4-4 僕にしか、できないこと

 ミハイルは人混みをかき分けながら出来うる最大速度で坂を登っていく。ニコールの無事は確信していた。だからこそ、その足を止めることはない。

 ニコールが無事だということは、リーシャは無事ではないということだからだ。


 今までのリーシャの性格からすれば、あそこまで仲良くしてくれる友達のことは命に代えても守るだろう。そうなったときのリーシャは本当に強い。きっとニコールくらいならすぐにでも安全な場所へ避難させることが出来るだろう。

 だがあの正義感の塊が、ニコールだけを助けて満足するとは到底思えなかった。


 ようやく学院の門が見えてきたとき、ミハイルは頭を抱え込んだ。そして再び頭を上げると、門の上部からわずかに見える学院内部を凝視した。


 門の少し向こう、校舎の屋根の上に一メートルほどの鉄パイプを握りしめた少女が見えた。その少女は、校舎のさらに上で羽ばたいている巨大な影を見つめている。


 その個体は両側に大きな翼を持ち、ゆったりとそれを羽ばたかせている。羽ばたく度に強風が生じるのか、少女は眼前を腕でガードしているように見えた。少女程度なら丸呑みに出来そうなほど大きな顎には、巨大な氷柱つららのような牙が生えそろっている。個体の尾は長く、その表面は鋭利に尖った鱗が覆っているようだ。


「やっぱり――!」 


 嫌な予感は的中していた。屋根の上に立つ黒髪の少女は、どうみてもリーシャである。恐らくみんなの逃げる時間を稼ぐため、生身で古龍と対峙してしまったのだろう。

 リーシャは強い。そう断言できる。だがさすがに、


「僕が来るのを見越しているな」


 リーシャは行き当たりばったりな性格だ。きっと校内にいるミハイルがそのうち手を貸しに来る、そう思っている。

 だがあいにく今日は外出していた。もしミハイルが来なかったらという選択肢はリーシャには思い浮かばなかったらしい。

 大きなため息をついて一歩踏み出しかけたとき、ミハイルの手が後方に強く引かれた。


「いくな!」


 その声に振り返ったミハイルは、ぎょっとして顔をしかめた。視線の先にいたポールは右こめかみからの出血で目を開けられないでいる。右肩も負傷しているようで、ミハイルの手を左手でなんとか掴んでいた。


「なんですか、その顔は。早く治癒魔術でもかけて避難してください」

「生徒に治癒魔術使ってたら魔力足りなくなったんだよ! 俺は元々魔力量多い方じゃねーの! というか、お前どこ行く気だよ!」


 ポールの手を振りほどこうとしているミハイルをキッと睨みつけると、握る手の力を強めた。だが魔力量も減少し、出血で朦朧としているポールを振り切るのはたやすいだろう。


「なにって――」

「魔力ゼロのお前が行って何になる。おとなしく王室直属魔導師団を待て!」


 ミハイルが学院に戻ろうとしていることを見越したポールは、必死にその手にしがみつく。やる気のなさそうなポールでも一応は教師である。生徒が危険な目に遭うと分かっていて、それを見過ごすことは出来ないのだろう。


「それで、王室直属魔導師団はどこに?」


 そんなポールの気持ちを理解した上で、ミハイルは冷ややかな声をかける。ポールが期待を寄せる魔導師団は、まだ到着していないようだ。


「それがだな、古龍を外に逃がさないように副院長が結界の封鎖を決めた。今結界内外を行き来できるのは事前に登録した関係者のみだ。……魔導師団はその結界を解除するのに手間取っている」

「……まだ学生が中にいるのに封鎖したんですか?」

「学生たちは登録されているから逃げようと思えば外に逃げられる!」

「瓦礫の下敷きになっている生徒にも同じ事を言いますか。血を流して動けない生徒にもそういって解除を待てというんですか?」


 ミハイルの言葉にポールはぐっと奥歯を噛みしめた。ポールも分かってはいるのだ。これは副院長が自らの安全を確保するために、自分が学院外に出てから結界を封鎖したのだと。救助を待つ学生のことは一切考慮に入れなかったことを。王室直属魔導師団が解除に手こずっている間に、中に残された生徒が何人犠牲になっても気にしないのだと。


 ミハイルは言葉に詰まって言い淀んだポールの腕を振り払った。そんなポールは心臓を鷲づかみにされたような顔でミハイルを見ている。その視線に申し訳ないと思いつつ、ミハイルは学院の門をくぐった。


「――僕にしか、出来ないことがあるんです」


 最後にそれだけをポールに告げると、迷わず一気にかけ出していった。


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