第542話

「なるほど、つまり2人もルゥナさんの為に買い物に出てた訳か。」


「はい、ただ残念な事にコレと言った物が見つからなくて……」


「お酒を嗜まない僕達では何が効くのかよく分かりませんでした。」


「まぁ、そりゃそうだろうな。」


 大通りにある店を散策している途中にエルアとイリスにバッタリ出くわした俺は、ルゥナさんと花火を見た公園のベンチに2人を座らせて何をしていたのか聞いていたんだが……考えてる事が同じなら最初から一緒に行動してりゃあ良かったぜ。


「九条さんもルゥナ先生の為に二日酔いに効く物を買いにここまで来たんですよね?何か良さそうな物は見つかりましたか?」


「いや、俺はついさっき来た所だからそこまで探せてなくてなぁ……つっても、俺も二日酔いにそこまで悩まされた事が無いからどうしたもんかって感じなんだが……」


「おっ、そこに居るのはもしかして昨日の兄ちゃんじゃねぇか!?」


「ん?……げっ、アンタは昨日の……!」


「……昨日?」


「九条さん、お知り合いですか?」


「し、知り合いって訳では……ないとも言い切れないと言うか……」


 エルアとイリスが小首を傾げている気配を感じながら声がした方に振り向くと……そこには斡旋所の居酒屋で一戦交えたガタイの良いおっさんがニッコリ微笑みながら手を振りながらこっちに近づいて来ている姿があった!?


「おいおい、もしかして忘れちまったのか?昨日、あんなに熱い拳を叩きつけ合った仲だって言うのによ!」


「……拳を?」


「……叩きつけ合った?」


「ちょっ、2人して敵意を剥き出しにするのはやめい!その話はもう終わってるから気にするんじゃない!そ、それよりも……アンタ、こんな所で何をしてんだ?まさかとは思うが、昨日の仕返しに来たとかじゃ……」


「がっはっは!そんなバカな真似をするはずがないだろ?まぁ、アンタに用事が無いって訳でもないんだがな!」


「よ、用事?」


「おう!……昨日は酒に酔ってたとは言えアンタの連れに変な風に絡んで悪かった!すまん!この通りだ!」


「あっ、いや!ちょっと待ってくれ!頭を上げてくれって!そういう事ならこっちも酔った勢いでアンタに色々しちまったし……そもそも喧嘩する流れを作ったのは俺の連れだったからな……だからここは、お互い様って事で手を打たないか?」


「おっ、そう言ってくれんのか!ありがとうな!」


「……イリス、どうやら悪い人ではなさそうだね。」


「はい……九条さんに傷を負わせた責任は非常に重たいですが……」


「コラそこ、黒いオーラを出して威嚇するんじゃない。」


 一瞬だけイリスの方へ視線を向けた後に改めて正面に視線を向けると、おっさんが豪快な笑みを浮かべながら俺の顔をジッと見つめてきた。


「そういや兄ちゃん、今日はあの嬢ちゃんと一緒じゃあ無いんだな。もしかして浮気でもしてんのか?もしそうなら色んな意味で感心しないぞ?」


「そんなんじゃねぇっての……実は昨日一緒にいた女性は王立学園の先生でな。この2人はあの人の生徒なんだよ。」


「ほう、あの嬢ちゃんは先生さんだったのか!それじゃあその先生さんは何処に?」


「あの人は二日酔いでぶっ倒れている最中だよ。だから俺達で何か効きそうな物でもって思ってここまで来たんだが……って、そういうアンタはどうしてここに?俺達とここで会ったのは偶然なんだろ?」


