3-8 人気のない場所、密会する男同士――?!

 ホールでくるくると舞うドレスの裾は綺麗な丸に広がっており、会場中にぱっと傘が開いたようである。ワルツは円舞とも呼ばれるが、まさにたくさんの円がホール中を埋め尽くしていた。


 どれだけケーキを食べただろうか。目の前にあったホールのチョコレートケーキは、自分の皿にのっている残り一欠片を食べきれば完食してしまう。


「あへ、なんらかあっついなぁ」


 夢中でケーキを食べながらエンドレスに回り続ける裾を眺めていたら、だんだんと目が回ってきた。鏡がないので分からないが、心なしか頬も熱を帯びている。赤くなっているかもしれない。急にどうしたのだろうと緩み始めた思考で必死に考えて、ふと手元のケーキを眺めた。


「もひかひて……」


 行儀が悪いと怒られるかもしれないが、今は小うるさい小姑ミハイルもいない。そっとケーキに鼻を寄せて香りを嗅ぐと、甘ったるいブランデーの香りがツンと鼻をついた。


「これのせいら」


 どうやらケーキに含まれるブランデーで酔っ払ってしまったらしい。リーシャの母は酒豪であるが、父はからっきしお酒が飲めなかったらしい。リーシャは父に似ているといつも言われるので、きっとお酒も弱いのだろう。


「なんらか、頭も痛くなってきら」


 ズキズキと痛む頭を抱えると、ふらふらとバルコニーの方へと歩み寄った。夜風に当たっていればそのうち酔いも覚めるだろう。

 バルコニーの外には草木の壁で覆われた巨大迷路がある。このバルコニーからはその迷路の中がよく見えた。何組かの生徒が夜闇にまぎれて、迷路を攻略せんといそしんでいる。

 そうかと思えば、迷路の行き止まりでなにやら密着している男女もいた。夜の帳で暗い中、迷路内の行き止まりは四面を覆われているためさらに暗い。男女がいることまでは分かるが、何をしているのかまでは見えなかった。


「まあ、大抵想像はつきますけど?」


 リーシャはむすっとした顔で手すりに頬杖をついてそんな男女を見据えた。別にうらやましいわけではないけれど、転校続きのリーシャにはそんな青春っぽい経験は皆無である。ましてや喧嘩っ早いこの性格では男の子なんか寄りつかない。


「”女トロール”で悪かったわね」


 周りの生徒が自分のことをそう呼んでいるのに、実は気づいていた。昔から地獄耳とよばれているのだ。当人たちはひそひそと話したつもりでも丸聞こえである。


 目の前で青春を謳歌する生徒たちをバルコニーで見下ろしていることで、だんだんと酔いも覚めてきた。酔いが覚めると急に肌寒く感じる。カップルを見続けたせいで独り身が身にしみただけかもしれないが。


「そろそろリアムたちのところへ戻るかなぁ」


 ぐぐっと大きく伸びをしてから室内に戻ろうとしたとき、ひときわ暗い迷路の影で何かが動いたのが見えた。動物的な本能なのか、ついその影を目で追ってしまう。そのとき、一縷の風が吹いて木々を揺らした。そのおかげで一瞬だけその暗闇に月明かりが差し込む。


「――あれは、フレディじゃないの」


 その木の陰にいたのは金髪を一つに束ねたフレディ・アローであった。ピシッと燕尾服を着こなす様はさすが名家と言うだけあって様になっている。


「馬子にも衣装とはこのことね。どれ、お相手のレディも見てやろうじゃないの」


 ふふふと好奇心を露わにして身を乗り出すと――そこには二人の男が立っていた。


「ええっ、フレディってそういう趣味が……」


 リーシャはあらぬ想像をして顔を赤らめる。つい眼前を手で覆い視界を遮るが、どうしても気になる。男同士で、しかも複数でなんて、どうやるのだろうか――。


 意を決して手をどけると、野次馬根性を発揮して目をこらす。そして、どうやらリーシャの見込み違いであることに気づいてがっくりとうなだれた。


「なんか、どうみても恋人って雰囲気ではないわねぇ」


 フレディのお相手はこちらに背を向けているためその表情までは読み取れないものの、その仕草からはなにか張り詰めたものを感じる。フレディの表情も心なしか引きつっているようだ。もしかしたら痴話喧嘩なのかもしれないが、たぶん違うだろうと野生の勘が言っている。


「つまらないの。恋人じゃないなら何をこそこそしているんだか」


 リーシャは興ざめだと言わんばかりにため息を吐くと、広間へと反転した。そのとき、フレディが二人の男から何かを受け取って懐にしまったのを見た。受け取った後のフレディはとても不安げにキョロキョロとしていたが、すぐににんまりと気味の悪い笑顔を浮かべた。そして三人はバラバラに袋小路から出ると別々に闇に消えていった。


「――?」


 なんだか気になる表情をしていた気がしたが、男同士の恋人かもしれないという最大の興味をそがれたリーシャに、あの三人を深追いする気はもう起きなかった。


 夜も更けてきてやや眠たくなってきたまなこをこすりながら、リアムたちの元へと戻っていった。

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