第637話
我が家を訪れたユキに脅迫……ではなくて頼み事をされた次の日、加工屋であったやり取りを思い出した俺は1人でシーナと親父さんに会いに来ていた。
「……そんな訳で、またしばらくの間トリアルを離れる事になりました。」
「なるほど、九条さんもお忙しい方ですね。」
「えぇ、非常に不本意なんですけど……まぁ、だからって事でもないんだが……もし良かったら、ノルウィンドで素材を集めてこようか?」
「……むぅ……」
「おいシーナ、九条さんがわざわざご厚意で来てくれたってのに何で膨れてやがる。お前、嬉しくねぇのか?」
「嬉しいよ!嬉しいに決まってるんだけどさぁ……良いなぁ~温泉~……」
会計台に両腕を乗せながらそんな事を呟いたシーナを見ていた親父さんは、盛大にため息を零しながら額を押さえて首を横に振り始めた。
「はぁ……シーナ、まさかとは思うが九条さん達を羨ましがってそんな態度を取ってやがんのか?だとしたら失礼にも程があるぞ。」
「ぶぅー!そんな事を言っても羨ましいものは羨ましいんだもんっ!お父さんだって温泉に入ってのびりしたいって思うよね?!」
「だから仕事場でお父さんは止めろって言ってるだろうが!それに俺達には加工屋の仕事があるから遠出をしてる時間はねぇんだよ!」
「そんな事は無いもん!今ウチにされてる仕事だってそこまで多くないし、そもそも時間って言うのは無いからって諦める物じゃなくて作る物だよ!」
「やかましい!確かに忙しくなるのはもうしばらく先の話だろうが、だからって店を空けられねぇって言ってんだバカタレ!」
「ちょ、2人共!喧嘩はその辺で!ね?まだお店も営業中ですし!」
おいおいおい勘弁してくれよ……俺の余計なお節介のせいで親子仲が悪くなったら後悔してもしきれなくなっちまうじゃねぇか……!
「おーっほっほっほ!皆様、何やら騒がしいですがどうなさったんですか!」
「げっ……この声はまさか……!」
扉の開く音と同時に聞こえてきた高笑いに嫌な予感がしながらも振り返って背後に視線を向けてみると、そこには両手を腰に当てて仁王立ちをしているお嬢様が……!
「お久しぶりですわね九条様、お元気そうで何よりですわ!」
「リ、リリアさん……!」
昨日の今日で絶対に会いたくなかった人物を目の当たりにしたせいで反射的に顔を引きつらせていると、親父さんが慌てている気配が伝わってきた。
「あぁっと、申し訳ありません!お見苦しい姿をお見せしてしまって……!」
「いえいえ、お気になさらないで下さいませ!お互いに遠慮せずに喧嘩が出来る程に仲がよろしいという事ですからね!」
「あ、あはは……そう言って頂けると助かります。ほら、お前もシャキッとしろ。」
「……は~い。」
とりあえずといった感じで背筋を伸ばしたシーナを横目に見ながら改めて真正面に立ってるリリアさんと向かい合った俺は、例のアレがバレてしまったのではないかと不安に思いながら自分の首筋をゆっくり撫でていった。
「え~っと……それでリリアさん、今日はどうしてここに?もしかして仕事を?」
「いえ、此方へお邪魔させて頂いたのは九条様にお会いする為ですわ!」
「へっ!?……へぇ~……それは……またどうして?」
「ユキ様が皆様にノルウィンドまでの同行をお願いしたと聞きましたので、その件につきまして色々とお伝えしたい事があったのです!」
「お、お伝えいしたい事?」
「はい。今回の一件、私達の方で旅行の手配をさせて頂きたいと思っております!」
「……えっ?!いや、急にそう言われても……つーか、何でまた?」
「そんなの決まっているではありませんか!ユキ様は私達の家族も同然、それならば今回の旅行を最大限に楽しんで貰いたいと思うのは当然ではありませんか!それに、ロイド様も同行されるとあっては全力を尽くすなと言うのは無理な話ですわ!」
「な、なるほど……」
リリアさんの言葉に思わず納得してしまっていると、彼女がどういう訳かこっちにスタスタと歩み寄って来た?って……ま、まさか!?
「九条様、少々よろしいでしょうか?」
「は、はい!何でしょうか!」
「親方様とシーナ様が言い争っていたお話の内容を教えて頂けませんか?」
「あ、あぁ!えっと……実はシーナが自分のノルウィンドに行きたいって……それで親父さんが仕事があるから店を空けられないって感じ……だな。」
「なるほど、そういう事でしたか。親方様、お仕事はどのぐらいの量が?」
「そ、そうですねぇ……数日掛ければ終わるぐらいの量ですが……それが何か?」
「……分かりました!親方様、シーナ様、もしよろしければお2人もノルウィンドに旅行をしてみませんか?」
「……はい?」
「え、え、えっ!?待って待って、良いのリリアちゃん!」
「えぇ、いかがですか?」
「も、勿論良いに決まってるよ!ね、お父さん!」
「あぁいや、そんないきなりご迷惑をお掛けする訳には……!」
「おーっほっほっほ!お気になさらないで下さいませ!こちらのお店にはロイド様がお世話になっているのですよね?それならばお礼をしない訳には参りませんわ!」
「そ、そう言って頂けるのは有難いですが……やはり……」
「お父さん!断るなんて勿体ないよ!折角のご厚意だよ?ここは甘えておこうよっ!それにお母さんだってたまには旅行に連れて行ってあげないと……でしょ!」
「うぐっ……!た、確かにアイツには苦労を掛けっぱなしだが……でもだからって、いきなり旅行っつってもなぁ……」
「かしこまりましたわ!親方様、ジーナ様、そして奥方の3名ですわね!それでは、私は失礼させて頂きますわ!皆様、楽しみにしていてくださいませ!」
「あっ、ちょっとまっ!……い、行っちまった……」
「えへへ~!お父さん、こうなったら爆速でお仕事を片付けないとだね!」
「……九条さん、俺は一体どうしたら……?」
「あー……とりあえず、頑張って下さい……」
嵐の様にやって来たリリアさんに放浪された親父さんが困惑顔を浮かべている中、どうする事も出来ない俺は同情する様に視線を逸らすしかなかった……
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