第168話

「それでは私は先に馬車の方に行っておりますので、九条殿はミアお嬢様がこちらにいらっしゃるのをお待ちして下さい。」


「はい、分かりました。」


 夕暮れに染まる校舎を背にしながら正門前でセバスさんと別れる事になった俺は、帰って行く生徒達の邪魔にならない様に端の方へ移動していった。


「……それにしても、今日は本当に何にも無い1日だったなぁ。」


 休憩時間を迎えるたびにちょっとした雑用なんかを押し付けられたりしたんだが、予想に反してそこまでの理不尽な目には合わなかった。


 まぁ、お姫様にも世間体みたいなもんがあるだろうから城の中でやってたみたいな感じの事はしなかったってだけの話かもしれないけど……とりあえず学園内では心を穏やかに過ごす事が出来そうなのは本当に良かったって感じだ。


「ふふっ、それでね……って、あっ!九条さんじゃないですか!おーい!」


「ん?」


 不意に名前を呼ばれて反射的に顔を上げてみると、視線の先に校舎から今出て来たばかりなのであろうオレットさんとエルアがこっちに近寄って来る姿が見えた。


「どうもこんにちはです九条さん!ここで何をしてるんですか?」


「あぁ、俺はお嬢様がお帰りになるのを待っている所だ。2人は今から帰るのか?」


「えぇ、部活帰りってやつです!」


「ふーん、部活か……」


 異世界の学園にも部活ってちゃんと存在してたのか……まぁ、帰宅部だった俺にはその単語になんの思い入れも無いから懐かしさも何も感じないんだけどさ……


「おや?もしかして私達がどんな部活に入っているのか興味津々がおありですか?」


「うおっ!?ちょ、近いっての……!」


 昔の記憶が少しだけ蘇ってきたせいで軽くテンションが下がっていると、初対面の相手に対する距離感がおかしいオレットさんがニヤニヤっと微笑みながらズズイッと身体を寄せて来た!?


「あぁもう……オレット、そうやって興奮したらすぐ人に急接近する癖は止めた方が良いって何度も言ってるだろ。ほら、早く九条さんから離れて。」


「おっとっと!あっはは~ごめんごめん!」


 軽い調子で謝りながらエルアの方に下がって行ったオレットさんは改めて俺に向き直ると、右手に持っていた鞄の中から手の平サイズの黒い手帳らしき物とペンを取り出すと自分の眼鏡をクイっと押し上げた。


「九条さん!私がどんな部活動をしているのか気になりますよね?ねぇ!」


「き、気になる!気になるからこっちの方に寄って来ないでくれっての!」


「ふふーん!そこまで言うのなら教えてあげましょう!私が入ってる部活……それはなんとぉ!!」


 オレットさんが変なポーズを決めながら叫んだ次の瞬間、突然カシャッという音が聞こえたかと思ったら急に目の前が真っ白になったので、俺は反射的に顔を手で隠す様な仕草をとっていた。


「い、今のは一体……?」


「ふっふっふーん!分かりましたでしょうか?これが私の部活動の正体です!」


「……突然の光で人の視界を遮る部活?」


「ちっがいますよ!全くもう!ほら、これを見て下さい!」


 理不尽に怒られている気がしながら彼女が指を差している所に目を向けてみると、そこには首からぶら下げられている見覚えのある機械みたいな物があって……


「それは……もしかしてカメラ、なのか?つーか何時の間に……」


「九条さんが視線を手で遮っている間に用意してみました!そして仰った通り、型は少々古いですがコレは魔道力カメラです!私はコレを扱う部活、報道部に所属をしているんです!」


