3-3 魔法の薬

 一限目の授業は魔法薬学だった。今日の課題は『間違えやすい薬草の取り扱い』ということで、学生は校舎に散り散りになってプリントに描かれた植物を探していた。


 教師がデッサンした薬草はどれも繊細に描かれているのでわかりやすいのだが、テーマが『間違えやすい薬草』だけに、似たような草が多くて集めるのに苦労していた。


「あ、あった! これじゃない?」


 リーシャが意気揚々と素手でその植物を引っこ抜こうとして、遠くの方でニコールが悲鳴に近い声を上げた。


「だ、だめ! それは猛毒のオニクサモドキですわ! 無理に抜こうとすると気孔から毒性のある水蒸気を噴射して対象を死に至らしめます! 皮膚吸収だから素手で触らないで!」


 ニコールの言葉で、伸ばしていた手を慌てて引っ込める。血の気が引いて青くなった顔でニコールを見ると、真剣な顔でうんうんと頷いている。どうやら冗談ではないらしく、止まっていた呼気を一気に吐き出すと、尻餅をついてへたり込んだ。


「な、なんでそんな猛毒が自生してるのよー!」

「いや、お前の実家薬屋だろ。そんなことも知らないで跡継ぐつもりだったのか」


 ミハイルが呆れた様子でリーシャが引っこ抜こうとした植物の隣に咲いていた黄色い花を引き抜いた。その花は双子葉植物であり茎から二枚の子葉が並んで伸びている。花は引き抜かれた瞬間に、金切り声を上げた。


「な、なんなのこれ! どこから叫んでいるわけ!?」


 リーシャが慌てて耳を塞ぐが、その高音は空気を振動させており脳が直接揺さぶられるようだった。花には見た限り口がない。その音を発している根源が分からず、街かで聞いているリーシャにはどうすることも出来なかった。


 そんな中、ミハイルは高音に顔を歪めながらも努めて冷静だった。子葉の間を指先でかき分けると、小さな頭が生えているのが見えた。ミハイルは黒革の手袋をしている指先で、その頭をつまんだ。そしてそれをプチッと潰すと叫び声は止まり、花が頭を垂れるようにだらんとへたり込んだ。


「よし、スクリーム・ダンデライオン確保だな」


 ミハイルはプリントに描かれていた花の特徴と照らし合わせて、それが目的の花であることを確認する。


「よく似ている花にスクリーム・マム、つまり黄色い菊の花があるけど、葉の付き方が違う。マムは互生といって交互に生えているけど、ダンデライオンは茎が短いんだ」


 プリントの類似植物の挿絵を指さしながら解説するミハイルの言葉を、初めて聞く内容であるかのようにリーシャは頷きながら聞いた。ミハイルはそのアホ面に湧き上がる何かを覚えて、収穫した花でリーシャの頭をぺしんと叩くと、その花を手の中に放り投げる。いきなり頭を叩かれたことに抗議しようとしたのだが、投げ渡された花を見て、反射的に手を出して受け取った。


「スクリーム・ダンデライオンの花弁は凍傷の治療薬に有効だ。逆にスクリーム・マムの頭部は火傷治療薬としてよく使う。薬屋なら覚えとけよ」


 それだけ言うと、遠くの方で何かを見つけて呼んでいるリアムの側へと駆け寄った。リーシャは怒りで唇を戦慄かせたものの、ふと自分に投げ渡されたスクリーム・ダンデライオンを見つめた。


「ちょっと! 花忘れてるわよ!」


 小走りで離れていく背中に慌てて声をかけると、ミハイルは小さく振り返ったが立ち止まる様子はない。


「やる。どうせ僕はまたすぐ見つけられるから」


 立ち去ったミハイルと入れ違いになるように、へたり込んでいるリーシャの側へクリスティが追いついた。そしてその手に握られている黄色い花を見つめる。


「ミハイルさんって優しいですわね」

「はぁ!? あれのどこが優しいのよ! 嫌みったらしいったらないわ!」


 身の毛がよだつと言わんばかりに体を両腕で抱きかかえるリーシャを見て、ニコールはクスクスと笑った。その様子を訝しんで見つめ返す。


「あ、リーシャさんじゃないですか!」


 ふいにかけられた声に、ニコールとリーシャはそろって振り返った。その視線の先では分厚い近眼の眼鏡をかけた少年が満面の笑みで駆け寄ってきている。


「あら、えーっと確か……」

「ゾーイですよ! 忘れないでください!」


 ゾーイは肩をすくめて心底残念そうな顔をした。だがすぐにコロッと表情が変わり満面の笑みになる。リーシャの隣へ座り込み、その肩へ猫のようにすり寄ると、手に持っている花を見つめた。


