第111話

 翌朝、帰り支度を済ませて早々に宿屋を後にした俺達はトリアル行きの馬車が停車している広場付近にある飲食店でちょっとした朝飯を食べていた。


「はぁ~……これから数時間、前回と比べるとちょっとだけランクダウンした馬車に乗らなきゃいけないってなるとやっぱりアレだなぁ……」


「座席、そんなに固くないと良いんですけどねぇ。」


「あぁ、せめてクッションの1つでも有ると助かるんだけどな……って、そう言えばお前達はトリアルに戻ったらどう過ごすつもりなんだ?」


「ふむ、私はまず実家に顔を出すかな。買ったお土産も渡さないといけないから。」


「私はクエストに行きたい。」


「ク、クエストかよ……やれやれ、元気が有り余ってるんだな……先に言っとくけど俺は付き合わないからそのつもりでな。ロイドが実家に顔を出す時は礼儀として俺もついて行く予定ではあるけど。」


「……クエスト、一緒に来てくれないの?」


「うぐっ……!そ、そんな顔でこっちを見て来てもダメだからな!こちとらそろそろ体力の限界なんだわ。完全回復をする為には2,3日は掛かるからその間は家の外に出るつもりは無い。」


「全くもう、おじさんってば……って普段だったら言ってる所ですけど、私も今回はおじさんにお付き合いさせて頂きます。同じ様に少しだけ疲れちゃったので。」


「おっ、だったら互いに持ってる本の交換でもして読書を楽しむとするか。」


「えぇ、良いですねソレ!それじゃあ私のお勧めを貸してあげますので、おじさんが持っている本のお勧めを貸して下さい!」


「はいよ。それなりに種類は豊富なはずだから後でどんな系統のヤツが読みたいのか教えてくれ。」


「分かりました!」


「……むぅ。」


「ソフィ、クエストだったら私が付き合ってあげるからさ。」


「……うん、お願い。」


 少しだけむっとしているソフィに対してちょっとだけ罪悪感を抱きながらチラッと壁に掛けてある時計に目を向けて出発までもう少し時間がある事を確かめていたら、離れた所の座席に座っていた少女2人の会話が不意に聞こえて来た。


「ねぇねぇ、そう言えばアンタって冬期休暇中の宿題ってどうするの?」


「んー、私はとりあえず必須課題だけやって自由課題は別にーって感じかな」


「へぇー、それじゃあ私と同じなんだ。」


「そうなるかもね。って言うか、ただでさえ必須課題も難しいって言うのに自由課題まで手を出しちゃったら折角のお休みが終わっちゃうもん。」


「あーだよねー!成績には加算されるって説明されたけど流石にねー」


「ねー」


 そんな相槌を交わし合っていた少女達はそこで会話を終らせると、約束事があったのを思い出したのか足早に店を去って行くのだった。


「……なぁロイド、さっきの子達が言ってた必須課題と自由課題って冬休み中に出る宿題みたいなもんか?」


「うん、その認識で間違ってないよ。学園側から出されるのが必須課題、自分で考えそれを纏めて報告するのが自由課題だね。それなりに難度が高いから、課題をこなすだけで休みを終えてしまう生徒も少なからず居るぐらいなんだ。」


「うへぇ……マジかよ……俺だったらそんなの早々に諦めちまう可能性大だな……」


「ふふっ、諦めたとしても無駄だと思うけどね。自由課題はともかく必須課題は提出しないと進級や卒業に大きく響いてしまうからね。後悔したくなければ頑張って必須課題だけでも終わらせないと。勿論、私は余裕を持って片付けていたけどね。」


「おぉ、流石ロイドさんですね!おじさんとはここの出来が違うみたいです!」


「ははっ、マホさーん?頭をトントンしながら随分な事を言ってくれますねぇ……!俺だって追い詰められたらやる男なんだぞこんにゃろうめ!」


「おじさん、それって追い詰められなきゃダメだって事なんじゃないですか?」


「……まぁ、そうとも言うかもしれないけど……い、良いだろそれについてはもう!そんな事よりロイド、必須課題については理解したけど自由課題ってのは具体的にはどんな事をするんだ?」


「どんな事、と聞かれても本当に人それぞれだから説明が難しいんだけれど……私の場合は休暇中にしていた父の手伝いをして得られた知識や経験を文章として起こしてそれを提出したかな。」


「ふーん、それじゃあマジで何でもいい感じなんだなその自由課題ってのは。」


「あぁ、例えばマホだったら読んだ本の内容を。ソフィだったらクエストで討伐したモンスターの詳細を纏めて提出する事になるんじゃないかな」


「なるほど!読書についての感想文を書けば良いんですね!任せて下さい!」


「……モンスターの詳細情報……」


「おいおい、お前達は学生じゃないんだから深く考える必要はねぇっての。つーか、そろそろ出ないとマズいみたいだぞ。」


「おっと、もうそんな時間か。ついつい話し込んでしまったね。それではこの続きは馬車の中でするとしようか。」


「えへへ、よろしくお願いしますロイドさん!」


「いや、何をよろしくするんだっての……」


 何処の世界に行っても学生って存在は宿題やら課題で苦労しているんだと言う事が分かった俺は、心の中で未来ある若者達にちょっとした同情をしながら飲食店を後にして広場に戻って行くのだった。


