第246話

「お姉様!お怪我はありませんか!?先ほどの方達に乱暴はされていませんか?!」


「え、えぇ……私は大丈夫だけれど……それよりもシアン、そちらの方達は………」


「あ、お久しぶりですアリシアさん!本当にご無事で何よりです!ほら、おじさん!何時までも寝転がってないでシッカリとご挨拶をして下さい!それと、その似合ってないサングラスも早く外して下さい!」


「に、似合ってないは余計だっての!ったく…………あーよっこいせっと。」


 全身に付いた砂を払い落としながら立ち上がった俺はため息交じりにサングラスを外すと、改めてアリシアさんと向かいあった。


「や、やはり貴方は………九条さん……だったんですね。」


「……どうも、ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです。」


「あ、いえ、そちらこそ……って、そう言えばお身体は大丈夫なんですか?!先ほど物凄い勢いで突き飛ばされていましたけれど!?」


「だ、大丈夫です!大丈夫ですのでもうちょい離れてくれませんかね?!」


 アリシアさんが不安そうにグッと近づいて来て至近距離から顔を見上げて来たので必死に上体を反らしていると、何処からともなくピピー!と笛の音が聞こえてきた。


 何事かと思って反射的に顔をパッとそっちの方に向けてみると、ライフセーバーの様な恰好をした日に焼けた若い男女がこっちに俺達の前に駆け寄って来た。


「申し訳ありませんが、このエリアの立ち入りは関係者以外は禁止となっています。ですので、すみやかに海の家まで戻って下さい。」


「す、すみませんでした!今すぐ移動しますね!っとその前に、焼きそばを預かっていてくれてありがとうな、シアン。」


「あ、いえ!それじゃあ……はい、どうぞ。」


「おう、ありがとうな。」


 シアンが抱えていた焼きそばを返して貰った俺は皆と一緒に海の家の前まで戻って行くと、ライフセーバーの方達から再度の注意を受けるのだった。


「皆さん、今後はお気を付けくださいね。」


「はい、本当に申し訳ありませんでした。」


「申し訳ございませんでした……以後、気を付けます。」


「はい、お分かり頂けて何よりです。それでは、私達はこれで失礼しますね。」


「旦那さん、はしゃぎ過ぎて奥さんにご迷惑を掛けないで下さいね。」


「あぁ、分かり………………え?」


「な、なあっ?!」


「うふふ、それでは失礼します。」


 とんでもない爆弾発言をして走り去っていったお姉さんの後姿を、唖然としながら見送っていると不意にわき腹がツンツンとつつかれて………


「ふふーん、だそうですよ?だ・ん・な・さ・ま…っていたっ!ちょっとおじさん!急に頭を叩かないで下さいよ!」


「お前がアホな事ばっかり言ってるからだろうが!あの、すみませんアリシアさん。変な勘違いをされてしまったみたいで……ご迷惑ですよね。」


「い、いえ!お気になさらずに結構ですわ!えぇ、別にご迷惑だなんて事は!えぇ、本当にそんな事はございませんわ!」


「そ、そうですか?なら、良いんですけど……」


 ふぅ、どうやら俺の印象もだいぶマシになったみたいだなぁ……初めて見かけた時なんか、メチャクチャボロカスに言われてたからな………うん、良かった良かった!