「……報道部?」


「はい!この世界で興味を惹かれるものを徹底的に探究する!それが報道部です!」


「な、なるほど……それはなんとも……目的がハッキリとした部活だな……」


 自信満々にドヤ顔を浮かべているオレットさんと視線を交わしていた俺はm彼女が手にしている物について改めて尋ねてみる事にした。


「えーっと、部活動についてはよく分かったけど……その魔道カメラってのはどんな物なんだ?」


「えっ、もしかして九条さんは魔道力カメラを知らないんですか?」


「あぁ、正直に言うと初めて見たんだが……」


「なんと!それは勿体ない!こんなに素敵な物を知らないなんて人生の9割を損していると言っても過言では無いですね!」


「お、おぉ……そりゃまた随分と俺の人生は損してるんだな……」


「はい!ですから私が魔道力カメラについて簡単にご説明してあげましょう!」


「おわっっと!」


 距離を取る間もなく一気に距離を詰めて来たオレットさんは手に持っていた自分のカメラを俺の目の前に見せつける様にしてきた!


「この魔道力カメラはその場の風景を一瞬にして記録するというアイテムで、魔力を込めながらここにあるシャッターを押すと中にあるフィルムにその瞬間が記録されるという仕組みになっているんです!そして記録された瞬間は特別な手法を使って現像する事になるんですがこれがまたやってみると楽しいんですよ!誰でも簡単に出来るので九条さんも是非この機会に魔道力カメラを手にしてみまぐふっ!?」


「だーかーらー……そうやって誰彼構わず接近しない様にって何度も……!」


「ご、ごめんごめん……!あ、謝るから……首から腕を離してエルアちゃん……!」


 エルアの右腕で首を締め上げられながらオレットさんが離れて行ってくれた直後、俺は心の底から安どのため息を吐き出すのだった。


「ふぅ……そう言えば、エルアはどんな部活動に所属してるんだ?」


「え?僕ですか?それは……えっと………」


「……どうした?」


 あらら、急にモジモジしながら静かになっちまっな……もしかして聞いたらダメな感じの部活動だったのか……って、そんな部活が存在するのか?


「もう、何を恥ずかしがってるのエルアちゃん!」


「だ、だって……僕には似合わない部活をしているって九条さんに思われたら……」


「心配し過ぎだよ!絶対にそんな事は思われないってば!それに、あの部活はエルアちゃんにピッタリの部活だよ!九条さんもそう思いますよね!」


「いや、まだ何部か聞いてもいないから何とも言えないんだが……」


「もう!そこはそうだな!って返事をして下さいよ!はい、返事!」


「お、おうそうだな……まぁ、エルアにはどんな部活も似合ってると思うぞ。」


「ほら、九条さんもこう言ってるから教えてあげて!」


「……わ、分かったよ。」


 おいおい、マジでどんな部活動に入ってるんだ?そんなに恥ずかしがる部活……?ダメだ、俺の頭の中には大人向けのイメージしか浮かんでこないぞ!?いやでも……まさか……大人向けのゲームにしか存在しない様なおかしな部活とかなのか……!?


「僕が入ってる部活はですね……」


「……ぶ、部活は?」


「……………家庭部です。」


「か、家庭……部?……ん?どんな部活なんだ、それは……」


 初めて聞いた部活名が気になってエルアにそう尋ねてみたんだが、恥ずかしいのかまたもや口を閉ざしてしまった……そうしたら、隣に居たオレットさんがやれやれといった感じで首を左右に振りながら俺の方を見てきた。