「わあ、綺麗な花ですね!」


 あまりに至近距離で話しかけてくる少年に多少びっくりしながらも、リーシャは笑顔で答える。


「今魔法薬学の課題で植物採集中なのよ」

「あら、そういえばあなたも授業中ではありませんの?」


 当然のように中庭に座っているゾーイと、自分の懐中時計を見比べた。今はまだ授業時間中であり、他学年だからといってその時間割が変わることはない。


「ちっ。自習中なんですよ。占い学の先生が起きなくって」


 ゾーイはリーシャに聞こえないように小さく舌打ちすると、リーシャの方を見た。リーシャは採取した花にラベルを貼って籠にしまっているところだ。リーシャがこちらを見ていないのをいいことに、ニコールへと忌々しそうな表情を向けた。その豹変ぶりにニコールは目を見開いて驚いたが、責めることなく困った表情で笑いかけるだけだった。


「そ、そうなんですか。大変ですわね」

「それにしてもリーシャさんはスクリーム・ダンデライオンの採取が上手ですね! 長いこと叫ばせすぎると鮮度が落ちて一部が枯れていくんですが、この花は綺麗なままですね!」


 ゾーイはリーシャが籠に収めたばかりの花を指さしてニコニコと問いかける。その笑顔に多少気後れしながら、リーシャは頬を掻いた。


「あー……。これはミカにもらったのよ。残念ながらとったのは私じゃないわ」


 正直に答えながら、ミハイルの方を見た。ゾーイもその視線を追って、少し離れたところで飛び回って逃げる草をリアムと追い込んでいるミハイルを見た。


「あの男の人から花をもらったんですか?」

「そうよ。きっと私じゃ時間内に一つも採取できないと思ったのね。失礼しちゃうわ」


 憎らしい表情の中にもどこか嬉しそうな表情を浮かべるリーシャに対して、ゾーイはぐっと奥歯を噛みしめた。リーシャはそれに気づかないで、走り回っているミハイルたちをクスクス笑った。


「おーい! そろそろ戻らないとやばいぞ!」


 空気がやや張り詰めたとき、やっと草を捕まえたリアムが声を張り上げた。リーシャが慌てて時計を確認すると、すでに集合時間の一分前だった。


「やばッ! まだ一つしか集めてないのにー! じゃあまたね、ゾーイ!」


 リーシャは勢いよく立ち上がってクリスティの手を取る。そしてゾーイへと手を振りながら、リアムたちの方へと駆け寄った。

 後には地面に座り込んで芝生を握りしめるゾーイだけが残っていた。




「君はこの一時間、何をしていたのかね? 集めたのはスクリーム・ダンデライオンだけなの?」


 魔法薬学の教授であるエンゾ先生はリーシャの卓上に置かれた黄色い花を手に取って眺めた。かなり質がいい状態で採取は出来ているが、課題であった六種類の薬草にはてんで足りていない。エンゾ先生は困った顔で腕組みをした。その腕は恰幅のいい腹部に遮られ、肩を押し上げていた。


 エンゾ先生は初老の男性でで、美しいロマンスグレーの髪をオールバックにまとめている。この学校での勤務歴はミス・ヒストリックの次に長いが、六年生にもなって薬草一つまともに採取できない生徒は久しぶりであった。


 今日は二時間目までが魔法薬学の授業であり、一時間目に採取した植物を用いて二時間目に薬剤調合を学ぶ予定だった。だがこのままでは実習が行えない。見かねたエンゾ先生は隣に座っているニコールとミハイルを見た。二人とも必要量よりも多めに採取している。調合に失敗したときに予備として、多めに集めているのだろう。言われなくてもそれが出来るあたり、やはり二人は優等生である。