「あっ、申し訳ございません。お手数はお掛けしませんので、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


「あっ、はい。馬車の出発時間になるまでだったら別に構いませんけど……」


 さっきは見掛けなかった警備兵の格好をした男性に突然声を掛けられた俺は、内心ちょっとだけドキッとしたりもしたがなるべく平静を装いつつそう返事をした。


「ありがとうございます。それではお尋ねしたいのですが、皆様は数日前に王都内で行われた催し物の事はご存じでしょうか?」


「催し物……って、アレですか?国王陛下達が大通りに現れたあの……」


「はい、その通りです。いかがでしょうか?その場に居合わせましたでしょうか?」


「えぇまぁ……一応、その日は王都に居ましたけど……」


 別に悪い事をした訳でもないのにどうして警察とか警備兵とか国家に所属した人を前にすると緊張しちまうんだろうか……って言うか、どうしてあの日の事をわざわざ広場で質問して回ってるんだ?うーん、妙に嫌な予感が……


「そうでしたか!それではお聞きしたいのですが、あの日の正午少し前にステージ上から姿を消してしまった男性の事についてご存じないんでしょうか?」


「えっ?ステージ上……から……?」


「姿を消した……」


「……男性……」


「いやぁ、どうでしたかねぇ……実は俺達、あの日はミューズ行きの馬車に乗る予定だったので国王陛下達を一目拝んだらすぐ広場に向かってしまったんですよ。だからまさかそんな男性が居たなんて知らなくて……」


 うん、後ろから3人分の視線がぶっ刺さってきちゃいるがそんな事はお構い無しに真正面から嘘を吐いてやった俺は、警備兵とシッカリ視線を交わしながら作り笑顔を浮かべるのだった……!


「そうでしたか……後ろの皆様も男性についてはご存じありませんか?」


「まぁ、はい……私達も国王陛下達のお姿を見てすぐに広場に行きましたから……」


「力になれなくて申し訳ない。それにしても、何故その人を探しているんだい?」


「あぁその、色々と事情がありまして……皆様、お話を聞かせて下さってありがとうございました。それでは失礼します。」


 警備兵はビシッと敬礼をして俺達に背を向けると他の場所で話を聞きまわっていたらしい同僚と合流すると、そのまま大通りの方に消えて行ってしまうのだった。


 それからしばらくして、緊張感がようやく消え去った事を実感した俺はホッと胸を撫で下ろしながらバカでかいため息を吐き出すのだった。


「おじさん……あの人が探していたステージから姿を消した男性って……」


「何も言うんじゃない……今はただ、黙って馬車に乗って王都から離れるぞ。」


「ふふっ、中々に面白くなってきたね九条さん。この先、一体どんな展開になるのか思わずワクワクしてしまうよ。」


「うん、ドキドキする。」


「シッ!余計な事を言ってないでさっさと馬車に向かいなさいっ……!つーか、俺が面倒事に巻き込まれるかどうかの状況を楽しもうとするんじゃないっての……!」


 三者三様のリアクションを見せられながら何とか無事に馬車に乗り込んだ俺達は、自分達以外の乗客が居ない中で出発を知らせる鐘の音を耳にする事になるのだった。


「どうやら今日トリアルに行くのは私達だけみたいですね……って言うかおじさん、あんな事を聞かれたって事は指名手配とかされちゃったんじゃないですか?」


「いやいや、流石にソレは無いと……思いたいだけど……ほら、人相書きとか持って無かっただろ?だから指名手配みたいな事は起きてないはず………だよな?」


「うん、そこまでの事になっていたら警備兵の態度もそれ相応のものになっていはずだろうからね。だからさっきの彼はそこまでの感じでは無かっただろう?」


「目的は分からない。だけど普通に探しているだけだった。」


「えぇ、確かに深刻さは感じませんでしたけど……やっぱりお姫様に手を差し伸べて貰ったのにそのまま逃げたのはマズかったんじゃないんですか?」


「そ、そう言われてもあの時はそうするしかなかったんだよ……」


「ふふっ、路地に連れ込まれていった少女を助け出す為だったんだよね。」


「仕方ない。」


「むぅ、それは理解出来ますけど……後になって何が起こるのかって考えるとほんの少し不安になっちゃいますね……」


「だから、あんまりそう言うフラグになりそうな事を言うなってば。大丈夫、きっと見つからなかったらそのまま何事も無く終わってくれるはずだ。そもそもの話、あの時に偶然見かけただけの俺の事を覚えてる奴なんて居ないだろうからな。」


「ステージに上がってすぐに姿を消したという事だったからね。確かに顔を知られてしまった可能性は低そうだ。」


「だろ?それに俺達はこのまま王都を離れるんだ。しかも何時また来るかも分かったもんじゃない。心配するだけ無駄ってもんだよ。」


「……それなら良いんですけど……」


 探されている俺以上に不安そうな顔を浮かべているマホと視線を交わしていると、乗っていた馬車がゆっくりと動き出して俺達は王都から出て行く事になるのだった。

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