第83話

「おはようございます!ほらおじさん、挨拶されてるんですからきちんと返さないと失礼ですよ!」


「……あ、あぁそうだな……おはようございます。え、えっと……失礼します……」


 後ろに居たマホに声を掛けられたおかげで上の空だった意識がハッと戻った俺は、軽く会釈をしながら皆と一緒に馬車内に足を踏み入れて行った。


 そして奥のスペースにそれぞれの荷物を置いた俺達は、美人さんと向かい合う形で空いている座席に腰を下ろした。


 その直後、外の方からカランカランという鈍い金属の音が響き渡って来て、車輪がゆっくりと動き始めて馬車は街道を走ってトリアルを離れて行くのだった。


「どうも初めまして、短い間かもしれませんがこうして出会ったのも何かの縁ですし自己紹介をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「あっ、はい。そ、それじゃあこっちから……どうも、九条透です。」


「初めまして、私はマホって言います!よろしくお願いします!」


「私の名はロイド、よろしくね。」


「ソフィ、よろしく。」


「よろしくお願いします。私の名前は『フラウ・レジアント』と言います。」


 分厚いローブみたいな物を羽織っている上からでも分かるぐらい立派な所に右手を当てているフラウさんにニコッと微笑まれた瞬間、心臓がドキッと跳ね上がり視線が勝手に一点に集中しかけていると……!


「ふんっ!」


「うぐふっ!」


「え、へっ?」


「お、おい……い、いきなり何を……」


「おじさん、目線が何処に行ってるのかバレバレです。セクハラですよ。」


「……え?」


「ちょっ!ばっ!」


 フラウさんがキョトンとした表情を浮かべた後にマホが何を言っているのか意味を理解してしまったらしく、恥ずかしそうにしながら両腕でその立派な部分を隠す様にしていって……


「あ、あはは……すみません、お見苦しい物をお見せしてしまって……」


「い、いや!それは謝るべきはこちらの方と言いますか……ほ、本当にすみません!つい目線が吸い寄せられる様にそっちへ行ってしまったと言いますかっ!悲しき男の習性と言いますか!あまりにも大きくて立派で魅力的だったのもですから逆らえない本当があったと言いますか!な、何と言うか本当に申し訳ありませんでした!」


「あ、あの!あまり大きな声でそういう事を言わないで下さると!そ、その聞いてる私も恥ずかしくなってしまうと言いますか……!」


「あっ、また何か失礼な事を言ってしまったでしょうか!?申し訳ありません!その美しくもある綺麗なお顔を真っ赤にしてしまって本当にごめんなさい!!」


「い、いえ!ですからその……お、お願いですから私の話も聞いて下さ~い!」


 自分でも何を言ってるのか分からなかったがとにかく思いつくままに言葉を繋げて何とか許しを得る事に成功したらしい俺は、荒くなっていた呼吸を整えた後に大きく息を吸い込んでホッと胸を撫で下ろすのだった。


「ふぅ……良かったぁ……ん?どうしたんだよ皆、俺の顔に何かついてるか?」


「あー……えっと……別におじさんの顔に何か付いている訳じゃないんですけど……よくもまぁ、あんなに恥ずかしい台詞をスラスラ言えたなーっと思いまして……」


「……恥ずかしい台詞?何の事だ?」


「……九条さん、もしかして覚えていないのかい?自分が何を言ったのかを。」


「え、いや!お、覚えてるぞ!うん!きちんと謝罪の言葉を伝えた!……だよな?」


「……間違っては無い。」


「そうですねぇ……間違っては、いなんですけども……」


「……何だよその言い方は……俺、何かマズい事でも口走ってたのか?」


「うーん、マズい事になるんでしょうか……?あのですね、おじさんがフラウさんに伝えた言葉って言うのが……」


「マ、マホさん!も、もう良いですから!こ、この話はコレで終わりにしましょう!本当に、あの、お、お願いします………」


 うつ向いたまま耳まで真っ赤にしてるフラウさんが消え入りそうな声でそんな事を言って来て、マホはヤレヤレといった感じで短いため息を吐き出した。


「……分かりました。フラウさんにこれ以上のご迷惑をお掛けする訳にはいきませんから、この話はここまでと言う事にしましょうか。」


「えっ?ちょ、ちょっと待ってくれよ。そんな風に言われると余計に気になってくるって言うかさ……俺、マジで何を言ったんだ?」


「九条さん、ここは黙って引き下がってあげるのが良い男性というものだよ。」


「えぇ、深く追求したらフラウさんに嫌われちゃいますよ。どうしても気になるって言うなら後でこっそり教えてあげますから。」


「マ、マホさん!お願いですから、後になってからでも九条さんには秘密にしていて下さい!」


「……どうしよう、本当に自分が何を言ったのか気になりすぎるんですけど……!」


 とんでもないセクハラ親父と思われていないか不安に感じながらも自分の発言した内容を思い出せない事を若干後悔しつつ、俺達が乗っている馬車は王都へと向かってドンドン進んで行くのだった……!

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