「すまんが、少しずつこの子に分けてあげてくれるか?」

「もちろんですわ、先生」


 ニコールが笑顔で快諾すると、植物を一部切り取って分け与える。それを見たミハイルは仕方ないとばかりに数本の花をリーシャへと渡した。


「ありがとう、二人とも……!」


 リーシャが感極まって泣きそうになるのを、ニコールは笑ってなだめた。材料が全員分行き渡ったのを確認して、エンゾ先生は調合方法の説明に入る。一限目で採取できないくせに庭中を駆け回っていたリーシャは、気づけば深い夢の中に落ちていった。


「――ちょっと! そろそろ起きてくださいまし。調合始めますわよ」


 強く肩を揺すぶられて、重たいまぶたをこじ開ける。むくっと起き上がって口の端にあふれた唾液を拭うと、目をしばたいた。生徒たちは後ろの棚から調合用のすりこぎや薬品を運んでいるところだ。


「やっと起きたか! ほら、リーシャの分も持ってきたぞ」


 まだ眠たそうにしているリーシャの前に、リアムがすりこぎを置いた。その後ろをついて行くように歩いていたミハイルは、今日使う薬剤を机に並べていく。四人掛けの机にはいつものメンバーが集まっていた。リアムはすでにスクリーム・ダンデライオンの花弁をすりおろす作業を始めていた。数滴の薬品を加えながらすりおろし、後でそれをガーゼで漉していくのだ。


「そういえば知ってる? エンゼルフォールの噂」

「あー! あのヤバい薬の話でしょ?」


 リアムがすり鉢を逆さまにして、すりつぶした花弁をリーシャが持つガーゼへと移しているとき、隣のテーブルの女子たちが騒いでいる声が聞こえてきた。リアムはその話に気をとられてしまい、すり鉢が手からするっと落ちる。そしてすりつぶした花弁はすべて床にぶちまけられてしまった。


「ちょっとリアム! しっかり持っててよね!」

「すまん! つい気になっちゃって……」


 リアムが謝罪しながら床へ這いつくばる。水分を含んだ花弁は床にべちゃっと張り付いてしまい、もう薬としての使用は難しそうだった。リアムとリーシャはがっくりとうなだれると、それを拭き取って新しくすりつぶし始めた。


「気になったって、さっきの話のこと? エンゼル何ちゃらっていう」


 リアムが力を込めてすりつぶしていく中、リーシャは花弁を一枚一枚剥ぎ取って、すり鉢の中へと落としていく。


「あら、その名前私も聞いたことありますわ。何でしたかしら」

「すごい力を引き出してくれる麻薬って話だろ? 実力テスト前にかなり話題になったよな」


 リアムは遅れた分を取り返そうと一生懸命すりこぎを回しながらも物憂げな表情をした。その表情が引っかかったミハイルは、すりこぎの手を思わず止めた。


「なんかあるのか、その薬」


 ミハイルの言葉に、リアムは大きくため息をつくと、周囲を見回した。エンゾ先生は三つ先のテーブルを巡回しており、こちらのことは関知していなさそうである。それを確認したブラッドリーは全員へ顔を寄せて小声で話した。


「なんでもその薬を使うと一時的に魔力が爆上がりして、普段では信じられないほどの力が出せるらしい。だけどその代償は大きくて、使いすぎると魔力生成器官が壊死して、灰になって消えるんだとさ。でも汚れた魂は行き場がなくなり、この世に留まってさまようのだ……」

「う、うそだぁ。やめてよ、私怖い話苦手なんだから……」


 リーシャは引きつった笑みを浮かべて身震いをした。それを見たリアムが面白がってニヤニヤと笑いながら追撃してくる。


「本当らしいぞ? もうすでに学生も何人か行方不明になってて、誰かを道連れにしようと学内を幽霊ゴーストとしてさまよってるとか……」

「ひぃぃぃッ」

「やめておあげなさいな。可哀想ですわよ」


 顔面蒼白で唇を震わせるリーシャを見かねて、ニコールが割って入った。リアムは物足りないとばかり唇を尖らせたが、すぐ後ろのテーブルにエンゾ先生がやってきたのを見て、慌てて花弁のすりおろし作業に戻った。


「さあ、馬鹿なこと言ってないでさっさと調合してしまいますよ。作る薬は二種類あるんですからね」


 ニコールが手を叩いて発破をかけると、五人はいそいそと作業へ戻っていった。


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