第93話
翌朝、珍しく誰よりも早起きしてしまった俺は朝風呂を済ませると脱衣所にあった純白のガウンを羽織ってリビングに向かい、ご自由にお飲み下さいという小さな紙と一緒に置かれていた紅茶を淹れて朝日を眺めながら静かにため息を零していた。
「ふぅ~……たまにはこんな優雅な時と言うのも悪くはないな……ん?」
誰かに聞かれたら一生の恥になるであろう事を呟きながらティーカップに入ってる紅茶を口にしたその直後、扉がノックされる様な音が聞こえてきたので俺は玄関の方まで足を運んで鍵を外して廊下に顔を出してみた。
そうしたら受付で何度か対応をしてくれたスーツ姿の男性が立っていて、俺と目が合った瞬間に丁寧なお辞儀をしてきた。
「おはようございます九条様、朝早くに申し訳ございません。」
「あぁいえ……あの、どうかしたんですか?」
「はい。実は厳正なる抽選が行われた結果、こちらのお部屋にお泊りのお客様に対しテーマパークで開催される特別なイベントへの参加権が贈られる事になりました。」
「イベント?って言うか抽選って……参加した覚えが無いんですけど……」
「今回の抽選は自動的に行われたものですので、参加した覚えがないのは当然です。参加、不参加はご自由にお選び頂けますのでまずはこちらの箱をお受け取り頂いてもよろしいでしょうか。イベントに参加する為に必要な物が入っていますので。」
「は、はぁ……分かりました。」
戸惑いながら男性から高級感のある漆黒の四角い箱を受け取った俺は、小さく頭を下げてから扉を閉じてリビングに戻って行くのだった。
「あっ、おはようございますご主人様!もう起きていたんですね。もしかして今日が楽しみすぎて眠れなかったりしたんですか?」
「子供じゃあるまいし、そんな訳あるかよ。ただ単に早起きしちまっただけだ。」
「ふふっ、それもまた今日を楽しみにしていた事の証明になりそうだけどね。しかし九条さん、その両手に持っている箱はどうしたんだい?」
「あぁ、コレか?実はついさっき受付の人が訪ねて来てな……」
何時の間にか抽選が行われていて当選したらしいという事、そしてイベントに参加する為に必要な物が入った箱を渡されたという事を説明するとマホが興奮した様子でソファーに座ったまま軽く飛び跳ね始めた。
「す、凄いじゃないですかご主人様!そんな奇跡みたいな事が起こるなんて!」
「ふふっ、流石は九条さんだね。やっぱり運が良いみたいだ。」
「まさかの展開に驚きを隠せない。」
「それならもっとそれらしい表情をしてくれると助かるんですけどねぇ……ってか、俺としては勝手に行われたらしい抽選に当選するってのはあんま良い予感がしないと言いますか……」
「何を言ってるんですかご主人様!それよりも早く箱の中を確かめてみましょう!」
「あぁ、参加するかしないかは自由なんだろう?だったら説明書きを読んでみてから決めれば良いんじゃないかと思うよ。」
「……分かったよ。それじゃあ、とりあえず開けてみるとしますかねぇ。」
ため息を零しながら黒い箱に掛けられた簡単なロックを外した俺は、ゆっくり蓋を開いていき中にある物を全員で覗き込んでみた。
「えーっと、入っているのは白い紙と……漆黒の腕輪、ですかね?」
「そうみたいだな。よく分からんがそれが説明書なんじゃないのか?マホ、悪いけど読み上げてみてくれるか?」
「はい、お任せ下さい!……ふむふむ、コレによると抽選はミューズの街に存在している全ての宿泊施設を対象にして行われたそうですね。それに当選した結果として、こうして黒いボックスが送られて来たみたいです。」
「なるほど、受付の人に聞いた通りみたいだな……つーか、ふと気になったんだけどこの街にある全ての宿泊施設って合計でどれぐらいあるもんなんだ?」
「ふむ。大小合わせると100は行かないぐらいだと思うけど、そこから部屋の数に合わせた抽選を行うとなるとそれこそ当選確率は奇跡みたいな倍率になるんじゃないかな。」
「……奇跡、ねぇ。」
そう言われると喜んでも良いんじゃないかと思ったりもするけど、こっちの世界に来る事になった原因もまた抽選な訳で……あーどう反応したもんかねぇ……
「あっ!ご主人様、この腕輪に関する情報がありましたよ!えっとですね、やっぱりコレはイベント参加者が付ける為の物みたいですね。1つだけしかないので代表者が装着するんじゃないでしょうか。」
「ふふっ、だとしたらソレを付けるのは誰か決まっているね。」
「うん、1人しかいない。」
「……皆さん、どうしてこっちを揃って見ていらっしゃるんでしょうか?」
「ご主人様、口に出して言わないと分かりませんか?」
「……いいえ、ソンナコトアリマセン。」
いやいや俺が付けるなんてそんなの嫌だよ!代わりに誰か付けてくれっての!……みたいな事が言える根性がある訳も無く、仕方なしに俺は箱の中から取り出した黒い腕輪を手に取って渋々眺めてみるのだった。
「九条さん、早速だけどその腕輪を付けてみたらどうだい?」
