見て追っ手がないことを確認して足を止め、走ったことで多少乱れた衣類を軽く整えて歩き出した。


「次会ったらうらごととか言われるのかな」


 仕方ないと思うが、元はと言えば店のことを色々放置して飛び出した店主が悪いのだ。と、心の中で言い訳しつつ、明日からの予定を考える。

 一先ひとまず装備が揃うまでは、本格的に活動するつもりはない。いくら私自身、腕に覚えがあるからといって、翡翠鳥との戦闘のように不測の事態がないとも限らないのだ。防具に関しては、戦闘スタイルから出来るだけ身軽にしたいから、軽装なのは仕方ないが、それでも今着ている民族衣装は耐魔法に関しては非常に高い性能を持っているし、耐物理に関しても、一応鉄火竜てっかりゅうのコートがあったから問題なかった。翡翠鳥が強すぎただけだ。


「防具はもう出来てるみたいだし、剣ももうすぐって書いてあったから、楽しみだなぁ」


 遠距離戦なら雷魔法に弓矢、ライフル銃があるから問題ないが、接近戦は剣頼りだ。

 一応雷魔法で接近戦を行ったり投げナイフを近接で用いたりすることも出来るが、耐魔法性能が高かったり雷属性の怪物モンスター相手であったり、なまくらでは意味がなかったりすると相性が悪いので、結局接近戦用の武器が必要になる。


「剣、どんな感じになるのかな」


 懐から、何度も読み返した手紙を取り出して眺める。


「でも、もう二週間。流石に時間掛かりすぎだよね……そんなに加工が難しいのかな」


 遭遇率そうぐうりつ討伐数とうばつすうも非常に少ない翡翠鳥だ。当然その素材も市場しじょうに出回ることはほとんどない為、加工の仕方が分からないなどがあるだろうが、それだけでここまで時間が掛かるものなのだろうか。

 鍛冶屋かじやの経験はないので分からないが、これまでの付き合いでも、ガローカさんは長くても一週間未満で仕上げてくれていた。繁忙期はんぼうきで製作が遅れているのだろうか。

 いや、彼には失礼だが、あの工房が繁忙期になる様子が想像出来ない上、特に大規模討伐や、ましてや他国との戦争などの情報も出ていないので繁忙期の線もないだろう。


「私が気にしても仕方ないことかもしれないけど」


 心配ではある。しかし、ここで様子を見に行くことは、彼を信用していないことになる。職人、特に頭に頑固が付く種類の人になると、当然プライドが高い。下手につつくとへそを曲げて、もう作ってくれないかもしれないのだ。ガローカさんがそこまで器量なしとは思わないが、あの不機嫌そうな顔がますます潰れることは想像にかたくない。彼のシワをこれ以上増やさないようにするには、完成を待つのが最善である。


「とりあえず、装備は貯金から切り崩すとして……生活費は、依頼で稼ぐしかないね。まずは近場の採取クエストでもこなしていこうかな。怪物討伐はしばらく控えるしかないね。出来ないこともないけど、今回のような特殊な事例となると、やっぱり万全にしておきたいし」


 そう決意をした私は、日が沈んで等間隔とうかんかくに並ぶオイル灯にぼんやりと照らされた通りを、宿へ向けて歩く。周りの建物からこぼれる光を眺め、家族の団らんを思い浮かべながら、昔父が健在だった頃の三人で過ごしていた日々を、少しなつかしく感じていた。


「アリン……いえ、お母さん」


 のんびりマイペースな人であるが、しんの強い女性だ。彼女のすすめで冒険者に戻ったが、一人で大丈夫だろうかとふと考えることもある。


「手紙でも書いてみようかな」


 これまでは、紙は高く、気軽に手紙を送り合うことも出来なかったが、最近の王都の様子を見るに、少なくとも王都では十分庶民しょみんでも手が出せる程には普及しているようだ。もちろん安くはないが、それでも以前、それもほんの一〇年前では考えられない程の値下げである。


「まぁでも、お母さん文字あんまり読めないし」


 エルフ族、あくまで私の知る限りルキユの森のエルフと、フィアのいた山のエルフの多くは識字率しきじりつが非常に少ない。母は私の影響もあって多少は読めるが、それでも簡単な単語のみでなければならない。


「まぁそれでも、何年も音信不通おんしんふつうになるよりは良いけどね」


 そうと決めたのなら、明日は依頼の帰りにでも手紙を買いに行こうかなと決めたのであった。

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