第37話

「あ、いらっしゃい!今日は随分と大勢で来たね……って、何で息切れしてるの?」


「はぁ、はぁ、はぁ……な、何でもないから気にしないでくれ……それよりも今日は聞きたい事があるからお邪魔させてもらったんだけど、今大丈夫か?」


「う、うん。お客さんも居ないから別に平気だけど……聞きたい事っていうのは?」


「あ、あぁ……実はついさっきボスを倒してきてな。その時に手に入れた物があるんだが、コレが何なのかを教えて欲しいんだ。」


「えっ!またボスを倒してきたの!凄いね!あっ、いらっしゃい!」


「ふふっ、お邪魔させてもらうよ。」


「リリアさん、九条様、私達を置いて先に行かないで下さいよ……」


「も、申し訳ありません……しかし、九条様が私の質問から逃げていくので……!」


「そ、それはまた後できちんと説明するから!それよりもコレ、見てくれるか。」


「うん、分かった!それじゃあちょっと見させてもらうね!」


 お姉さんはワクワクとした感じで紅色のクリスタルを手に取ると、様々な角度からそれを観察していった。


「……どうだい?そのクリスタルアが何か判明したかな?」


「んー……ごめんね。かなり上質な鉱石なんだって事は分かるんだけど、それ以上の情報は私には無いかなぁ。」


「そうか……うーん、どうしたもんかなぁ……」


「あっ、ちょっと待って!お父さんだったらコレが分かるかもしれないから、すぐに呼んで来るね!」


 そう言って店の奥に引っ込んでってしまったお姉さんは、しばらく経った後に何が何だかって感じの顔をした親方を連れて戻って来た。


「ったく、こっちは作業中だってのに無理やり引っ張りやがって。」


「はいはい、文句は後々!それよりもお客さんに挨拶しないと!」


「やかましい!……いらっしゃいませ、すみませんねお騒がせしてしまって。」


「いえ、大丈夫です。それよりも親方に聞きたい事がありまして……」


「はい、この紅いクリスタルが一体何なのかですよね?」


「ふむ、もしかして分かるのかい?」


「えぇ、とは言え私自身も今まで拝んだ事はそうありませんでしたが……この鉱石の名前はコアクリスタル。簡単に言ってしまえばボスの心臓部分とも言える物で、入手するのが非常に難しいと言われている素材ですね。」


「へぇ!そんなに凄い代物なんだ!やるじゃん皆!ねぇねぇ、他には何か珍しい素材とかってないの?有ったら早く見せてよ!」


「あ、あー……それがその……ソレに関しては非常に申し上げにくい事がありますと言うかなんと言うか……」


「すまないね、素材のほとんどは九条さんが魔法で焼き尽くしてしまったんだ。」


「……はっ?え、えええええええええ!?ちょっ、冗談だよね!?」


「いいえ、冗談ではございませんわ。残念ですがボスの素材で使える物はほぼ残っておりません。」


「な、な、なっ!?九条さん!どうしてそんな勿体ない事をしちゃってるのさ!折角ボスを倒したんなら素材を万全な状態で持ってきてもらって痛ぁっ!!!?」


「やめねぇかバカたれ。ボスを倒してきたって事はそれ相応の死闘を繰り広げてきたという事に違いねぇ。ソレを責める訳にはいかねぇだろうが。」


「うぅ~でもでも~!」


「それにだ。皆さんはボスの素材なんかよりも希少性の高いコアクリスタルって物を手に入れて来たんだぞ。コイツは本来ボスと共に消滅する運命にある物で、さっきも言ったが入手するのはメチャクチャ困難なんだからな。」


「……そんなに言う程なんですか?」


「えぇ、まさしく奇跡ってヤツでしょうね。コレを使用して作成された武器や防具はまさしく逸品と言っても過言ではありません。ブレードなら斬れ味は落ちず、杖なら魔力の扱いを安定化させて、防具なら騎士の甲冑よりも頑丈になるでしょうね。」


「まぁ、そこまで仰るなんて本当に凄い鉱石なのですね。」


「えぇ、だからお礼を言わせて下さい。こんなにも素晴らしい鉱石を、見せて下さりありがとうございました。」


「い、いえいえ!こっちもそんな貴重な情報をありがとうございます……さて、そうなるとこの鉱石を使って武器か防具を作りたい所だけど……すみません、この大きさだと何個ぐらい出来そうですかね?」


