第40話
突如として小柄な少女と思わしき人物に追い掛け回されるという珍事に見舞われる事になった俺は、入り組んだ路地を何度も曲がって逃げ続けた末に場所も分からない小さな公園に辿り着いていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…つ、疲れたぁ……な、何だったんだ一体……?」
息も絶え絶えになりながら公園内にあったベンチに腰を下ろした俺は、乱れている呼吸を整えようと瞳を閉じて深呼吸をして……いたら、不意に人の気配を感じたのでゆっくり視線を上げてみると……そこにはフードを目深に被った少女の姿が?!
「うおおっ!」
完全に逃げ切ったと思っていた所にやって来た少女に驚きの声を上げたその直後、俺は抱えていた紙袋を地面に落としてしまいってヤバッ!ラノベが散乱しちまった!いやでも、コレを置いてひとまず逃げるべきか……!?なんて考えていたら……
「……はい、落としたよ。」
「……へっ……?あ、あぁ……あ、ありが、とう……?」
地面の上にバラまかれてしまったラノベ達を何も言わずに紙袋の中に戻してくれた少女は、それらを拾って俺に手渡してくるとそのまま隣に腰かけて来た……?
「……………」
「……えーっと……?あの、俺に何か用事でも……?」
俺がそう声を掛けると少女は沈黙したまましばし動かなくなって……かと思ったらいきなりこっちを向いてフードを捲り上げていき……!俺の眼前に晒されたのは幼い顔立ちながらもメチャクチャ可愛いと言える銀髪の美少女だった!?
おいおいマジで何なんだよ、この世界の異常な美形率は?俺の心臓が持たないって何度も言ってるじゃないですか!こ、これが異世界ってヤツなのかよって……アレ?そう言えばこの子の顔、何処かで見た様な気が……?
「貴方、前に闘技場に来てたよね。ロイドと一緒に。」
「………あっ、思い出した!お前、闘技場の王者じゃないか?確か名前は……」
「ソフィ。『ソフィ・オーリア』。よろしく。」
「よ、よろしく……俺の名前は九条透……ってそうじゃなくて!えっと、ソフィさんだっけか?」
「ソフィで良い。」
「お、おう。それじゃあソフィ、何でまた俺の事を追い掛け回して来たんだ?俺達、面識無いよな?つーか、俺とロイドが一緒に居た所を見たのか?あの試合中に?」
「うん。私、目が良いから。」
「な、なるほど……なるほど?いや、この際ソレに関してはマジでどうでも良いか。ソフィ、もう一度だけ聞くけど何でまた俺なんかを追い掛けて来たんだよ?それに、あの質問の意図も説明をしてもらいたいんだが……」
この問い掛けに対してソフィは黙ったまま視線を逸らしてしまったので、俺もまた彼女が喋る始めるまでジッと待ち続ける事にした。
「……私は今、闘技場の王者をしている。」
「それは……まぁ知ってる。」
「王者になってからの私の毎日は、週に6日の訓練と1日の休日の繰り返し。」
「……その日々が嫌になって王者を辞めたいから、自分よりも強い奴が居ない探しているのか?」
「ううん、王者を辞めたいと思った事はない。強くなるのも好きだし、強い人と戦うのも好きだから。」
「あ、そうなの……えっ、じゃあ強いかどうかを聞いてきたのは自分が戦いたいからって理由なのか?」
「……それも理由1つ。」
ソフィはそう言うと腰に付けてたポーチの中から一冊の本を取り出した……ソレは俺が本屋で1巻だけ購入した一途勇者と無口王女の
「この本に出てくる王女様は私と同じ。」
「お、同じ?どういう事だ?」
「……無口で、人と話するのが苦手で、毎日訓練ばかりしている。」
「……なるほど……」
あっ、まだ読んでもないのにネタバレを食らっちまった!……なーんて場違いにも程がある事を考えてる時じゃないよな今は。
「……でも、彼女と私では1つだけ違う所がある。」
「違う所?ソレは?」
「……彼女には、一緒に冒険をする仲間がいる。」
「仲間……あぁ、この表紙で王女様の隣に立ってる騎士っぽいヤツの事か。」
端正な顔立ちのイケメンをジッと見つめたまま動かないソフィと無表情でこっちを見つめてきている表紙の王女様………うん、よくよく見たらマジで似てるよなぁ……もしかしてこのキャラ、ソフィをモデルにしてるのか?……まさかなぁ……
「どうかした?」
「えっ?あぁいや、この王女様の顔とソフィの顔少しが似てるなぁっと……」
「……そう?」
どうやら本人的には自覚が無いみたいだな。だったらこの話は掘り下げても意味は無いし、話の続きを促すとしますかね。
「えーっと、ソフィ?お前と王女様の境遇が似ているって事と1つだけ違う点がある事は分かった。けど、仲間って言うんならお前にも居るんじゃないのか?だってさ、闘技場ってのはギルドを結成しないと参加出来ないんだろ?だったら……」
「ギルドを結成するだけなら1人だったとしても問題ない。」
「……つまりアレか?闘技場に参加する為だけに作られたギルドだから、お前以外の仲間は居ないって……」
「そう。」
「…………」
凄いなコイツ……ただ純粋に、マジで強い奴と戦いたいって目的を果たす為だけにギルドを結成して闘技場の王者にまで成り上がったのか……たった一人で……けど、このラノベと出会った事でソフィの中の何かが変わったのか?