「エルアちゃんが恥ずかしがっちゃったんで、私が代わりに説明しますね。家庭部と言うのは主に料理を作って食べてる感じの部活ですね。」


「あぁ……え?それじゃあ料理部なのでは?」


「まぁそうなんですが、部の創立者が花嫁修業になったら良いね!的な感じで家庭部って名付けたみたいですね。」


「は、花嫁修業って……そりゃまた何とも気の早い事で……いや、貴族とかのお嬢様とかになってくるとそうでもないのか?」


「えぇ、学生の内に結婚したとかって話も聞かない訳じゃありませんからね。」


「なるほど……それは分かったが、どうしてエルアは恥ずかしがってるんだ?」


 理由が分からず改めて聞いてみたんだが、エルアはもじもじしてうつ向いた状態でぶつぶつと何かを呟いていた……


「……だ、だって……僕が花嫁修業とか……そう思われたら……うぅ……」


「……悪いエルア、声が小さくてうまく聞き取れなかったんだが……」


「九条さんに花嫁修業してるって思われるのが恥ずかしいらしいですよ!」


「ちょっ、オレット?!」


 声が小さいエルアの代わりにオレットさんが声を思いっきり張り上げて何を言っていたのか教えてくれたんだが……まぁ、うん……そう言う事か……


「あー……エルア、別に恥ずかしがる必要は無いんじゃないか?その年から花嫁修業するとか立派過ぎて尊敬するレベルだし……」


「ち、違います!僕が家庭部には入ったのは花嫁修業の為じゃなくて、料理の勉強がしたかったからです!九条さんに教わった事だから、もっと上達したくって!」


「そ、そうだったのか……なら、最初からそう言えば良かったじゃないか。」


「それはそうなんですけど……やっぱり恥ずかしくって……」


 うつ向いてモジモジしながらそう呟いたエルアの姿を目の当たりにして何とも言えない気恥ずかしさみたいな物を感じそうになっていると……


「ふふっ、皆さん楽しそうですね。」


「うわっ!」


「お、お嬢様!?い、何時の間にこちらに……?」


「つい先程です。校舎から出たら皆さんが楽しそうにお喋りをしていたのでこっそり近寄らせて頂きました。それで何のお話をされていらしたのですか?」


「えへへ、私達が所属してる部活動を九条さんに教えてあげてただけだよ!」


「あぁ、そうだったのですか。確かオレット先輩は報道部に所属していましたよね。最近、何か気になる話題は見つかりましたか?」


「うーん、それがなかなか見つからないんだよねぇ。1つだけあったにはあったんだけど、顧問の先生に危険すぎるからダメって言われちゃったからさ。」


「……危険過ぎるからダメ?それってもしかして……」


 オレットさんの口から出て来た言葉に思わず聞き返すと、彼女は目をキランとさせながらこっちを見てニヤッとした。


「おっ、もしかして興味あります?実はですねぇ……」


 勿体ぶった感じでオレットさんが話を始めようとした直後、校舎を回り込んだ先にある停車場の方から馬車を運転したセバスさんがやって来た。


「お嬢様、九条殿、お待たせして申し訳ございません。」


「いえ、私も先程こちらに来たばかりですので問題ありません。それよりもオレット先輩、その件は以前にも危険なので絶対に調べない様に忠告したはずですけれど……まさか……」


 お姫様の鋭い視線を受けたオレットさんは両手を顔の前で勢いよく横に振りながらメチャクチャ慌てていた。


「いやいや冗談だって!忠告を無視したら他の部員に迷惑かけちゃうから、あの件については一切調べてません!誓います!」


「……分かりました、今はその言葉を信じてあげます。ですが、もしも生徒会からの忠告を無視して勝手な事をすれば報道部の活動は当面の間活動禁止にしますからね。その事だけは決して忘れないで下さい。」


「もっちろん!……って、そろそろ私達も行かないと!」


「そうだね、馬車を待たせたままなのも悪いし……九条さん、ミア様、僕達はこれで失礼します。それではまた。」


「はい、それでは……あぁそうだ、エルア先輩。私の事は、エルアと呼び捨てにして下さって構いませんよ。」


「え?あぁいや、でも……」


「私は後輩、今はそれ以上でもそれ以下でもございません。ですので、どうか。」


「……分かった、それじゃあまたね。エルア。」


「はい。それでは」


「おぉ!なんと美しい光景……!くぅ!今の瞬間をカメラに収められないだなんて、報道部の記者として失格すぎる……!ね、ねぇねぇ!今のやり取りをもう一回」


「バカな事を言ってないで行くよオレット。」


「あっ、ちょっと待ってよエルアちゃーん!」


「……やれやれ。」


「ふふっ、素敵な先輩方でしたね。」


 そう言いながらクスクスっと微笑むお姫様と一緒に馬車に乗り込んで行った俺は、城の方へと帰って行く事になるのだった。

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