第52話

 表彰式を無事に終えて控え室に戻ってきた後、これまでの戦いで傷付いた体を少しでも休ませる為にロイドと今までの試合を振り返っていると不意に扉がノックされる音が俺達の耳に聞こえて来た。


「九条選手、ロイド選手、少々お時間よろしいでしょうか。」


「え?あ、はい。どうぞ。」


 返事をしてから丁寧に扉を開けて控え室の中に入って来たのは、会場で掛けていた派手なサングラスを外して素顔となった実況さんだった。


「失礼致します。本日はイベントの優勝と王者の討伐おめでとうございます。賞金の50万Gとギルド・ダブルゴッドからお預かりしたサイン色紙をお持ちしましたのでご確認の程をよろしくお願い致します。」


「あっ、ありがとうございます。」


「ふふっ、わざわざすまないね。私達が何時まで経っても受付に顔を出さないから、ここまで持って来てくれたんだろう?」


「いえいえ、これも私の仕事ですからお気になさらないで下さい。」


「………………」 


 表情をほとんど変えずに淡々と話している実況さんの顔をじっと見つめていると、彼女が不意にこっちへ視線を向けて来てコクンと小首を傾げ始めた。


「……九条選手、どうかしましたか?私の顔に何か付いていますか?」


「へっ!?あぁ、す、すみません……さっきとはあまりにも印象が違い過ぎるので、少しだけ戸惑ってしまって……」


 動揺したあまり思っていた事を素直にそのまま伝えてしまうと、実況さんは何とも言えない表情を浮かべてペコリと頭を下げてきた。


「申し訳ございません、驚かせてしまいましたよね。実はこっちが私の素でして……もし違和感がおありなら実況ちゃんの性格に戻す事も出来ますが……」


「い、いえ!大丈夫です!全然、そのままで!」


「そうですか?でしたら、このままでお話させて頂きますね。」


「えぇ、お願いします!」


 流石にあのハイテンションをここでやられたら色々な意味で疲れちまうからな……とりあえず素のままで喋ってもらうとしよう。


「それでは九条選手、ロイド選手、改めてになりますが本日は素晴らしい試合を披露して頂き本当にありがとうございました。長らくこの闘技場で実況を務めていますがあんなにも興奮する試合を見るのは久しぶりでした。」


「ふふっ、そうかい?最初の2試合に関してはその言葉通りと言えるのか分からないけどね。戦わずに喋っているだけだったし。」


「うぐっ、それを言うなっての……最後の2試合は頑張ったんだからさぁ……観客もそれなりに満足してくれた感じはしただろ?」


「えぇ、手に汗握る見応えのある試合だったと思います。是非とも次のイベントにも参加して頂いて、観客の皆様を盛り上げてもらいたいと思うぐらいです。」


「えっ、次のイベントもですか?……すみません、そう言ってくれるのはありがたい限りなんですけど、俺達はもう多分イベントには参加しないと思います。」


「おや、そうなんですか?」


「はい。今回のイベントでお腹いっぱいになったって言うか……やっぱり俺としては人と戦うよりもモンスターと戦う方が性分に合ってるみたいで……」


「ふむ、私としては良い経験になったから機会があればと考えていたんだが……九条さんが参加しないのならばm同じギルドである私も参加する事は無いかな。」


「そうですか……それは残念です。ですが、そう言う事でしたら仕方ありませんね。闘技場では定期的にイベントを開催していますので、また気が向きましたらその時に参加をお願い致します。心からお待ちしていますから。」


「はい、分かりました。その時はよろしくお願いします。」


 丁寧にお辞儀をしてくれた実況さんが控え室を出ていってしばらくした後、俺達も彼女の後に続いて部屋の外に出ると静かになった廊下を歩いて行くのだった。


「九条さん、今日は良かったね。彼女に勝つ事が出来て。」


「良かったのか……ってのは正直まだ分からない所だが、一応の義理は果たせたからスッキリはしたかな。それに賞金50万Gとダブルゴッドのサイン色紙も手に入った訳だし、きっとマホも喜んでくれ……る……はず…………」


「ん?どうしたんだい九条さん。マホがどうかした…………」


「「あっ」」


 揃って足を止めたロイドとそんな声を出してしまったその直後、俺達の頭の中にはヤバいと言う文字がデカデカと浮かび上がって来ていた……!


「しまった、試合の達成感ですっかり忘れていた……!」


「俺もだ……!あの試合を見たマホがどう思うかなんて簡単に想像出来るってのに!ロイド、急いで闘技場を出るぞ!多分、外で待ってるだろうから!」


「了解した!」


 試合後の疲れも何処へやらの勢いで全速力で進んで来た道を戻って行った俺達は、飛び出す様に外へやって来ると……


「おじさん!ロイドさん!ちょっとそこで正座して下さい!」


「「……はい……」」


 カンカンに怒って頬を膨らませまくってるロイドと呆れ顔のリリアさんと困り顔のライルさんに出迎えられながら、即座に固い地面に正座する事になるのだった……


「もう!どうしておじさんは何時も何時も危ない事ばっかりするんですか!!それを見ている私の気持ちが理解出来ないんですか!?出来ないんですよね!ロイドさんもおじさんが無茶をするって分かっていたのにどうして止めなかったんですか!?」