「強くなる為にする訓練は好き。強い人と戦うのも好き。だけど、時々ふと思う事がある。私もこの本の王女様みたいに誰かと冒険がしてみたい……って。」
「……だから探しているのか?自分を王者の座から引きずり降ろしてくれる可能性を持っているかもしれない相手を。」
「……うん。」
こくんと小さく頷いて見せたソフィの事を見つめながら、俺はなんて不器用なヤツなんだと思って深々とため息を吐き出すのだった。
「ったく、それは何とまぁ地道な事で……だったらワザと試合に負けて王者を辞めるとかじゃダメなのかよ?」
「それは出来ない。ぱぱとの約束だから。」
「……約束?」
「そう。私が王者になった時に約束した。相手に失礼になるから勝負では絶対に手を抜かないって。だから全力で戦える強い人を探している。」
はぁー律儀と言うか何と言うか……ここまでクソ真面目な性格をしてたら、そりゃこういった地道な活動をするしか方法はないわなぁ……ったく、やれやれだわ。
「んー……なぁ、これまでにお前の話を聞いて闘技場に挑みに来てくれた奴って何人ぐらい居るんだ?」
「……確か、一人だけ居た。」
「おぉ、そりゃまた……一体どんな奴だったんだ?参考までに聞かせてくれ。」
「私と同い歳ぐらいの男の人。話をしたら勝ち上がって来てくれた。」
「マジかよ、凄いなソイツ……それで?結果はって……少し考えれば分かる事だな。ソフィがまだ王者で居るって事は、負けちまったんだなソイツは。」
「うん、ちょっと強かったけど私が勝った。その時に言われた事がある。」
「ふーん、何を言われたんだ?」
「『必ず強くなって、絶対に君を救いに来るよ。』って。」
「……うわーお……ソイツ、マジでそんな事を言っていたのか?」
「うん。助けて欲しいって言った覚えは無かったんだけど。」
だろうな……そもそも話を聞いてた感じ、嫌々王者をやってるって訳じゃあないみたいだからな。強い奴と真剣に戦って、その結果として負けちまったらまぁ仕方がないって事らしいし……
「まぁ、とりあえず大体の事情は分かったよ。お前さんがどういう理由で、強い奴かどうか聞いていたのかってのもな。」
「じゃあ。」
「おっと待った。まだ闘技場に行くって決めた訳じゃない。そもそもコレに関しては俺だけの問題じゃないからな。ギルドで参加しなきゃいけないって事はロイドもって事になっちまう。そう簡単には決められねぇよ。」
「……そう、だね……」
「……なぁ、どうして俺に声を掛けたんだ?自分で言うのも何だけどさ、俺はただの冴えないおっさんだ。正直、強さの欠片も感じられないと思うんだが?」
チート的な能力があるからただのってのは言い過ぎなのかもしれないけど、俺より強そうな奴なんてその辺にゴロゴロ居るだろうに……そんな中で、どうしてたまたま本屋で出会っただけの俺なんかに声を掛けたんだ?
「……私が九条さんを選んだ理由は……」
「……理由は?」
「……ぱぱに、似ていたから。」
「……え?パ、パパに?」
おいおいおいおいおい、こちとら今までの人生で彼女だって居た事が無いってのにパパ的に似てる?ちょっと待ってくれよ……!もしかしてソレって俺がメチャクチャ老けて見られてるって事なのか!?い、いやいやそんなはず……そんなはずは!!
「九条さんは、雰囲気がぱぱに似てた。」
「……ふ、雰囲気?」
「うん、優しさの中に強さを秘めた雰囲気。だから、声を掛けてみた。」
「……お、おう……なるほど……」
いきなり褒められて嬉しいって感情が溢れて来た……だけど、だからって出会ったばかりのこの子の為に……いや、この子と本気で戦えるのかって聞かれると、それはまた別の話であって……俺は、どうしたら……
「……無理強いはしない。今まで何度も断られてきたから……でも……」
「あっ……」
座ってたベンチから腰を上げながら言葉を途切れさせたソフィは、振り向いて俺の手にそっと自分の手を重ねて来ると……
「貴方が私に会いに来てくれたら、私は嬉しい。」
小さく微笑みながらそう告げて来たソフィとしばし視線を交わしていた俺は、眉をひそめながらため息を零すと視線をサッと逸らして……
「……必ず会いに行くって約束は出来ない。だが、ロイドに相談はしといてやる。」
「うん、待ってる。それじゃあまたね、九条さん。」
俺の言葉に満足したのか公園を去っていくソフィの姿が見えなくなるまでベンチに座っていた俺は、狭い空を見上げながら何度目かのため息を吐き出した。
「はぁー……さてと、俺はこっからどうやって帰れば良いんだろうなぁ?」
格好つけてしまった手前、ソフィと一緒に帰ると言う選択肢を潰してしまった俺は日暮れ時まで路地裏をさ迷い歩く事になるのだった。
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