エピローグ

エピローグ 最後の補習

 一言で言えば、結局ミハイルとリーシャは退学処分となった。


 ジモーネが立ち去った後に駆けつけた王室直属魔導師団は生徒たちの無力化を計った。

 多くの生徒は無事に無力化できたものの、一部の生徒は魔術を用いて抵抗し続けた。そして魔術生成器官が限界を迎えた者は、拘束する前に灰となって消えてしまった。


 ジモーネが言うとおり、薬漬けになっているのは名門と呼ばれる家系の生徒が多かった。担任によれば成績が伸び悩んでいた生徒が多かったため、試験を前にして薬の誘惑に勝てなかったのだろうと考えられた。


 ジモーネの話から副院長の孫であるフレディの関与も疑われたのだが、副院長はもてるすべての力を用いてそれをもみ消した。そして事情を知るミハイルとリーシャが邪魔になった副院長は、自身とその孫の保身のために二人の退学を決めた。




「えー、なになに。貴殿は無垢な生徒を扇動し反乱の種を蒔いたとして退学処分とする――。よくもまあ、こうも平然と嘘がつけるよな」


 グリーソン魔術学院を去る前日までポールの研究室に呼び出された二人は、最後の補習に臨んでいた。


「ねえ、先生。私たちまだ補習する必要あります? ミカがいれば魔術使えるって分かったんだからいいじゃないですか」


 リーシャは『まほうのきほん2』と書かれたドリルと向き合いながらぶすっとふてくされた。真剣に取り組んでいるふりをしてはいるが、先ほどから一ページも進んではいない。


「僕だってこの水晶が無意味だって分かったのにどうして続けるんですか」


 その隣では同じように不服そうな顔で水晶に手を当てているミハイルの姿がある。


「うるせえ。他人に頼ってたらいつまで経っても成長しないぞ。お互い次は別々の学校に行くんだろ? それなら自力でなんとか出来るようになれ」

「まあ、それはそうなんですけど……」


 ミハイルは嘆息混じりに同意した。


 だからといって、この魔力生成練習用の水晶がミハイルに効果的かと問われると疑問だった。魔力生成器官が機能していないのに、この水晶でどうにかなるわけはないのだ。それならば他の誰も持っていない魔力吸収器官を鍛えて、誰の魔力でも拒絶反応が起きないようにする方が早い気もする。


「私もこんなドリル飽きたんですけどー」


 とうとう羽ペンの毛をむしって遊びだしたリーシャを見て、ポールは頭を抱えた。


「こいつら本当に退学して大丈夫なのか……? もう二度と行くところないんじゃ……」


 やっと秋が終わろうと木の葉を散らし始めた頃、実はまだ次の学校が見つかっていない二人を見て、ポールは心底心配になった。


「……で、お前はなんでここにいるんだよ。ラルフ」


 抱え込んだ頭をもたげたポールは、部屋の隅に座っている長身の男を睨んだ。金糸に縁取られた漆黒の軍服を纏ったその男は、ホルマリン漬けにされた何かの目玉を興味深そうに眺めている。