「あぁ、実はこっちも二日酔いでぶっ倒れちまってる仲間の為に動いてたんだが……よしっ、それならさっき馴染みの店で買ってきたこの薬をやるよ。」


「うおっとと!?………良いのか?」


「おう、昨日の詫びだ!受け取ってくれ!」


「……分かった、有難く受け取らせて貰うよ。」


 おっさんの腰にぶら下がっていたポーチから取り出された白くて小さい紙袋を投げ渡された俺は、ソレを手にしながら軽く頭を下げた。


「がっはっは!それじゃあ俺は改めてその薬を買ってこないといけないからそろそろ失礼させてもらうぜ……っと、そう言えば自己紹介がまだだったな!」


「あっ、そういやそうだったな……昨日は喧嘩が終わったらすぐに斡旋所を後にしたから互いの名前を知らないんだっけか。」


「……九条さん、お酒の席とは言えそういうのは流石にどうかと思いますよ……」


「うふふ、僕はそんな野性的な九条さんも魅力的だと思いますけどね。」


「……ぼ、僕だって野性的な部分を全て否定してる訳じゃないよ。けれど、やっぱり酔った勢いで知らない人と喧嘩するのはどうかと」


「あの、お願いだからそういう話をここでするのはやめてくれませんかね……!?」


「がっはっは!モテモテで羨ましい奴だぜ!よしっ、それじゃあまずは俺からだな!俺の名前は『ダールトン・ランディ』!鉄壁の盾つうギルドのリーダをしてる!」


「えっ、鉄壁の盾!?それにダールトン・ランディって……」


「ん?もしかして俺の事を知ってんのか?」


「は、はい……あっ、僕の名前はエルア・ディムルドと言います。貴方の名前は僕の父さんであるニック・ディムルドから聞いた事がありまして……」


「あぁ!貴族やお偉いさんの護衛を引き受けたりしている商会の厳つい代表さんか!へぇ、アンタはもしてかして嬢ちゃんはあの人の娘さんなのか?」


「えぇ、そうです。」


「なるほどなるほど、それなら俺やギルドの名前を知っていても不思議じゃねぇな!アンタの親父さんとは何度も仕事した仲だからな!っと、お喋りはこれぐらいにしておかねぇとキリがねぇな。それじゃあアンタの名前を聞かせてくれるか?」


「あ、あぁ……俺の名前は九条透だ。ナインティアってギルドのリーダーをしているんだが……エルア、もしかして鉄壁の盾ってかなり凄いギルドなのか?」


「えぇ、国王からも信頼されている名のあるギルドの1つですね……父さんも仕事の時に何度かお世話になった事があるとか……」


「がっはっは!世話になってんのはこっちも同じだが……それにしてナインティアのリーダーさんかぁ……うんうん、そういう事ならあんだけ強いのも納得だ!」


「うふふ……?もしかして九条さんの事をご存じなんですか。」


「おうよ!最低ランクだが闘技場の王者で在り続けた奴を初参戦ながらぶっ倒して、そのままパッと姿を消しちまったっつう人だろ?噂を聞いた時は本当かどうか怪しく思ったりもしたが……どうやら話は本当だったみたいだな。」


「あ、あははは……そう言われると反応に困るんですけど……」


「まぁ、そうだろうな。闘技場で勝ち上がったっつうのに王者にもならず消えたのは目立つのがそこまで好きじゃねぇんだろ?安心しな。アンタの事は誰にも話したりはしねぇからよ。」


「そ、そうしてくれると助かります……」


「がっはっは!そんなにかしこまらなくても良いっての!しかしそうか……アンタの実力を買ってウチのギルドに引き入れたかったんだが、諦めるしかなさそうだな!」


「いてっ、いててて!ダ、ダールトンさん力が強いですって!」


「おいおい、昨日あんだけ殴り合ったんだぜ!さん付けも敬語もいらねぇよ!っと、本当にそろそろ行かねぇとマズいな……そんじゃあ今度こそ失礼させてもらうぜっ!九条のあんちゃん、今度は素面の時に一戦交えような!」


「いや、そんな時こそ勘弁して欲しいんだが……まぁ、お仲間によろしくな。」


「おう!そっちこそあの嬢ちゃんによろしくな!それと代わりに謝っといてくれ!」


 それだけ言うとダールトンは俺達に背を向けて大通りの方に歩き去って行った……そんな彼の姿が見えなくなるまで見送った後、俺は受け取った紙袋を改めて手にしてエルアとイリスと視線を交わした。


「俺はこの薬を届ける為に別荘に戻るが……2人はこれからどうするんだ?」


「僕達も九条さんにご一緒します。」


「うふふ、その後は僕達と買い物に行きましょう。」


「……はいはい、分かりましたよ。」


 小さくため息を零してイリスの提案を受け入れた俺は、昼時にはまだ早いが2人と別荘に向かって歩き始めるのだった。

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