第183話

 翌朝、出発時間の少し前にトリアル行きの馬車が集まっている広場まで足を運んでいた俺は白んでいる空の下で様々な荷物を馬車に運び込んでいる作業員を眺めながらあくびを噛み殺していた。


「ふぁ~……やっぱ朝が早いのってのはしんどいなぁ……」


「もう、その気持ちは分かりますけどもう少しシャキッとして下さいよね。」


「そう言われてもなぁ……なぁ、ロイドとソフィはまだ戻ってこないのか?」


「うーん、多分そろそろだと思いますけど……あ、来ましたよ!」


 大通りの方を見ながら大きく手を振り始めたマホの視線の先に目を向けてみると、近くにある店に昼飯を買いに行ったロイドとソフィがそれぞれ1つずつ紙袋を持って俺達の方に歩いて来る姿が見えた。


「ただいま、遅れてしまってすまなかったね。それなりに混んでいて時間が掛かってしまったよ。お詫びと言っては何だけど眠気覚ましに暖かい飲み物を買ってきたよ。良かったらどうぞ。」


「あぁ、わざわざ悪いな。」


「えへへ、ありがとうございます!」


「いえいえ、どういたしまして。」


 ロイドから手渡されたホットティーが入っている紙コップに口を付けながら時間を潰していると、運搬作業をしていた従業員達が一斉に場所の方に移動を始めてそれと同時にハンドベルの音が広場中に鳴り響き出した。


「皆さん!そろそろ出発のお時間になりますのでご予約をしている方々はチケットとお荷物を持って馬車の方に移動をお願いします!」


「おっ、どうやら時間になったみたいだな。」


「うん、そうみたいだね、それじゃあ行くとしようか。」


「はい!……それにしても今朝は驚きましたよね。まさか帰りの馬車までおじさんと一緒にしてくれていただなんて!」


「私達が予約した馬車の代金もくれた。良い人。」


「本当に、セバス・チャンさんという方には頭が下がる思いだね。」


「全くだよ。もう2度と会う事は無いだろうが、機会があったらちゃんとお礼を伝えないとだな。」


「えぇ、そうですね!」


 満面の笑みを浮かべて頷いたマホをと顔を合わせた後に地面に置いたバッグを担ぎ直してセバスさんが手配してくれた馬車に向かって行くった俺は、御者の人に受付で渡された予約データの入ったチケットを手渡した。


「……はい、チケットを確認させて頂きました。それでは席についてしばらくお待ち下さい。」


 御者さんに軽く会釈をしてから馬車の後ろ側に回り込んで行った後、俺達は順番に荷台に乗り込んで行こうと思ったんだが……


「……ん?」


「おじさん?大通りの方をジッと見つめてどうかしたんですか?」


「あぁいや……悪い、ちょっとだけ待っててくれるか。。」


「え?あっ、ちょっとおじさん!?」


 呼び止めようとしてきたマホに背を向けて大通りの方に走って行った俺は、周囲を注意深く辺りを見渡してみた。


「んー……気のせい……だったのか?」


 こっちから一瞬だけだがおかしな気配……ってか視線を感じた気がするんだけど、まさか俺の事を見てた奴が居るなんて事がある訳ないし……やっぱり勘違いだったのかもしれないな。


「おじさーん!御者の人が出発するって言ってますから早く来て下さーい!」


「……分かった!すぐに戻る!」


 荷台からひょこっと顔を出して大声を出しているマホに返事をした俺は、大通りに背を向けると急ぎ足で馬車の方に戻って行った。


 その途中、今までの事があってもしかしたらレベルのとある予想が浮かび上がってきたんだが……いやいや、そんなはずはねぇって!だってあの悪霊が住み付いていた屋敷はミアが跡形もなくぶっ壊してくれたんだからな!うん!あ、あり得ないって!


「おじさん?何をぶつぶつ言ってるんですか?」


「へっ!?いや、別に何でもねぇよ!そうそう、なんでもねぇって!はははっ!」


「は、はぁ……変なおじさんですねぇ。」


「あ、あははは……」


「おや、どうしたんだい九条さん。何だか顔色が悪そうに見えるけど。」


「えっ!そうか?あっ!もしかしたら昨日はあんまり寝付けなかったらかそのせいで寝不足になちまったのかもしれないな!」


「寝不足?もしかして早くお家に帰りたくてウズウズしてとかですか?」


「お、おう!実はそうなんだよ!いやぁ、城での生活も悪くは無かったんだがやっぱ我が家が一番だからな!」


「なるほどね、だったら我が家に帰って来たって事をより実感してもらう為に数日は家事全般を九条さんにお願いしようかな。」


「あっ、それ良いですね!おじさんが居なかったせいで大変でしたし、それぐらいはしてもらわないと!」


「いやいや、それぐらいはって俺も色々と大変だったんですけど……」


「九条さん、晩御飯よろしく。」


「よ、よろしくって……あぁもう分かったよ!やれば良いんだろやれば!」


「はい!お願いしますね!」


 妙な気配を感じた事を素直に伝えていればこんな面倒事を押し付けられる結果にはなっていなかったかもしれないけど、それもまた俺にとっての日常って気がしなくもない事を実感しながら馬車に揺られてトリアルへ帰って行くのだった。

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