「んー……満足のいく仕上がりにしたいのならば、1個が限界でしょうね。無理やり2つ作成出来なくもありませんが、それだと品質は下がってしまうでしょう。」


「そうですか……じゃあどうする?ここは公平にじゃんけんでもして……」


「いえ、何度も言っていますが私達の事ならばお気になさらず。」


「うん、ここは無茶しがちな九条さんがコアクリスタルを使うと良いよ。」


「……本当に良いのか?親方の話じゃ滅多に手に入らないみたいだが……」


「構いません。どうぞ遠慮なさらずにお使い下さい。」


「……分かった。それじゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。」


(えへへ、良かったですねご主人様!)


(……本当だな。マジで感謝の言葉しか出てこねぇわ。)


 まさかこんな希少な素材を何のためらいもなく譲ってくれるとは、やっぱり貴族のお嬢様……って、だけでも無いんだろうな。元々が良い奴ってだけの事か。


「あっ!はいはいっ!九条さん!そのコアクリスタルを使っての加工、是非とも私にやらせてくれないかな!」


「え?」


「おまっ、いきなり何を……」


「お願いします!私、職人としての腕をもっと上げたいの!そのクリスタルが貴重な事も滅多に手に入らないという事も分かってる!でも、それでもお願いします!まだ自分が半人前だって事は自覚してるけど、それでもどうか!」


「お前……」


 腰を直角に折り曲げて深々と頭を下げて来たお姉さんとそんな彼女の姿を目にして何とも言えない表情を浮かべている親方……そんな姿を見せられたら、なぁ?


「……分かった、それならコアクリスタルを使っての加工をお願いするよ。」


「……えっ!い、良いんですか?」


「あぁ、断る理由も特にないからな。だけどその前に聞きたい事があって……親方、コアクリスタルを使って俺の持ってるブレードを強化する事って可能ですか?」


「えぇ、可能ですよ。むしろ一から武器を作成するよりも良いかもしれません。」


「ありがとうございます。それじゃあ武器の強化、依頼させてもらうよ。」


 腰にぶら下がっていたブレードを鞘に入れたままで抜き取って受付の上に置くと、お姉さんはそれはもう嬉しそうにソレを受け取ってくれた。


「了解しました!くぅー!腕が鳴るなぁ!親方、コアクリスタルを使って武器を強化する方法を教えて下さい!」


「はぁ……仕方ねぇな、教えてやるからお前は仕事場へ先に行ってろ。」


「うん!それじゃあ皆、また今度ね!」


「全く、言葉遣いには気を付けろって言ってるだろうに……ありがとうございます。まだまだ未熟な娘に貴重な素材を使っての依頼をしてくださって。」


「いえ、それよりも今回の依頼料はどれぐらいになりますか?」


「そうですね。本当ならコアクリスタルの加工は10万Gを超えるのが相場になっている仕事なんですが、ここは5万Gでいかがでしょうか?」


「えっ、半額って……良いんですか?」


「はい、構いません。皆さんにはこれまでにも色々とお世話になっていますから。」


「……ありがとうございます。それじゃあ、5万Gです。」


「……確かにお預かりしました。加工には7日程掛かると思いますので、それ以降にお受け取りに来て下さい。」


「分かりました。それじゃあ今日はコレで失礼します。」


「えぇ、またのご来店を心よりお待ちしています。」


 親方に見送られながら加工屋を後にした俺達は、その足で斡旋所に戻って幾つかの美容品を受け取るとそのまま大通りの方までやって来るのだった。


「さてと、それじゃあ今日はもう解散って事で良いのかな?」


「うん、本当なら一緒に食事会でもどうかって思ったんだけど2人はこの後に色々とやらなければいけない事があるんだよね?」


「えぇ、とても心惹かれるお誘いではあるのですが……くっ!」


「九条様、ロイド様、今日はありがとうございました。」


「こちらこそありがとう。おかげで楽しい1日を過ごす事が出来たよ。それではまた後日、ファンの子達と一緒に会える日を楽しみにしているよ。」


「はい、私達もその日がすぐにでも訪れる様に尽力させて頂きますわ!それでは失礼させて頂きます!」


 こうして何となくで始まった決闘が終わりを迎えて無事に日常を取り戻せた俺は、安堵のため息を零しながら家路に……あっ、リリアさんから追及されていた話がまだ終わってなかったけど……まぁ、別にいっか。

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