「むぅ………えいっ!」


「うおっ?!」


「え、え?!」


「あ、ちょっと!何をしてるんですかシアンさん!おじさんから離れて下さい!」


「嫌です!絶対に離れません!」


「こ、こらシアン!九条さんにご迷惑ですわ!」


「つーん!お姉様が奥様なら、私は九条さんの娘です!」


「な、何を言ってるんですか?!もう!もう!」


「あ、おいコラ!マホまで引っ付いて来るなって!いや、マジでお願いだから離れてくれませんかね!?」


 腹部と背中に何故か張り付いているマホとシアンと持っている焼きそばのせいで、身動きが取れず若干涙目になっていると……


「もう、貴方達いい加減になさい!九条さんが困っているでしょう!」


 腰に手を当てて前屈みになったアリシアさんが2人に向かって少しだけ強めに声を掛けると、渋々といった感じでマホとシアンは俺から離れて行った。


「ふぅ………ありがとう、アリシアさん。」


「い、いえ!困っている方を助けるのは当然の事ですので………それよりもシアン、九条さんに言うべき事があるでしょう。」


「………すみませんでした、九条さん。」


「あぁいや、別に謝られる事じゃ無いから気にしないで大丈夫だ………まぁ、マホは後で説教だけどな!」


「えぇ!?どうしてですか!」


「どうしてって決まってるだろうが!お前まで抱き着いて来たからだよ!」


「ぶぅ……少しだけ嬉しいとか思っていたくせに。」


「なっ、何をバカな事を?!そんな事を思う訳が無いだろうが!」


「本当ですか~?」


「あ、当たり前だろうが!ってか、何時までもこんな事をしている場合じゃないんだっての!ほら、かき氷が溶けだしてきてるじゃねぇか!」


「えっ?!あ、本当です!お、おじさん!魔法で冷やして応急処置を!」


「はいはい!よっと!」


 焼きそばを抱えながらマホが持つかき氷に向けた手の平の先に小さな魔方陣を出現させると、そこからミニ吹雪を発生させて応急処置を行った。


「……はい、もう大丈夫です!」


「そうか!じゃあえっと、アリシアさんにシアンさん。悪いんだけど俺達はこれで」


「あ、あの!少々お待ちになって頂いてもよろしいでしょうか!」


「お、おぉ?ど、どうしたんだ?」


「そ、そのですね……九条さんマホさんには……その……」


「……俺達には?」


 オロオロとした感じで俺とマホを交互に見ていたアリシアさんは、隣に立っていたシアンさんと目を合わせると急に意を決した感じの視線を向けてきた?


「ご一緒にクアウォートに来ていらっしゃる方が居るんでしょうか!?」


「うぇ?ま、まぁ居るけど……ってか、ロイドだけどな。」


「っ!?」


「そもそも俺達がここに来れたのも、ロイドのご家族がご厚意で誘ってくれたからであってだな………って、え?何で崩れ落ちたんだ?」


「そうですわよね………ご家族でお付き合いをなさる仲なんですものね……」


「いや、まぁそうだけど……あの、もしもーし?」


「……ここまで来ても、私の邪魔をしますのね……ロイドさん……!」


「お姉様!気をしっかりお持ちください!大丈夫です、まだ負けてはいません!」


「シ、シアン?」


「まだ家族間でのお付き合いがあるというだけ!それならば私達だって!」


「ハッ!そ、そうですわよね!それならば私達だって!」


「……なぁマホ、もう行って良いのかな?」


「……もう少しだけ待ちましょう。」


 どういう訳だが手と手を取り合っている姉妹を首を傾げながら眺めていると、急にアリシアさんが立ち上がって急接近してきた?!


「九条さん!お願いがありますわ!」


「な、何だ?!ってか、近い近い!」


「私達、ロイドさんに是非ともご挨拶をしたいのですが!」


「わ、分かった!案内するからっ!」


「さぁ、それでは向かいましょう!ロイドさんの元へ!」


「はぁ……はぁ……何がどうなってんだ?」


「恐らく……この暑さのせいで暴走状態になっているんじゃないですかね?」


「ライバルが身近に居るって知ってか?どんだけだ張り合ってんだよ……」


 ため息を零しながら行き先も知らずに歩いているアリシアさんと合流した俺達は、皆が待っている休憩場所まで後少しという所までやって来た………その時!目の前の砂浜がいきなり爆発して誰かが吹っ飛んで行った?!


「「あああああああぁぁぁぁぁぁ…………」」


「きゃあ!」


「な、何が起きたんですの?!」


「わ、分かんねぇよ!だけど今の爆発で人が……ってあいつ等………さっきの?」


「お、おじさん、おじさん!アレ、アレ!」


「え?どうかした……のか………」


 グイグイと腕を引っ張ってきたマホが指差す方向に目を向けてみると、殺気だった視線で海の方を睨みつける2人の美少女の姿が………


「身勝手にもロイド様の肌に触れるなど万死に値しますわ!海の底の底に沈んで頭を冷やしなさい!そして二度と浮き上がって来るんじゃありませんわよ!」


「ロイドさんの肌に気安く触るだなんて……許してはおけません。あの方達が浮かび上がって来たらすぐにあの一帯を凍らせて………ふふふっ………」


「こらこら2人共、やり過ぎは良くないよ。」


「………どうやら、あのバカ達は無謀にもロイドに詰め寄ったらしいな。」


「まぁ、それなら自業自得ですね。」


「……なるほど、ロイドさんだけではなくあの方達もご一緒だったんですね。」


「え、ええと………」


 ただ1人戸惑っているシアンを落ち着けようとしているアリシアさんを横目に見ながら海に向かって静かに合掌をした俺は、ため息を零しながらマホと一緒に皆の所に歩いて行った。


「おや、九条さんにマホじゃないか。」


「悪い、帰りが遅くなった。」


「すみませんでした!色々ありまして!」


「色々?………おや、そこに居るのはもしかして。」


「……ご無沙汰しておりますわ、ロイドさん。」


 俺達の背後からやって来たアリシアさんとシアンを見て一瞬だけ驚いた様な表情を浮かべたロイドは、すぐにいつもの様に微笑むと爽やかに挨拶を交わすのだった。

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