第258話

 早朝からエリオさんの厚意で出してもらった馬車に乗って別荘を出発した俺達は、更衣所の前で降ろしてもらうと海岸に降りる為の階段近くで待っていたリリアさんとライルさん、そしてアリシアさんとシアンの方に歩いて行き軽く挨拶を交わした。


「……それにしても九条さん、イベントに当選なさるなんて本当に凄いですわね!」


「あはは……俺としては別に凄いと思えないのが辛い所なんだけど……それよりも、リリアさんとライルさんは本当に一緒に来てもらって大丈夫なのか?急に誘ったから迷惑だったんじゃないか?」


「いえ、その様な心配は無用ですわ九条様!ロイド様と共に神様という巨大な困難に立ち向かえる機会、これを逃すだなんてありえませんもの!おーっほっほっほ!」


「そ、そうです!迷惑だなんてとんでもないです!ロイドさんのお役に立てますし、それに当選する事が難しいと言われているダンジョンに行けるんですから!」


「ふふっ、リリアとライルには期待しているよ。一緒に頑張ろうね。」


「か、かしこまりました!」


「が、頑張ります!」


「……どうやら、彼女達の心配をするだけ無駄だった様ですね。」


「……そうだな。」


 朝っぱらからロイドファン達の熱意を間近で見せられた俺とアリシアさんは、肩を落としながらため息を零すのだった。


 当選を報告してダンジョンに入る為の手続きをしていたその時、同行者を5人まで連れて行けると聞いたから戦力として期待が出来るリリアさんとライルさんを誘ってみたんだが……喜んでくれていたみたいでなによりだな。


「……あの、九条さん……ちょっとよろしいですか?」


「ん、どうかしたのかシアン。」


「えっと……マホちゃんが居ないみたいなんですけど、どうかしたんですか?」


「あぁ……マホかぁ………」


「私達と一緒にお見送りするかと思ってたんですけど……来ていませんよね?」


「それは……だな………」


 小首を傾げながらマホの所在を聞いてきたシアンから目を反らした俺は、チラッと腰にぶら下げたポーチに視線を送った。


(マホ、どう言い訳すれば良いと思う?)


(うーん……シアンちゃんの事ですから、体調不良って言っちゃうとお見舞いに来てしまう可能性がありますよね……まぁ、適当に誤魔化しておいて下さい!)


(ちょ、こっちに丸投げかよ?!)


「えっと……」


「あ、あぁマホだよな!その、だな……‥あっ、アイツ一緒にダンジョンに行けないからってふて寝してるんだよ!」


「ふ、ふて寝……ですか?」


(はあっ!?何ですかそれ!それじゃあ私が小さい子供みたいじゃないですか!)


(やかましい!俺に任せると決めたんならゴチャゴチャ言うんじゃない!)


「そうなんだよ!マホにも困ったもんだよな!一緒にここまで来てくれって言ってるのに嫌だって言うだけでさ!あっはっは!まだまだ子供だよな!」


「そう……なんですか……ね?」


(もう!シアンちゃんが戸惑ってるじゃないですか!っていうか、私のお姉さん的なイメージを壊さないで下さいよ!)


(お姉さんだぁ?!そんならまともな言い訳の1つでも考えたらどうなんだい!)


(きぃー!ご主人様、後で覚えといて下さいよ!)


(あぁ上等だよ!神様を相手にしようって俺に挑む度胸があるならかかって来い!)


(……九条さん、マホ。こっちで喧嘩しないでくれると助かるんだけどね。)


(声が響いてうるさい。)


 リリアさんとライルさんと話しながら横目で見てきたロイドと、すぐ隣でジトッとした視線を送られた俺は……!


「お、おほん!それじゃあそろそろ、集合場所である海の家の前に行くとするか!」


(逃げたね。)


(逃げましたね。)


