3-9 女の子はゴシップがお好き

 翌日の昼過ぎ。リーシャは騒がしく廊下を駆ける人の足音で目が覚めた。


 オープンバルは日の出まで続き、なれないヒールやドレスで疲れ切っていたリーシャは寮に帰って来るなり爆睡していた。ちらっと時計を見れば昼の十二時を回ったところだ。六時間くらいは眠れたらしいが、昨日のブランデー入りチョコレートケーキのせいか頭がガンガンして足音が響く。全く疲れがとれていないことにやや不機嫌になりながらも、部屋の外に出た。


「何、何の騒ぎなの……?」


 部屋の少し向こうには女子用の談話室が設けられている。足音はすべてその談話室へと吸い込まれていた。廊下からのぞき込めば談話室にはかなりの生徒が集まっている。


 その中に同室のニコールを見つけたリーシャは仕方なく談話室まで重い体を運んだ。まだネグリジェ姿ではあったが、何人かの生徒もパジャマのまま談話室に集まっている。咎められることはないだろう。


「あら、リーシャ。ようやく起きましたのね」


 ニコールは寝癖でボサボサの頭を見て、クスクスと笑った。談話室にはどちらかと言えば不安な顔の生徒が多い中、いつも通り悠然としているニコールにリーシャはなんだかほっとした。


「おはよう、ニコール。なんかあったの? みんな集まってるけど……」


 声を発して初めて、自分の声が予想以上に頭に響くことに気がついて眉根を寄せた。昨日のチョコレートケーキのせいで二日酔いだなんて格好がつかない。ばれていないかとちらっとニコールの顔を伺うと、顔を歪めるほどに不安でいっぱいなのだと勘違いしたらしい。内心ほっとしたのを隠しつつ、不安を煽らないように優しい声音で語りかけるニコールへと合わせた。


「落ち着いて聞いてくださいね。どうやら、生徒の集団失踪があったらしいですわ」


 ニコールは談話室の暖炉の上を指さした。暖炉の上部の壁には重厚そうな羊皮紙が貼られており、そこには『待機勧告のお知らせ』と大きな見出しがついている。


「え、集団失踪ってどういうこと?」

「昨日の夜の間に、複数の生徒が行方不明になって今も寮には戻っていないらしいですわ。その調査のために、一週間の休校が決まったそうですの」



 ニコールが羊皮紙に書かれた要点をかいつまんで話すと、すっとリーシャへと顔を寄せた。


「噂では、パーティーで盛り上がったカップルが駆け落ちしたのではないか、と」

「はあ?」


 ニコールがニヤニヤした顔で告げた言葉に、思わず小馬鹿にしたような声を上げてしまった。だがニコールは気にせずに続ける。


「男女の人数がちょうど同じらしいんですのよ。それにいなくなったカップルを中庭の迷路で見たという証言もあるんですの。これはきっと集団駆け落ちに違いありませんわっ」


 うっとりとした表情を浮かべるニコールに驚きながらも周囲を見ると、似たような話をしている生徒たちばかりだった。ピリついた空気と言うよりは、ゴシップ好きな女子たちが浮き足立っていただけだったようだ。


「ニコールもそういう話好きなのね。意外だわ」


 真面目なニコールはこういう話に興味ないのかと思っていたので、他の女子たちとキャッキャと話している姿は新鮮であった。


「私だって女ですからね」


 リーシャの反応にややむっとしたらしいニコールは頬を膨らませたが、すぐさま笑顔に戻ってリーシャの顔をのぞき込んだ。


「ところでリーシャはこの一週間どうしますの? 所在が確かであるならば実家に帰ってもいいそうですわよ。学校が危険だと訴える保護者への措置らしいですけれど」

「実家……?」


 ニコールに問われて、リーシャは少しだけ考えた。そしてあり得ないといわんばかりに頭を振った。


「い、いや! 私は普通に学校で過ごすわ!」


 今帰ったらまた退学になったと勘違いされかねない。それに一瞬間謹慎を食らったことは実家にも報告が行っているらしい。下手に帰って母親に叱られるのだけは避けたかった。

 焦った面持ちのリーシャにやや眉根を寄せたニコールであったが、なんとなく察して笑顔を向けてくれた。


「私も残って駆け落ちの調査をする予定でしたからちょうどいいですわね!」


 何がちょうどいいのかは分からなかったけれど、ニコールが嬉しそうに頷いているのを見て悪い気はしなかった。




 自室の窓辺に置いてある机に向かって本を読んでいたミハイルであったが、窓ガラスに小石がコツコツと当たっているのに気がついて本から顔を上げた。嫌な予感を覚えつつ窓を開けると、窓辺近くまで張り出した木の枝の根元に、見慣れた少女が座り込んでいた。


