第7章 弟子と親子の想い

第113話

 命懸けの人助けをした結果としてプレゼントされる事になった旅行から帰って来てから早数週間、秋めいた季節は終わりを告げトリアルには毎日の様に雪が降る日々が続く様になっていた。


「……ねみぃ……」


 異世界ならではの特殊効果なのか暖房もないのにそれなりの温度が保たれた自室のベッドの中で目を覚ます事になった俺は、前日の疲れが抜けきってないのを自覚したまま気持ちよい暖かさを与えてくれる毛布から何とか抜け出そうとしていた。


「あー……起きたくねぇなぁ……めっちゃ二度寝してぇわぁ……」


 ソフィに付き合わされる形でトリアルでは珍しく高難易度の討伐クエストを受ける事になって久々に命の危機を感じたから、もう少しだけで良いからこの平凡な幸せを味わってたいなぁ……


 つーか、初心者しか集まってない様な街の周辺にあんな危険極まりないモンスター出現したらダメだろマジで……見た目は等身大サイズの可愛らしい雪だるまの癖して投げて来る雪玉がバカみたいに固くて投げる速度はプロ野球選手並みかそれ以上……


「顔面の横スレスレを通り過ぎて行った時のあの感覚……今思い出しても背筋が凍り付いちまいそうだわ……いや、寒かったとかそう言う事でも無くて……」


 まぁ、討伐報酬がそれなりに高額だったから小遣い稼ぎに使えなくもないかなって思ったり思わなかったりだけど……あのモンスターの出現率はかなり低いらしいから俺の計画は始まる前から終了してしまうのだった。ちゃんちゃん。


「ご主人様ー!朝ご飯が出来ますから起きて下さーい!」


「うぅ……はいよー……やれやれ、子供は風の子元気の子ってな……」


 扉の前から離れて行くマホの足音が聞こえなくなった後、ベッドを抜け出した俺は寝間着のまま洗面所に足を運んで軽く顔を洗ってからリビングに向かって行った。


「おはようございます、ご主人様。」


「あぁ、おはようさん……ロイドとソフィは?」


「とっくの昔にお出掛けしちゃっていますよ。全くもう、家事の当番が無い日だからってこんな時間まで寝ているなんてだらけ過ぎじゃないですか?そんなんじゃ立派な大人になれませんよ。」


「アホか、立派な大人だからこそ休みの日は全力でだらけるもんなんだよ。お前達も俺ぐらい成長したら嫌でも分かると思うぜ。」


「ぶぅ、そんなの分かりたくありませーん!って、冗談は良いですから早く朝ご飯を食べちゃって下さい。あんまり遅すぎるとお昼に響いちゃいますから。」


「へいへい、言われずとも頂きますよ……ふぁ~あ~……」


 自然と出て来てしまったあくびをそのままにしながら自分の席に腰を下ろした俺はマホが作ってくれた朝飯を食べ始めるのだった。


「あっ、そうだご主人様。今日は全員で本屋さんに行く予定になってますけど、その事は忘れていませんよね?」


「おう、忘れているはずがないだろ?昨日はその為にわざわざクエストに付き合って財布の中身を充実させたんだからな。」


「えへへ、それなら良いんです!本屋さんにはお昼過ぎぐらいに行くと思いますから覚えておいて下さいね。」


「はいよ……っと、ご馳走様でした。そんじゃあまぁ、俺は自室でのんびりとしてるから支度が出来たら呼びに来てくれや。」


「分かりました。ご主人様、お願いですから二度寝とかしないで下さいよね。」


「あぁ、気を付けるよ。」


 使い終わった食器を流し台に移して適当に水を入れた俺は、リビングに残るマホに軽く手を振りながら廊下に出て行こうとしたんだが……


「あれ、玄関の方からノック音がしてますね。」


「そうみたいだな……部屋に戻るついでにちょっと出て来るわ。」


「あっ、はい。お願いします。何かあったら呼んで下さい。」


「了解。」


 手紙とかだったら郵便受けに入れてくれるだろうし、もしかしてロイドの実家辺りから何か荷物でも送られてきたのか?


 たまーに茶葉と美味しいお菓子がセットになって送られてくるからそれが楽しみになってたりするんだよなぁ。


「はいはーい!ちょーっと待って下さいねーっと……………………へ?」


「あっ!お、おはようございま…じゃなくて!そ、その!は、初めましてっ!わた、ぼ、ぼく!あの!」


 ラノベを読むのに最適なお供が届いたのかと思ってルンルン気分で鍵を外し玄関の扉を開いていった俺は、甲冑を着ている黒髪の美少年がメチャクチャ焦っている姿が目の前に現れて思わず思考が停止してしまい……


「えーっと………君は………?」


「っ!あ、貴方は九条透さん、ですよね!お、お願いします!ど、どうかこの僕を、あ、貴方の弟子にして下さい!!!」


「………………はい?」


 鼓膜が張り裂けんばかりの大声で美少年にいきなりそんな事を言われ勢いよく頭を下げられる事になった俺は、それはもう完全に何も考えられなくなっていて……


 うん、誰に言われずとも嫌って言うぐらいに俺の中の全神経が告げているなぁ……今この瞬間、平穏だった俺の日常が音を立てて崩れていっていますよって……えぇ?

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