第652話

「うへぇ……もう無理……動けねぇ……」


「おじさん、大丈夫ですか?紅茶を淹れてあげましょうか?」


「た、頼む……」


 流石は雪原地帯に出現するモンスターって言うべきなのか、手強すぎる奴ばかりを相手にしまくっていたせいで俺は心身共に限界を迎えて宿屋の部屋に戻って来るなり重力に逆らえずリビングのソファーに倒れ込んでしまっていた……


「ちょっとアンタ、さっき温泉に行ったから体は綺麗でしょうけど服は汚れてるんだから寝そべるんなら着替えてからにしなさいよね。」


「……お前は俺の母親かよ……ってか、頑張ってきたのはユキの為でもあるんだから少しぐらい優しい言葉を掛けてくれても良いんじゃないですかねぇ……」


「ふんっ、それについては感謝してあげるけど頑張ってきたのはアンタ1人だけじゃないでしょうが。ほら見なさいよ、他の子達は平気な顔してるわよ。」


「それは歳の差ってやつだよ……俺も悲しいけどおっさんって枠組みに片足の爪先が突っ込んじまってるからさ……若いもんと一緒にされても困りますわ……」


「ふふっ、九条さん。そんな事を言っていては本当に老け込んでしまうよ?」


「そうですよ!おじさんだってまだギリギリ若いんですから、元気を出して下さい!はい、紅茶が入りましたよ。」


「……ギリギリは余計だっつうの……あーうめぇ……やっぱり疲れてる時は、甘めの紅茶に限るなぁ……マホ、よくやったなぁ……褒めてやるぞ。」


「えへへ、ありがとうございます!」


 嬉しそうに微笑んでいるマホの顔を見ながら紅茶をもう一飲みした俺は、溜まっている疲れを吐き出す様に思いっきりため息を零した。


「ふぅ、そんじゃあまぁ俺は外にある露天風呂に入ったら寝るとすっかな。お前達は明日の事について話し合いをするんだろ?」


「うん。でも、本当に良いの?明日は私達と一緒じゃなくて。」


「あぁ、流石に女の子ばっかの所に1人で紛れ込むのは精神的に持たないんでな。」


 滞在最後となる明日は親父さんとルーシーさんは夫婦水入らずで観光、そして後に残された俺達は一緒に街を見て回らないかって話になったんだが……流石にこの街を異性に囲われて回るのは色々とキツイもんがありますわなぁ……


「はっはっは、普段からそんな生活を送っておる癖におかしな奴じゃのう。」


「……それとコレとはまた別問題なんだよ。とにかく、俺の事は構わないで良いぞ。明日も俺が起きて来なかったら先に出掛けてて良いからな。」


「ふん、アンタに言われなくてもそうするつもりよ。それと安心しなさいね。明日、アンタがこの街にあるいかがわしい店に行ったって誰も気にしないから。」


「……えっ?」


「ちょっ!ユキ!?お前、いきなり何を言い出してんだ!?」


「あら、違ったの?ごめんなさい、勘違いしてたわ。」


「こ、この……!」


「……九条さん、どういう事だい?」


「いや、どういう事も何も無いっての!つーか、いかがわしい店って何なんだよ!?この街にそんな所があんのか?!」


「えぇ、大通りを外れて少し奥に行った所に何軒かあるわよ。可愛い女の子と一緒にお風呂に入れるお店がねぇ。アンタが1人で行動するって言ったから、そういう所に遊びに行くのかと思ってたんだけど違ったのかしら?」


「ち、違うに決まってんだろうがこのアホ!俺はただ純粋に異性だらけの空間に耐えられる気がしなかっただけで……ほら見ろ!お前のせいで、皆の視線がメチャクチャ冷たくなってるじゃねぇか!」


「……まぁ、別に良いですけどね。おじさんも男の人なんですし。」


「あぁ……私達の事は気にせず遊んで来ると良いよ……ね?」


「……ジーナにも教えとく。」


「だ、だから誤解だって!お願いだから俺の話を聞いてくれぇ!」


 その後、何とか変態のレッテルが貼られる事を防いだ俺はユキに恨み言を伝えると体を引きずる様にしてその場を後にするのだった……それと、念の為その店の場所もコッソリ教えて貰った……あくまでも念の為になっ!!

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