「す、すまないマホ……私も最初は反対していたんだけど、九条さんがどうしてもと言って聞かなくて……」


「あっ、おい卑怯だぞ!ロイドだって何だかんだ言いながら協力してくれたんだからそこは同罪だろ!?」


「いや、確かに同罪なのは認めるが発案者が九条さんなんだから罪の重さで言ったらやはり私の方が軽いと思うんだ!」


「いやいやいや!重さで言えば同等だろ!」


「2人共!言い訳しないで下さい!」


「「うっ……!ご、ごめんなさい……」」


 その後も怒ってるマホの説教をしばらく食らい続ける事になってしまった俺達は、何度も何度も謝罪の言葉を述べるしか無かった訳でして……


「本当にもう、おじさんは何でもかんでも1人で背負い込もうとしすぎなんですよ。少しは誰かに頼ると言う事を覚えて下さい!そしてロイドさんも、おじさんが無茶をしそうな時はきちんと止めてあげてですね」


「あ、あのー……マホさん?お気持ちは分かるんですがそろそろ………」


「え、えぇ……きちんと反省されている様に見せますので、お許しになってあげてはいかがでしょうか?」


「……まぁ、リリアさんとライルさんがそう言うのなら……」


「「ほっ……」」


「で・す・が!今後はこんな事をしない様にして下さいよ!……おじさんが刺された瞬間を目にした時、本当に……怖かったんですから……」


「……はい……気を付けます……すみませんでした……」


「……私も、しっかり九条さんを止められる様に努力するよ。ごめんね、マホ。」


 瞳に涙を浮かべながら苦しそうな表情を浮かべていたマホの姿を目にした俺達は、土下座をする勢いで頭を下げて謝罪をするのだった……


「……あー……それと2人も悪かったな。色々と面倒を掛けたみたいで……」


「あぁいえ、そんな面倒だなんて!」


「えぇ、どうぞお気になさらないで下さいませ。まぁ、本当は九条様に対しては言いたい事がそれなりのあったのですけども……今日の所は、マホさんに免じて勘弁してあげますわ。」


「あ、あははは……助かるよ……あっ、そうだマホ。ダブルゴッドのサインを貰って来たから先に渡しておくな。」


「えっ!本当に貰えたんですか!?」


「あぁ、俺もまさかって驚いたが……ほら。」


「うわぁー!ありがとうございます、おじさん!」


「いや、礼を言うならダブルゴッドの2人にって……そいつは無理な話か。それじゃ感謝の意味も込めて今後もラノベを買い支えていくとしますかね。」


「はい!そうですね!」


「ふふっ、良かったねマホ。そう言えばリリア、ファンの子達の姿が見えないけれど彼女達は先に帰らせたのかい?」


「えぇ、彼女達もロイド様の個人情報を餌にした九条様に言いたい事があったみたいなんですが……」


「うぇっ!?い、いやそれはそのぉ……次戦に備えての体力温存の為にと言いますか何と言うかですね……」


「九条様、ご心配下さいませ。ロイド様も仰っていた通り彼女達はもう帰りました。試合が終わって疲労が溜まっている所に大人数で押しかけては迷惑だと説得して。」


「そ、そうだったのか……正直、容赦もなくボコボコにされるかもしれないって覚悟してたから助かったよ……」


「お礼なんて結構ですわ。実際そうしようと考えていた事も事実ですもの。しかし、最後の試合で見せたあの働きに免じて見逃してあげようという事に決まりました。」


「……それはどうも……ふぅ、たまには無茶もしてみるもんだな……」


「九条様、ホッとしている様ですが……次は無いという事は覚えていて下さいね。」


「は、はひぃ……!」


 満面の笑みの裏側に背筋がゾッとする程の何かがあると察した俺は、必死になって何度も頭を上下に振りまくるのだった……!


「……さてと、それでは私達はそろそろ失礼致しますわ。」


「おや、もう帰ってしまうのかい?応援に来てくれたお礼に一緒に食事でもどうかと思っていたんだが。賞金も入った事だしね。」


「くうっ……!ロイド様からのお誘いは非常に魅力的ではあるのですが、どうしても抜けられない私用がありまして……!ぐぬぬぬ……!」


「ふむ、それならば無理に引き留める訳にはいかないね。ライルはどうだい?」


「あっ、申し訳ありません。私もこの後に用事がありまして……」


「それでしたら後日、改めてお食事に行きませんか?」


「ふふっ、それは良いね。どうだい、時間が合えば一緒に。」


「そ、それでしたら是非!……あの子達もご一緒でもよろしいですか?」


「うん、勿論だよ。どうせだったらファンの子達を全員集めて食事会でも開こうか。試合の感想を聞いてみたいからね。九条さんも参加するかい?」


「いやいや、そんな所にノコノコと出向いてったら命が幾つあっても足りねぇよ……お前らはお前らで楽しく飯を食ってこい。」


「えー!おじさんも一緒に行きましょうよー!」


「お・こ・と・わ・り・だ!それよりも2人はもう帰らなきゃいけないんだろ?俺も疲れたし、もう解散するとしようぜ。」


「ふぅ、分かりましたよ。リリアさん、ライルさん、それではまた!」


「えぇ、それでは失礼致します。」


 その後、闘技場前で2人と別れた俺達はすぐ家には帰らずロイドの実家がよく利用していると言う高級食材を扱っている店に足を運んで手に入れた賞金を使って幾つか食材を買い込んでから家路につくのだった。

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