第四章

4-1 再開された学校で

 結局、一週間の休校の間に行方不明となった生徒たちは戻って来ず、その消息も分からなかったらしい。ただ学校の安全は確認できたとのことで、当初の予定通りに学校は再開となった。


「ねぇねぇ、実家で何してたのよ?」

「お前には関係ないだろ」


 実家に帰っていたミハイルも再開の前日には戻ってきていた。リーシャが実家で何をしていたのか詰め寄ったが一切教えてはくれなかった。普段と全く変わらない様子ではあったが、逆にそれが何をしていたのか想像するヒントとなった。


(どうせ、妹さんのお見舞いね)


 度重なる転校のせいで、どうにもミハイル事情に詳しくなってしまったリーシャは嘆息を吐いた。ミハイルと妹の間に起きたことは知っているし、ミハイルが王室直属魔導師団に入って何をしようとしているのかも知っている。難しい魂のなんちゃらというものは全く理解していないが、それで王子が死んでミハイルが殺されることも理解していた。


 王がやったことが本当であれば許せないが、ミハイルがやろうとしていることも正しくはない。なんとかして止めたいのだが、あまり頭のよくないリーシャにはそれを止める手段が思いつかず、二の足を踏んでいた。


「リーシャさん! これ実家から送られてきたクッキーなんですけど――」

「うわ、またきた!」


 そんなことを思案していたとき、遠くの方から聞こえてきた声にリーシャは思いっきり顔を歪めた。そして咄嗟にミハイルを盾にしてその後ろへと隠れる。


「おい――」


 ミハイルが迷惑そうに身をよじって逃れようとするが、強い力で背中にしがみつくリーシャはなかなか離れない。


 しばらくして小さな籠を抱えて意気揚々と走り寄ってきた少年は、リーシャがミハイルにしがみついているのを見た途端に顔色が曇った。ぎゅっと眉を寄せてミハイルを睨みつけると、ずいっと一歩近寄った。


「あなたいっつもリーシャさんの側にいますけどストーカーなんですか!?」

「はあ?」

「ゾーイ、ミカはストーカーとかじゃなくて――」


 リーシャをストーカーする勇気のある男がいるのならば会ってみたいと思うほどあり得ない妄想に、ミハイルは思わず吹き出しそうになった。

 リーシャは怖い顔をしているゾーイをなだめようとするが、その声は耳に届いていないのかミハイルを睨み続けている。そして笑うのを必死にこらえるミハイルを見てさらに不愉快になったゾーイは、リーシャの肩を掴むと思いっきり自分へと引き寄せる。

 だがリーシャはミハイルから離れない。自分だけがすっぽんと抜けて、地面へと盛大に尻餅をつく。


「リーシャさん? 何でそんな男と一緒にいるんです? あなたは僕以外の男と話したら行けないんだ。 あなたは僕を守った! 僕だけのものだ!」


 尻餅をつきながらも手を伸ばしてくるゾーイに、ぞっと寒気を覚えた。


「ゾーイ、よく聞いて。私はあなたのものではないし、ずっとあなたを守ってあげられない。怖いかもしれないけど、自分から一歩踏み出さないと――」


 リーシャが極力刺激しないように優しい声で語りかけるが、ゾーイは魂が抜けたかのように放心している。リーシャはミハイルの背後に隠れたまま出てこないので、仕方なくミハイルが手を差し出して引き起こそうとしたが、ゾーイはその手を勢いよく払った。


「……あなたはずっと僕だけの味方だと思ったのに」


 ゾーイはそれだけ小さく呟くと、勢いよく走り出した。そしてすぐさま角を曲がってしまい見えなくなる。


「……いいのか、あんな風に突き放して」


 リーシャとゾーイがどういう関係なのかは分からないが、絶望した表情で立ち去っていった少年を見てなぜだか無性に不安を煽られた。ミハイルはそんな言い知れぬ不安を未だ背中にへばりついているリーシャへと問うと、あからさまに困った顔をした。


「いいのよ、これで。あの子は自分の力で味方を増やしていかないと。それにこの一週間、ミカがいないのをいいことにずっとべったりだったから疲れちゃって……」


 リーシャはゾーイが消えた角の方を見た。そこは一番初めにゾーイと出会った場所の近くである。あのときは一方的にカツアゲをされていたためつい手を出してしまったが、自分の力で言い返せるようにならなければ根本的な解決にはならない。いつまでも誰かを頼ってはいけないのだ。


 そのとき、授業開始五分前を告げる鐘が鳴り響いた。


「やばッ! 最初の授業は魔術史よ!」


 リーシャは心の中で頑張れと呟くと、ミハイルの手を取って教室へと急いだ。

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