3-4 安全に学校を休みたい

「先生、こっちの液体とこっちの欠片、どっちを飲めば一週間くらい入院できますか。あ、一週間後には後遺症もなく治るやつでお願いします」


 放課後の補習中、研究室の片隅に置いてあった『毒物危険』のラベルが貼られている小瓶を手に取ると、ポールへと掲げて見せた。頬杖をついて書類に目をやっていたポールは、思わず顎が滑り落ちて机に顔面をぶつけた。押しつぶされて赤くなった鼻をさすりながら顔を上げる。


「なに、いきなり。どうしたんだよ」


 乱心したとしか思えない愛弟子を心底心配して言葉をかけたが、リーシャはアホかと思うほど真剣な表情で立ち上がるとずいっと小瓶を差し向ける。


「明後日学校を休みたいんです!」

「え、いきなり不登校なの? 俺の補習そんなつらかったのか?」


 集中して水晶を握りしめていたミハイルは、頭上で繰り広げる掛け合いに頭が痛くなる思いだった。ギャンギャン騒いでいる声でとうとう集中力が切れると、机をバンッと叩いてミハイルも立ち上がった。眼鏡を押し上げてうつむいているので、光がレンズに反射してその表情が読み取れない。しかし怒っているのだと悟ったリーシャはゴクリと生唾を飲んだ。


「そっちの小瓶の液体は硫酸だ。飲めば消化管がやられて普通に死ぬ。そっちの欠片は死龍の鱗。呪われてるから多分死ぬ」

「な、なんでそんな危険なものが無造作に置かれてるのよ!」


 リーシャは説明を聞いて慌てて小瓶を元の棚に戻すと、ミハイルのローブで手を拭いた。苛立ちを覚えたミハイルはリーシャの手から勢いよくローブを引き抜くと、ぱたぱたと叩いて汚れを落とす。


「いや、ラベルにちゃんと書いてあるだろ?」


 自明の理を明かすようにあっけらかんと答えるポールに、リーシャはうなだれるように席に着いた。遅れてミハイルも座り直すと、再び水晶に手をかざす。


「明後日舞踏会オープンバルなんですよ。こいつデビュタントにされたらしくって」

「え、お前六年生だろ? それは確かに休みたくなるかもな……。で、パートナーは?」


 ニヤニヤしながら聞いてくるポールに、沈黙を続ける二人。その長い沈黙ですべてを察したポールは腹を抱えて笑った。


「お前、アーデルハイトがパートナーなのか! いいじゃないか、仲良く補習生同士!」

「僕だってやりたくてパートナーやるわけじゃありません」


 むすっとして答えるミハイルを見て、さらに大きな笑い声を上げるポール。ひとしきり笑った後、目に浮かべた涙を指で拭いながらリーシャの方を向いた。


「で? ちゃんとドレスは用意したのか?」

「……ドレス?」


 さきほどまであまりの笑いように拳を握りしめて戦慄いていたリーシャだったが、その言葉を聞いて瞳を白黒させた。ミハイルもばっと勢いよくリーシャを見る。その顔は青ざめていた。


「そうだ、お前ドレスなんか持ってるのか!?」


 ミハイルは眉尻を下げて不安げな表情を向けている。だがその思いに、リーシャはミハイル以上に血の気の引いた表情で答えた。その瞬間、ミハイルはがっくりとうなだれる。


「ど、どうしよう!」


 その日は結局補習どころではなくなり、リーシャは慌てふためきながら寮へと帰っていった。




 オープンバルの前日、学校は準備のために賑わいを見せていた。

 普段は結界によって部外者が一切入れないようになっているが、オープンバルの日は特別に来賓を招待している。オープンバルの目的が純血令嬢のお披露目ということもあり、招待されるのは近隣の魔術血脈の子息がほとんどである。だが近年では血統にこだわらない人が増えていることもあり、学校にゆかりのある新世代も少なからず招待される予定だった。


「あのあと、部屋に帰ってドレス探したんだけど、そもそも買った覚えのないものを持ってるわけないよね……」


 今日は終日授業がお休みのため中庭で課題をこなしていた四人は、リーシャから発せられたドスのきいた声にビクッと体を震わせた。


「え、なに、ドレスないの? 今日は学外に出るの禁止だから買いに行けないぜ?」


 声に驚いてレポート用紙を地面にばらまいたリアムが、それを拾いながら追い打ちをかける。その言葉でさらに黒いオーラを身に纏ったリーシャは、ブツブツと呟き始めた。耳を傾けると「私だけ制服で参加、私だけ……」と繰り返している。


「なら、私のドレスを貸しましょうか? 去年のでよければデビュタント用の白ドレスもありますけれど」


 ずっと同じ台詞を繰り返すリーシャにやや引きながらも、ニコールが笑顔で提案すると、リーシャのぼやきはピタリと止まった。そして顔をあげてニコールに詰め寄る。


「いいの!?」

「ええ、もちろんですわ。白は去年一度きりしか着られませんもの」

「ありがとう!」


 リーシャは勢いよくニコールを抱き寄せると、ぴょんぴょんと跳ねた。それを微笑ましく見ていたのだが、再びリアムが地雷を落とす。


「てか、ドレスも持ってないのにダンスとか踊れるのか? 俺は必死に覚えたけど」


 その一言で再び硬直するリーシャ。ギリギリと機械のように強張った関節で、リアムの方を向いたが、


「問題ない」


 本に目を落としていたミハイルがそれだけ言うと、再び黙々と本を読み始めた。


「え? ミハイル?」


 あまりの唐突さに聞き返したリアムだったが、それ以上答えが返ってくることはなかった。

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