第504話

「えぇ~!九条さんってばまた旅行に出かけるの!?もしかしてトリアルから居なくなろうとか考えてるんじゃないでしょうね!」


「いやいや!自分の家があるのに他の街に行くつもりはないっての!ただ、さっきも言ったけど話の流れで仕方なくだな……」


「うぅ~……良いなぁ~!この時期のクアウォートなんて最高じゃん!青い海……綺麗な砂浜……そして珍しい素材が採れるモンスター!はぁ……私も仕事が無ければ九条さん達と一緒に行くのにぃ!」


 屋敷から戻って来たその日の午後、トリアルを離れる事を報告する為に訪れていた加工屋で俺はぷんすか怒ってるジーナにメチャクチャ絡まれていた……


「最後にモンスターが出て来る辺りがどうにも共感しにくいんだが……まぁ、確かにこんだけ暑い日が続いていると俺達の事を羨ましく感じるもんか。」


「そうだよ!それに最近はお客さんの数もめっきり減っちゃってさぁ……とにかく!仕事に対するやる気が出てこないっていたっ!もう!いきなり殴らないでよ親方!」


「お前がやかましいのが悪いんだろうが!店内に九条さんしか居ないからって大声でわめいてんじゃねぇよ!もしお客さんが来たら驚いちまうじゃねぇか!」


「ふーんだ!そもそも、ここしばらくはお客さんなんて1人も来てないじゃんか!」


「だからって好き放題して良い理由にはならねぇよ!……すみませんねぇ九条さん。どうにもお見苦しい所を……」


「いやいや、俺からしたら何時ものやり取りって感じなんで気にしないで下さい……でも、本当なんですか?お客さんが来てないってのは。」


「え、えぇ……お恥ずかしい話ですが、ここ最近で訪れてくれたのは九条さんだけって状態ですね……まぁ、だからって仕事が無くなった訳でも無くて武器とか防具に関する手入れとかは依頼されていますね。ただそれも……」


「あっと言う間に終わっちゃったんだよねぇ……腕が良いってのも悩み所だよ。」


「なるほど……そういう事なら店をお休みにしたら良いんじゃないのか?」


「うんうん、やっぱり九条さんもそう思うよね!だってお客さんが来ないんだもん!わざわざ店を開けている意味なんてほとんど無いよね!ねっ!」


「バカタレ!確かに今は暇かもしれねぇが、だからって店を閉めちまったらいざって時に困るお客さんが出て来るだろうが。それに時間があるっていうんなら裏に行って鍛冶職人の腕でも磨いてきたらどうなんだ?」


「うぅ……それも大事だってのは分かってるんだけどさぁ!私だって年頃の乙女なんだから思いっきり海とかで遊んだりしたいのっ!それに綺麗なアクセサリーとかを付けてお買い物とかしたいしぃ……やっぱり九条さんはズルい!!」


「えぇ!?」


「あぁもう……デケェ声を出して九条さんに絡んでるんじゃねぇよ!」


「むぅ!だってだって!……羨ましいんだもん……私は仕事場で汗を流してるのに、九条さん達は海とかお祭りとかで夏を楽しんでるって感じがしてさ……」


「……すみません、どうやら俺の話が原因でジーナが暴走してるみたいですね。」


「いや、九条さんが謝られる事じゃありませんよ。」


 うーん……店の中はある程度は涼しいけど、やっぱり夏の暑さってのは何時もより人をイライラさせて思考能力を鈍くさせちまうのかねぇ……


「はぁ~……この夏も九条さんが持ってきてくれるモンスターの素材だけを楽しみにして乗り越えるしかないのかぁ……」


「……俺がモンスターを狩って来る事は決定事項なんだな……」


「そりゃそうだよ。だって海で楽しい思いをしてくるんでしょ!それだったら寂しい思いをしている私の為に頑張ってくれても良いんじゃないかなぁ~……チラッ?」


「はいはい、分かったらそんな目で俺を見るんじゃないよ……モンスターの素材も集めてくるし、ちゃんと土産物も買って来てやるからさ。」


「……うん、分かった。九条さんがそう言ってくれるなら私も頑張る!親父もそれで良いよね?………親父?あっ、親方?どうかしたの、何か考え事でもあった?」


 すぐ横に立っていた親方が腕を組みながら思案顔でアゴを触っている姿を目撃したジーナが小首を傾げながらそう尋ねると……


「……10日間だ。」


「えっ?何が?」


「……その程度だったら、お前が居なくても店を回せんだろう。」


「店を回せ……って、ちょ、ちょっと待ってよ親父!それってもしかして……!」


「あぁ……好きな事をしてこい。」


「…………や……や………やったああああああああああ!!!!」


「うおっ!?び、びっくりしぃっ?!」


「九条さん!親父が私に休みをくれるって!!だから良いでしょ!ねっ!ねっ!」


「い、良いでしょって……旅行に同行したいって事か?」


「うん!絶対に迷惑は掛けないから!お願いしますっ!」


「あっ、いや、急に言われてもだな……」


 俺の両手を握り締めて狂喜乱舞していたジーナはパッと俺から離れると腰を直角に曲げて頭を下げてきた訳なんだが……これは、どうしたもんか……


「九条さん、俺からもお願いさせて下さい。1人で行動させると何をしでかすか……他の皆さんにはご迷惑をお掛けしない様に言って聞かせますので……どうか……」


「お、親方!そんな風に頭を下げてくれなくても良いですから!……分かりました。トリアルに皆が来たらジーナの事を聞いてみます。まぁ、恐らくは大丈夫だと言ってくれると思いますよ。」


「本当!?私、期待しちゃうからね!」


「はいはい……ただそうなると……またエリオさんとカレンさんの所に行った方が良いかなぁ……」


「あぁ、そう言えば寝泊まりするのはお2人の別荘でしたね。」


「なるほど!そういう事なら私もついて行くよ!親父!切れ味が抜群の調理器具を急いで用意するよ!」


「いや、調理器具よりも他の物が良いんじゃねぇのか?あっちは貴族様だ。そういう物に関しては困ってねぇだろ。」


「あっ、それもそうか……それじゃあ九条さん、何を持って行けば良いかな!」


「それは……いきなり聞かれもなぁ……とりあえず、報告は明日辺りに……」


「何を言ってるのさ九条さん!こう言うのは何事も早い方が良いんだって!ほらほらさっさと行くよ!親父、それじゃあ店はよろしくねぇ!」


「お、おい!手を引っ張んなって!す、すみません!それでは!」


「あいよ、行ってらっしゃい。」


 苦笑いを浮かべてる親方に見送られて店から引っ張り出された俺は、ついさっき出て来た屋敷にジーナと再び戻って行くと笑顔で出迎えてくれたエリオさんとカレンさんに事の顛末を語る事になるのだった。

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