「逃げた。」


 頭の中と現実の両方からの声を聞きながら先頭切って砂浜に降り立った俺は、海の家の前で待っている斡旋所の制服を着たお兄さんの方に皆と向かって行った。


「おはようございます。貴方がイベントに当選した九条透様ですか?」


「はい、そうです。」


「かしこまりました。それでは当選番号と抽選カードに表示された番号を確認しますのでご提示をお願い出来ますか。」


「分かりました。」


 言われた通りにポーチの中から抽選カードを取り出してお兄さんに手渡すと、彼は上着のポケットから一枚の紙を取り出してそれとカードを見比べ始めた。


「……はい、確認が終了致しました。九条様、当選したカードはこちらで破棄しますのでお預かりしても大丈夫でしょうか。」


「えぇ、問題ありません。」


「ありがとうございます。それでは次に九条様に同行なさる方々のご確認を致しますので、名前を呼ばれた方は冒険者カードを私に見せて頂けますでしょうか。」


 ……それからしばらくして同行者の確認も終わった直後、お兄さんが海の家の中に入って行ったと思ったら見覚えのある箱を複数抱えた職員の方がやって来た。


「それでは皆さん、これより水神龍の宮殿に行く為に必要となるシュダールの」


「申し訳ありませんが、そちらの使い方は知っていますので説明は結構ですわ。」


「え………あっ、もしかして貴女は?!」


「ご存じなのでしたら話は早いですわね。こちらの方達は数日前にシュダールの使い方を完璧に覚えましたので、次の説明をお願い致しますわ。」


「は、はい!分かりました!」


 おぉ、やっぱアリシアさんの顔も斡旋所の職員に知られてるんだな……まぁ、共同開発した店の娘さんならそういうもんなのかねぇ。


「それでは皆さんに箱をお渡し致しますので、その中に入っている2つのアイテムを手に取ってみて下さい。」


「……2つのアイテム?」


 1つはシュダールだとして……それとは別に何かが入ってるって事だよな?でも、そんなアイテムがあるなんてこの間は聞いた事が無いから……もしかして、斡旋所が独自に開発した新商品って事なのか?


 お兄さんの言葉を聞いて首を傾げていると職員の方から箱を手渡されたので、俺はそれを地面に置くと蓋を開いて中身を確認してみた。


「やっぱシュダールと………なんだ、コレ?」


「ふむ、シュノーケルに似ているが口元の部分にあるのは……魔石かい?」


「はい、その通りです。そちらはエアールと言いまして、水中でも息が出来る様にと斡旋所が開発したアイテムになります。」


「あら、水中でも呼吸が出来るだなんてそんな事が本当に可能なのですか?」


「はい。魔石の部分を口に入れて魔力を流すとそこから酸素が出てくるんです。」


 ……やった事は無いが、ダイビングとかで使ってるアレの酸素ボンベが無くなったバージョンって事で良いのか?だとしたらこの世界は随分と凄い物を作ってんだな。


「なるほど……連続でどれぐらい使えるんだい?」


「12時間となります。それを過ぎてしまうと魔石の力が無くなって酸素が止まってしましますので、充分にお気を付けください。」


「……かなり余裕があるとはいえ、そんな最悪の事態は絶対に避けたい所だな。」


「そ、そうですね……海底で息が出来なくなるなんて怖すぎですから……」


 ライルさんの不安がっている声を聞きながらエアールを見ていたその時、後ろから不意にやって来たソフィが俺の隣に立って静かに手を上げた。


「……魔石が壊れた場合も酸素は止まる?」


「え、えぇ……ひび割れ程度なら効果の問題は無いと思いますが、砕けたりなどした場合は酸素が止まってしまいますけれど……水神龍の宮殿にはモンスターが出現する心配はありませんから、そんな心配はせずとも大丈夫ですよ。」


「……そう。」


(どうやら帰りの事を考えると、魔石は絶対に壊さない様に気を付けないといけないみたいですね。)


(あぁ、神様に挑んだ結果が溺死とか笑い話にもならねぇからな……)


 苦笑いを浮かべながら最悪の結果を迎えない様に改めて意識を切り替えていると、お兄さんが周囲に居た職員の人達に目配せをする様子が見えた。


「それではこれより水神龍の宮殿に行く為に移動を始めますが……皆さん、装備している武器はびない様に手入れしてありますね?」


「あぁ、はい。ちゃんとやってあります。」


 斡旋所で貰った防錆のアイテムは昨夜の内に塗っておいたからな……レアな素材で造ったショートブレードだから流石に大丈夫だとは思うが、後悔しない為にも念には念を入れといたっての。


「かしこまりました。それでは水神龍の宮殿に行く皆さんはシュダールを履いた後、私に付いて来て下さい。他の方々は、申し訳ありませんがここまでとなります。」


 お兄さんの言葉に小さく頷いてからシュダールに履き替えていたその時、背後から2つの足音が聞こえてきて……


「おや、どうしたんだい2人共。そんな心配そうな表情を浮かべて。」


「そ、その………皆さん、本当に大丈夫ですよね?」


「……ご安心なさい。その様に心配せずとも、きちんと食事会までには戻ってきますわよ。」


「そ、そうではなくて!……ちゃんと、無事に帰ってきますわよね?」


「私……嫌ですよ……もし誰かが怪我なんてしたら………」


「ははっ、そんな不安に思わなくても………おい、どうして無言で俺を見つめてくるのか説明してもらいたいだが?」


「……九条さん、怪我をしたら絶対にダメ。」


「アリシアとシアン、彼女達を悲しませたらいけないよ。」


「あまり無茶をしない様にお願い致しますわね。」


「え、えっと……気を付けて下さい!」


「……何なの?どういう事なの?ちょっと失礼すぎじゃね?絶対に怪我とかしませんからお前達は自分の心配でもしたらどうなんですかねぇ?えっ?」


(……まぁ、こうなったのも自業自得としか言いようがありませんね。)


 ……不本意な目で見られながらシュダールを履いた俺達はアリシアさんとシアンに行ってくると告げると、職員のお兄さんの後に続いて立ち入り禁止になってた海岸の奥に向かって歩いて行くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る