「え?いやぁ、それはなぁ……っていたっ!いたたっ!ちょっ、おいマホ!いきなり叩いて来るなっての!」
お洒落とも言えなくはないがどうにも気乗りしないのでロイドの提案をやんわりと断ろうとした直後、説明書きを読み進めていたマホが俺の腕をバシバシ叩いてきた。
「ご、ご主人様!聞いて下さいよ!凄いんですよ、このイベントの優勝賞品が!」
「優勝賞品?……ふーん、どういうもんか分からないが一応はそんな物が出るのか。それで一体何がどう凄いってんだ?」
「それがですね!今回のイベントは抽選で選ばれた参加者で優勝を競い合う事になるらしいんですけど、そこで頂点になるまで勝ち上がる事が出来たらミューズの街中にあるどの宿泊施設にも泊まりたい放題になるみたいなんです!」
「は、はぁ!?ど、どのって……俺達が利用しているここもか?」
「はい!ですがまだ終わりじゃないんですよ!なんと副賞として時価100万Gする品物が贈呈される事になっているみたいなんです!」
「ひゃ、100万Gだと!?お、おいちょっと俺にも見せてみろ!」
「ここです!ほら、読んでみて下さい!」
「……おいおい、マジじゃねぇか……!どんだけこのイベントに力を入れてやがんだこのテーマパークは……!?」
何枚かある説明書きの一番最後のページに書かれていた文字を何度も読んてみたが確かに宿泊施設を無料で利用出来る権利と時価100万G相当の物が貰えると書いてあって……!
「いやはや、コレは流石に驚きを隠せないね。こうなってくると、九条さんには是非とも優勝を手にして欲しい所だ。」
「九条さん、頑張って。」
爽やかに微笑んでいるロイドと何時も通りの無表情で小さくガッツポーズをしてるソフィと視線を交わした俺は、自身の中に闘志が溢れて来るのを感じていた……!
「あぁ、この俺に任せとけ!どんな事をやるのか知らないが絶対に勝って優勝賞品を手に入れて来てやるぜ!よしっ、そうと決まればさっさと腕輪を装着するか!忘れて出場機会を逃しちまったら泣くに泣けないからな!」
ニヤッと笑いながら持っていた説明書きをテーブルの上に置いた俺は、ヒーローが変身する様に格好つけながら腕輪を自分の左手首に装着した!……今にして思えば、優勝賞品の豪華さと美少女からの声援が私の冷静さを奪っていたのだと分かります。
「えへへ!頑張って下さいねご主人さ……あれ?」
「おや、どうたんだいマホ。」
「いえ、それが気付かなかったんですけどもう一枚紙があったみたいで……」
「あぁ、もしかしたらイベントの詳細についてかもしれないな。マホ、それも読んでくれないか」
「えぇっ!?た、大変ですよご主人様!」
「う、うおぉっ!い、いきなり揺さぶるんじゃないって!そんなに慌てたりして一体どうしたよ?」
ピッタリ重なっていた為に見逃していた説明書きに目を通していたマホがどういう訳なのかいきなり動揺し始めたので、何事かと思ってそう聞いてみると……
「で、ですから大変なんですよ!こ、ここに腕輪に関する事が書いてあるんですけどソレってイベントの関係上かなり精密な作りになっているらしくてですね……付けるのはイベントの開始直前にして欲しいとありまして……今、付けちゃうと……」
「付けちゃうと?……何か問題でもあったのか?」
「えっと、その……非常に言いにくいんですけど……アトラクションに乗れなくなるらしくって……ですね………」
「………はい?」
「……これを……どうぞ……」
目線を逸らしたままそう言ってマホは説明書きの一枚をこっちに手渡してきて……俺はシーンと静まり返った部屋の中で書かれている文字を読み……はじめ、て……
「……う、嘘、だろ………!?」
腕輪の中にはイベントに必要なセンサー等の精密機器が組み込まれていますので、イベントに参加される場合でも開始日になるまで装着しない事をお願い致します。
間違って装着をしてしまった後、腕輪を外してしまうと参加権を放棄した事になりますのでどうかご注意下さいませ。
「……はてさて、コレはどうしたものか……」
「お、おぉ……!おおぅっ……!?」
「ご、ご主人様!気をシッカリ持って下さい!」
「どんまい、九条さん。」
「ふむ、まさかこんな展開が待ち受けているとはね。いやはや、その一枚を見逃してしまったのは不覚だったね。九条さん、どうする?」
「どうするって……どうするってさぁ……どうしろってんだよぉ……!」
説明書きには外してしまうとってあるけどガッチリとロックがされていて簡単には取れそうにないし、そうなるとテーマパークの誰かに行って外してもらう申請をする必要があるって事なんだろうなとは思うんだけど……!
そうしたらそうしたで折角の幸運をみすみす捨てちまうみたいなもんだしさ……!でも、だからってここまで来てアトラクションに乗れないとか……!これじゃあ運が良いのか悪いのか分からねぇだろうがあああああああ!!!!!
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