「男子寮に忍び込んで、お前は一体何してるんだ?」


 頭を抱えて問いかけるミハイルに、リーシャは眉を寄せて反論した。


「男子寮に入ってはいないじゃないの。失礼ね!」

「いや、まあそうなんだけど……」


 いまいちかみ合っていない会話にどっと疲れたミハイルはそれ以上言及することを諦めた。そして嘆息混じりに話の先を促す。


「で、なんでこんなところにいるんだ。ここ三階だからな」


 三階まで木を登ってまで伝えたい用件など、今は一つしかないだろう。だが、その件でわざわざミハイルを訪ねてくる理由が分からなかった。


「集団失踪、どう思う?」

「どうって――」


 困った顔をしたミハイルをみて質問が大雑把過ぎたのだと感じたリーシャは単刀直入に知りたかった内容をぶつけることにした。


「駆け落ちって本当だと思う?」

「は? 駆け落ち? ふざけてるのか?」


 心底馬鹿にしたような表情を向けてくるミハイルを見て、リーシャは駆け落ち説が見当違いなのだと理解した。ニコールたちのゴシップネタよりも、ミハイルのこの反応の方が信憑性がある。


「じゃあ何だと思うのよ」


 リーシャもゴシップを信じていたわけではないが、確かにあの夜に多くのカップルが迷路にいたのを見たので、なんとなく無視しきれずにいたのだ。そこまで否定するなら、逆に他の可能性が気になってくる。


「僕が知るわけないだろ」

「えー。ミカが分からないなら誰も分からないじゃないの」


 とても残念そうな表情を浮かべるリーシャに、くだらないと小さく呟いた。そして窓を閉めようとしたのだが、刹那、リーシャの上げた声に驚いて手を止めた。


「そういえば! あの夜失踪した生徒がいた迷路でフレディを見たわよ!」


 窓を閉めようとしていたミハイルの手が止まる。その様子を見てリーシャはにやっと笑って話を続けた。


「なんか怪しい男二人と言い争ってたわね。あと、なんかを受け取ってたように見えたけど……。どう、これでなんか思いついた?」


 リーシャが期待のまなざしでミハイルを見たが、そんな視線を気にもとめずにミハイルは一点を見つめて自分の顎を触った。これはミハイルが何かを深く考えているときの癖だ。考えているときは下手に促さず、じっくりとミハイルの出す答えを待つのが得策であると知っている。


「その二人は校内の人か?」

「顔は見えなかったけど……。あ、でも! 胸に花を挿してたわ」


 その言葉を聞いて、ミハイルは眉根を寄せた。胸に花を挿すのは来賓、つまり外部の人間の証である。外部の人間とそんな暗がりで何を話していたというのだろう。受け取ったものとは何だったのか。


「それだけだとなんとも言えないな」


 リーシャの期待をよそに、素っ気ない返答が帰ってきたためがっくりとうなだれた。そしてつまらなそうに唇を尖らせて、ブツブツと呟いた。


「まあ、いいや。この一週間一緒に調べましょ」


 やっかいごとにすぐ首を突っ込む性格を直した方がいいと思ったが、勝手に突っ込む分にはどうでもいいことである。今度こそ関わらないようにしようと決意しながら、ミハイルはリーシャの顔を見た。


「残念ながら、俺は実家に帰るから一人で頑張ってくれ」

「ええっ! ミカだって実家に居場所ないくせに――」


 実家で疎まれている者同士、学校に残ると思っていたリーシャは面食らったように目を白黒させた。そんなリーシャの言葉を聞こえないふりをして窓をぴしゃりと閉めるとカーテンを勢いよく引く。


「ちょっと、ミカ!」


 ミハイルはそれでもしきりに声をかけてくるリーシャを無視するべく、耳栓をすると再び本の中へと没入していった。

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