「まだ事後処理が残ってて引き上げられないんだよ。雑用は部下に任せてあるから心配しないでくれ」

「心配してるんじゃなくて目障りだって言ってんのがわかんねーのか!」


 ラルフと呼ばれた男は、白く輝く歯を見せて爽やかに微笑むと小首を傾げた。


「わからん」

「だーもう! だからお前は嫌いなんだ!」


 ポールはガシガシと頭を掻きむしるとそのまま机に突っ伏した。そしてブツブツと小声で何かをまくしたてている。


「あのー。ラルフさんと先生は知り合いなんですか?」


 剣呑とした二人の空気に、リーシャは意を決して言葉を投げかけた。ラルフはキョトンとした顔でリーシャを見たあと、ポールを指さした。


「同級生だからね。俺もポールも、ここの卒業生だ」

「え、ラルフさんと先生って同い年!? 先生、老けて見えますね……」

「お前らみたいな生徒のせいでな」


 ポールはリーシャの言葉にガバッと顔を上げると、遠い目をして呟く。その姿は哀愁すら漂っていた。


「ポール、お前も教師ならもっとしっかりしろ。ジモーネがすり替わったのに気づかないとは」

「いや、なんか最近やたらと寝るなぁとは思ってたんだが……。まさか入れ替わっているとは誰も思わないだろう?」


 生徒に文句ばかりをたれるポールに向かって、ラルフは呆れて片眉を釣り上げる。その様子を見たポールは宿題を忘れた学生のように、所在なさげにつぶやいた。


「ラルフさん。あの人は何者なんですか?」


 だんまりを決め込んでポールたちのやり取りを聞いていたミハイルが、ようやく口を挟んだ。その問いに少し厳しい顔をしたあと、ラルフはリーシャの首筋を見た。髪でうまく隠してはいるが、呪印は薄れることなくそこにある。


「あの婆さんは回帰する者リカーランサーという組織に所属している。現代魔術を否定して原点回帰を目論む変人さ」

「婆さん? ジモーネ先生もポール先生たちと同じ年くらいじゃないんですか?」


 リーシャは頬杖をつきながらジモーネのことを思い出す。確かにラルフよりかは年上だろうけども、婆さんと呼ばれる年齢には思えなかった。そんなリーシャの疑問を、ラルフは腹を抱えて笑った。


「本物のジモーネは俺たちとほぼ同年齢だと思うが、あれはジモーネの皮をかぶった偽物だ。アウグリム自体は入れ物を変えながら、すでに一〇〇歳は超えているぞ」

「一〇〇歳以上!? 信じられない……」


 リーシャが驚きのあまり素っ頓狂な声を上げた。その様子を面白がったラルフは、畳み掛けるように歩み寄った。


「よく寝ているのは乗っ取った体と精神が噛み合わずに疲弊するためだとも、精神世界で他者との交流を図っているせいだとも言われているが定かじゃない」


 空いた口が塞がらない様子のリーシャにラルフは満足げに頷いた。そしてからかうような視線から一転して真剣な面持ちをすると、二人を交互に見やった。


「〈予見者〉アウグリムは、その名の通り組織内における予言担当だ。少し先の未来を見越しては、キーマンたちを選抜している。君たちは狙われた以上、我々が全力で保護しよう」


 ラルフの言葉を受けて、リーシャの首筋を改めて眺める。ジモーネに扮していたアウグリムはあの呪いが『実を結んだ頃に迎えに行く』と語った。それはどういう意味なのか。


(ここから先は王室直属魔導師団に任せるしかない。何せもう学校が変わるのだから――)


 ミハイルは頭を振ると、懸念を打ち払った。リーシャよりも優先すべきは妹である。たとえその呪いがリーシャに降りかかるとしても、卒業を優先するならば別々の学校に通うのが最も確実である。


「……リーシャをよろしくお願いします」


 ミハイルの意外な言葉にラルフは驚いた。事情聴取の際にはかなり卒業にこだわる様子を見せたため、自分にしか興味がないのだと思っていたからだ。

 だが、ミハイルの言葉に一番驚いていたのは他にいた。


「な、なに!? ミカどうしちゃったわけ!?」

「……やっぱりどうでもいいです」


 気持ち悪いものを見るような顔で我が身を抱いているリーシャに、大きく嘆息を吐くと窓辺を見た。

 木枯らしが吹き抜け始めた校舎にはゆっくりと冬が迫っている。そのうち、今回の傷を覆い隠すように真っ白な雪が降り始めるのだろう。


「次は卒業したいな……」


 小さく呟いたその言葉は、高く澄んだ冬の空に消えていった。



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魔法学校の転校生 英 秋(はなぶさ しゅう) @qiuhanabusa

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