第477話

「それじゃあルゥナさん、試合開始の合図をお願いしても良いですか?」


「えっ?いや、でも……」


「オイ、ちょっと待てよ。まさかこのオレと素手でやり合うつもりか?」


「あぁ、俺は紳士だから女の子相手に武器を向けるとか出来ないんだよ。」


「んだとっ!?テメェ、オレの事を舐めてんのか……?」


「いやいや、そんな滅相も無い。それよりもほら、さっさと始めたいんだろ?」


「……上等だよ、絶対に後悔させてやるから覚悟しやがれ!」


(うわぁ、凄い怒ってますよ。ご主人様、あんなに挑発しちゃって大丈夫ですか?)


(だ、だだ、大丈夫に決まってんだろぉ!?お、俺なら出来る……任せとけぇい!)


(いや、声がひっくり返っちゃってますけど!?)


 ナックルダスター……通称、メリケンサックを装備したヤン子に思いっきり殺意をぶつけられながら睨みつけられた俺は、今すぐにでも逃げ出したい気持ちをどうにか抑え込んで身構えるのだった!そして……!


「そ、それでは……試合、始め!」


「オラァ!!」


「うおおおっ!?」


 戸惑っているのが丸わかりのルゥナさんが合図を出したその瞬間、ヤン子が一瞬で間合いを詰めて来て素早いフックを連続して仕掛けて来やがった!


 そこで俺はこの場を何とか収める為に考えた作戦その1、必死になって攻撃を避け続けるという事を実行する事にしたって……マジでシャレにならないぐらい怖ぇ!!


「オラオラオラ!逃げてばっかりいるんじゃねぇよ!さっさと反撃して来いッ!」


「うっ!ぐうっ……!」


 あぁもう!さっきの試合を見てたから分かってたけど、やっぱりコイツの攻撃速度ヤバすぎんだろ!?一瞬でも気を抜いたら確実にぶん殴られて終わっちまうぞ!


 そんな事を考えながらヤン子の右手から繰り出されてきた拳を弾いて更に後方へと下がろうとしたその時、すぐ真後ろからバキバキバキと変な音が聞こえたと思ったら俺は背中を何かに打ち付けて足を止めてしまっていた!?


「ハアッ!!」


「ぐぬぅっ!!」


 真正面から俺の顔面を捕らえようとしてきた拳をしゃがんで何とか避ける事に成功した次の瞬間、反射的に右腕を顔面の横に持ってきた俺はその直後にヤン子によって思いっきり蹴り飛ばされてしまっていた。


 突然の事に焦りながら何とか左手で地面をついて側転する形で体勢を整えた俺は、ゆっくり立ち上がると蹴られた腕を何度もさすりまくるのだった……!


「……チッ、まさかアレをかわされるなんてな。」


「は、はっはっは!あの程度の攻撃余裕……って、いやそれよりも地面!そんな風にぶっ壊しちまってどうすんだよ!?」


「アッ?もしかして知らねぇのか?この会場はどんだけ派手にぶっ壊そうと、勝手に修復される機能があるんだよ。」


「えぇ!?そ、そうなんですか……?」


「ほっほっほ、生徒達が遠慮なく戦える様に最新鋭の設備をご用意致しました。」


「な、なるほど……」


「そういう訳だ。オラ、さっさと続きを始めんぞ。まぁ、逃げてばっかのアンタじゃオレに勝つ事なんて不可能だろうけどなっ!」


「……っ!」


「なっ!?」


 ニヤリと笑ったヤン子が俺を殴り飛ばす為に愚直に突っ込んで来た姿を視界の先に捉えた俺は、ガッと身を屈めて顔面に向かって繰り出された右腕を両手で捕まえると背負い投げの形を真似して勢いそのままにヤン子を空中へと投げ飛ばした!


 そしてまさかの事態に驚きの表情を浮かべているヤン子に左手を向けた俺は、目の前に魔方陣を展開してそこから圧縮した空気の塊を1つだけ射出した。


 空中で身動きの取れないヤン子はガードの姿勢を取りはしたが避ける事も出来ず、真正面から空気の塊を食らって壁の方に吹き飛ばされて行った。


 だがまぁ何と言うか、この世界で俺に突っかかって来る若い奴は身体能力がマジで化け物クラスだったみたいでヤン子は壁にぶつかる事なく両足で着地をする様な形を取りやがった。


「ウオオオラァッ!!!」


 これまた女の子らしくない雄叫びを上げながらこっちを睨みつけてきたヤン子は、壁を思いっきり蹴り飛ばして地面で突っ立っていた俺に右の拳を振り上げながら凄い勢いで突っ込んで来やがった。


 その動きを見て大きく後ろに下がって行った直後、地面が揺れる程の衝撃が室内を襲い掛かったかと思ったらヤン子が殺意の満ちた瞳で俺を睨みつけながら即座に次の攻撃を仕掛けて来た。


 そして俺も同じ様に、今度は逃げる事無くヤン子の方へ一歩踏み出して行くと襲い掛かってきた拳をすれ違う様に受け流して腕を捕まえると怪我をしない様に気を付けながら捻り上げて背後へと回り込んでいった。そしてその直後……


「そ、そこまでです!5分が経過しましたので、これで試合終了となります!」


「……っ!」


 ルゥナさんの声が聞こえてきた瞬間に掴んでいた腕をパッと離して後ろに下がるとヤン子が物凄い形相で俺を睨みつけて来て……そのまま何も言う事も無く訓練所から足早に立ち去ってしまった……そして後に残された訓練所の中では……


「「「「「う、うおおおおおおおおお!!!!!」」」」」


(ふふっ、凄い歓声だね九条さん。)


(……羨ましい。)


(あっ、お2人も訓練所にいらしてたんですか!)


(うん、エルアやイリスと一緒にバッチリ見ていたよ。お疲れ様、九条さん。)


(えへへ、良かったですねご主人様!それに作戦通り相手を傷付ける事も無く試合を終わらせる事も出来ましたし、本当にお疲れ様でした!)


「……はぁ……マジでもう勘弁してくれ………」


 両膝から崩れ落ちてガックシと地面に両手をついた俺は……体中に張り詰めていた緊張を吐き出すかのように思いっきりため息を零すのだった……

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