4-3 生きてまた会おう

 晩ご飯前の買い出しのために、露店は夕方にも大いに賑わいを見せている。リアムは小さい紙袋を手に、所在なげな視線で露店をキョロキョロと眺めていた。


「な、なあ。やっぱりブレスレットなんかよりあっちの魔法生物新書とか、あそこの最新式水晶とかの方がよかったかな?」


 露店では食べ物や宝飾品だけでなく、魔術関連用品も多く扱っていた。リアムの指さす先には古書店が出店している露店があり、その隣はグリーソン魔術学院指定の魔術用品店が威勢よく呼び込みをしていた。


「いや、それでいいんじゃないか? 欲しがってたんだろ?」

「まあ、新学期に一緒にここを通ったときに欲しがってはいたけど……」


 リアムとニコールは幼なじみであるので、実家に帰るときはいつも一緒に帰り、一緒に学院へと戻ってくるのだという。そのときに妹とこのブレスレットを眺めており、欲しいけど手持ちがないとぼやいていたらしい。それを覚えていたリアムは、食堂でアルバイトをして貯めたお金で買いに来たというわけだった。


「でもさ、正直女の子の趣味とかわかんないからさ……。リーシャはニコールと一緒にいたから誘えなかったし」

「僕だって女の子の趣味は分からないけど、少なくともそれはニコールが一度は選んだものなんだから拒否はされないと思うけど……」


 ミハイルが励ますように声をかけたとき、露店の続く坂の上から転ぶように駆けてくる人の波が見えた。皆一様に青ざめた顔で、ある者は泣きながら、ある者は血が吹き出る腕を必死に抑えながら、学院から続く坂道を下ってくる。そのほぼ全てが学院の制服を着ていた。


「な――!? どういうことだこれ!」


 その異様な雰囲気にリアムは声を荒げた。生徒たちはなにかに怯えたように、一心不乱に前へと進む。その勢いに飲まれてはぐれそうになったミハイルとリアムは、露店の脇道に慌てて逃れた。


「みんな自分勝手に走りすぎだ! 誰かが転べば一気に押し倒されて下敷きになる! 冷静に!」


 聞いたことのある声に振り向くと、そこには懸命に生徒たちを誘導しようとするブラッドリーの姿があった。


「ブラッドリー! なんだこれ、なにがあったんだよ!?」


 露店の脇道から呼ぶ声に反応したブラッドリーは、そこで呆然としているリアムとミハイルを見た。そしてやや安堵した顔をすると、胸ポケットから取り出したノートに二人の名前を記す。どうやら避難できた生徒をチェックしているようだった。


「リアム、ミハイルは避難完了だな。そのまま学院には戻るな! 坂を下って王立軍の詰め所まで逃げろ!」

「避難? 学院でなにかあったのか!?」


 ミハイルの張り上げた声にブラッドリーの表情は陰った。そしてリアムとミハイルを交互に見て、唇を引き結んだ。


「落ち着いて聞けよ。――学院の誰かが古龍を召喚しやがった。中はもうメチャクチャだ」

「古龍!? そんなもの誰がどうやって――」

「知るか! とにかく動ける人間だけで逃げてきた! 王室直属魔導師団には救難要請を出してある。とにかく避難してくれ!」


 古龍は龍種の中でも齢千年を超え、計り知れない知恵と魔力を備えた個体をいう。本来智者として名高い古龍は、人間がその領域を侵略しない限りは襲ってこない。

 稀に人間と契約を結び戦争に赴く古龍もいるが、知識でも魔力でも優に劣るであろう魔術学生と主従関係を結ぶ古龍など聞いたこともなかった。


「動ける人間だけ……? おい、そのノートにニコールの名前はあるんだろうな?」


 リアムが震える声でブラッドリーへと問いかける。ブラッドリーは状況を説明しながらも誘導の手を止めることはない。しかしリアムの声に誘発された動揺を隠し通せるほど精神的な余裕は持ち合わせていなかった。


「ニコールは、その――」


 何も知らなければ、恐らくブラッドリーは表情も変えずに知らないと言うだろう。その言い淀んだ顔が、声が、ニコールが無事でいる可能性を否定していく。


「ニコールはどうしたんだ!」


 思わず脇道から飛び出してブラッドリーの襟元を握りしめていた。そこでやっとリアムと視線を合わせると、ゆっくりと言葉を吐き出す。


「ニコールは古龍出現地の真下にいたんだ。古龍が尾を横にないだとき、側に立っていた塔に当たって倒壊した。僕は少し離れたところにいて、その後すぐに逃げたから確認は出来ていない。だけどあの規模の倒壊だから――」


 その言葉を聞いてリアムはガクッとうなだれると膝をつきかけ――側まで駆け寄てきたミハイルによってその肩を支えられた。


「ニコールの側にリーシャがいたと思うんだけど」


 力が抜けて呆然としているリアムをじっと見つめていたブラッドリーへ、今度はミハイルが問いかける。だがその声は感情的だったリアムとは対照的に淡々としていた。


「あ、ああ。リーシャさんもいた。だからきっと――」

「――なら、大丈夫だ」


 リアムとブラッドリーは聞こえてきた予想外の回答に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 ミハイルは未だに力が入らないリアムを預けると、ゆっくりと坂を上り始める。その歩幅はだんだんと大きくなり、次第にかけだしていた。思い出したようにリアムの方を振り向くと、ミハイルは拍子抜けするほど優しい笑みを向けた。


「ニコールなら大丈夫。心配するな!」


 それだけを言い残すと、途端にミハイルは人混みに紛れて見えなくなってしまった。その場に残された二人はお互いに顔を見合わせた後、しばらくミハイルの消えた先をじっと見つめていた。そしてブラッドリーが再び避難誘導を始めると、リアムもそれを手伝って声を張り上げる。


 リアムはニコールのことが気になってはいたが、あんな笑顔で大丈夫だと言われるとさすがに信じたくなる。今はその言葉だけを頼りに、一人でも多くの人間が避難できるように行動を起こした。


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