4-2 事件の開幕は突然に

「なあ、今日の放課後に買い物付き合ってくれないか?」


 リアムはマダム・ヒストリックが魔導具の説明に夢中になっているのを確認すると、こそっとミハイルへ話しかけた。


「いいけど……。何買うんだ?」


 目下ではニコールがマダムに手招きをされて登壇していた。マダムは教卓の上に用意された魔導具のうち箒の形をしたものを選ぶと、ニコールへと握らせた。


「ニコール! 頑張れ!」

「別にこれくらい、頑張らなくたって――」


 リーシャは箒を手にしたニコールを応援するために、いそいそと階段教室の最前列へ移動すると小声で応援している。そんな二人の様子を見ながら、リアムはやや頬を赤くさせて答える。


「明日ニコール誕生日だからさ、ちょっと、その……」

「ああ、プレゼント買いに行くのか? いいよ、行こう」


 言いよどんだリアムの言葉の続きをミハイルが引き取ると、気恥ずかしそうに頷いた。視線の先ではニコールが手に取った箒にまたがってゆっくりと魔力を注入したところだ。一定量の魔力を注いだとき、箒の周囲に風が巻き起こりニコールの足が少しだけ浮いた。そんなニコールを見て、マダムは手に持っていた扇子でもっともっとと駆り立てている。


 ニコールが実演しているのは原初の魔法と呼ばれるものだ。

 かつてまだ魔術開拓時代であったころ、今ほど魔術理論が確立していなかったために、魔導具と呼ばれる補助器具を用いることで魔術を行使していた。

 魔導具にはあらかじめ一定の効果を引き出すための術式が付与されており、正しく魔力を供給することによってその効果を引き出すことが出来る。


 今ニコールが使っているのは浮遊効果が付与されている箒である。かつて魔術師たちが空を飛ぶためにはこの箒が必須アイテムであったが、現在は魔術式が確立されており魔導具に頼らなくても飛行できるようになった。そのため現在では魔導具自体が衰退の一途をたどっており、こうして時折授業で取り扱われる程度だ。


 よく使われた魔導具としては杖や剣があった。杖にはもとよりいくつかの魔術効果が付与されており、魔力を込めて振ることでその効果を引き出していた。

 だがそれではもとから付与されている魔術しか使えず不便であったので、今のように体内に魔力を循環させ、詠唱によって様々な魔術を引き出す形態へと変わったのだ。


 また昔はそれこそ使える魔術が限定的であったので、戦争時などの補助として帯剣する魔術師も少なくなかった。剣にもいくつかの効果を付与しておき、それに魔力を込めることで燃える剣や神速の剣などを生み出していた。

 これらは魔力を単に注入するだけでよかったので、駆け出しの魔術師を戦場投入するときには大いに役に立ったが、魔術理論が確立していく過程で『近接的物理攻撃は魔術師の恥である』という考え方が根付いたために廃れていった。


 ニコールが二メートルほどの高さまで浮遊したのを見て、マダムは満足そうに頷いた。魔導具は魔力注入のさじ加減がとても大事である。ニコールは繊細な魔力操作が得意であるので、初めて使う魔導具でも難なくこなしている。


「あいつはすごいよな」


 そんなニコールを惚れ惚れと見つめるリアムをからかってやろうかとも思ったが、あまりに純粋な瞳を向けていたのでやめてやることにした。


 それに今はリアムをからかっている場合ではなさそうである。

 なぜならば、目の前では応援に徹していてたリーシャに目をつけたマダムが、手招きをして登壇を促しているからだ。どうやらマダムは魔導具の一つである記憶玉を使わせたいらしい。それは特定の情景を思い浮かべながら一定の魔力を水晶へ注ぐと、その情景を記憶させることが出来るという代物だ。そして記憶後に再び魔力を注入すると、水晶からその情景が投影されて干渉できるという一種の記憶媒体である。

 リーシャは無理だと必死に断ったが、マダムが指をくいっと折ると、引力によって強制的に壇上へと引き寄せられてしまった。占い学での一件をまだ忘れていない周囲の人間は、いそいそと机の陰に隠れていく。


「やばいな、俺たちも避難しておくか」


 破裂した水晶の破片が一直線に飛翔すると、おそらく階段教室最上階の真正面に座るリアムたちも危ない。それに気づいて慌ててその身を隠した瞬間、案の定水晶は破裂した。そして先ほどまでリアムの頭部があった位置を射貫くように、複数の破片が飛び去っていった。




「どうして誰も僕のことを理解しないんだ……? なぜ僕以外の男と笑顔で話す? 何がいけない。誰がいけない?」

「おい、授業休んだかと思ったら、何してるんだお前――」


 ゾーイはその日の授業を朝から欠席していた。そんなゾーイのことが心配になった同室の少年が部屋に戻ると、明かりもつけずカーテンを引いた真っ暗な部屋で、ブツブツと呟いているゾーイを見つけた。声をかけてみるが、その背中は一切返事をすることなく独り言を言い続けている。その不気味さに耐えかねた少年が明かりをつけたとき、ゾーイが持っているものを見て息をのんだ。


 ゾーイの手にはキセルが握られている。煙草を詰めるための雁首がんくびからは、紫色の煙が立ち上っており、甘ったるい香りを発していた。それだけで、今吸っているものがただの煙草ではないことが容易に想像がつく。ゾーイは明るくなったことでようやく少年の存在を認識したらしい。横目にちらっと少年を見た後、吸い口から煙を一気に吸い込んだ。そしてゆっくりと吐き出すと、何かを思いついたらしくにやっと笑った。


「そうか、邪魔な奴らは消しちゃえばいいんだよね」

「消すって何を言って――」


 ゾーイの異様な雰囲気に危険を察したときには、もう遅かった。立ち上がったゾーイはゆっくりと少年に近づいただけだったのに、気づけば少年の口からは大量の血が吐き出されていた。


「――!?」


 少年は自らの胸に鋭利な痛みを覚えてゆっくりと見下ろした。そこには大量の血液を噴き出させながら、キセルの羅宇らうが深々と心臓へ突き刺さっていた。


 少年はゾーイを見た。その視線を感じたゾーイであったが、ことさら興味がないらしい。さらに深くキセルを押し込むと、ついに少年は床へと倒れ込んでいく。

 そして大きな音を立てて地面へと伏した少年からキセルを抜き取ると、再び口にくわえて煙を貪った。煙だけでなく少年の血液も口の中へと吸い寄せられていったが、ゾーイはそれを舌なめずりをして歓迎した。


「他人の血って、案外おいしいんだな」


 いつも顔面を殴られたときに口の中に広がる自分の血液の味は好きではないが、今はとてもおいしく感じる。新しい発見に心が浮き足立つのを感じながら、ゾーイは少年の足首を掴んだ。


「こんなおいしいものをと思うとちょっぴりもったいないけど、仕方ないよね」


 ゾーイはすでに事切れて返事をすることのない少年へと微笑みかけながら、その足首を掴んだままずるずると引きずっていった。少年はゾーイより一回り大きいのだが、その重さは一切感じないらしい。


 そしてゾーイは、少年の死体と共に自室を後にした。

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