3-2 白ヤギさんからの招待状

 朝の学食はいつも大賑わいである。この日もいつもの四人でテーブルに着くと、おのおの好きなものを注文する。


「朝からケーキとか、頭どうかしてるぜ……」


 生クリームたっぷりのロールケーキを丸々一本注文して上機嫌なニコールに、げんなりした様子でリアムが呟いた。こみ上げてくる何かを必死に押さえ込んでいるのか、小さく嗚咽が漏れ聞こえる。それにむっとしたニコールは、ぷいっとそっぽを向いて黙々と食べていく。


「あ、郵便が来たみたいですわ」


 ニコールが顔を背けた先に、学生帽を被って斜めがけ鞄を下げている白山羊が歩いていた。リーシャたちの目の前で立ち止まると、鞄の蓋が勢いよく開いて中から一通の手紙が飛び出す。その手紙はふわふわと空中を漂うと、リーシャの前にぽとりと落ちた。


「え、私?」

「早く受け取らないと白山羊に食べられちまうぞ?」


 リアムからかけられた言葉に、リーシャは慌てて手紙を手に取った。それを見届けた白山羊は手紙を名残惜しそうに見つめた後、別のテーブルへと向かった。


「朝はあいつらも空腹だから、すぐ食べちまうんだよな」


 その寂しそうな背中を見ながら何かを思いだしたリアムは思いっきり眉根を寄せた。以前レポート再提出を知らせる手紙を白山羊に食べられたらしい。そのせいで再提出が遅れて、あわや留年の危機だったそうだ。それ以来、リアムは白山羊をかなり警戒していた。


「何かしら、これ。招待状?」


 白地に金の文字で宛名が書かれているその手紙は、見るからに厳かな品だった。表には『リサ・グリフィス様 招待状在中』とだけ書かれている。


「あらそれ、デビュタントの招待状ですわね。去年私にも来ましたわ」

「でびゅ……? 何それ」


 聞き慣れない単語に思わず舌を噛みそうになったリーシャは、怪訝な顔でニコールへと問いかけた。


「デビュタントは純血魔術師の令嬢として魔術社交界にデビューする者のことですわ。昔は純血同士の結婚が今よりも重要視されていましたから、純血同士が出会いやすいように令嬢を舞踏会の場で紹介するんですの。我が校ではオープンバルと呼ばれてますわね」

「舞踏会!? そんなものがあるわけ!?」


 素っ頓狂な大声を上げたリーシャに周囲の人間が振り返る。注目を浴びてしまったリーシャは肩をすくめると、小さな声で問い直す。


「これってどうしたらいいの?」

「招待された生徒はパートナーとともにみんなの前で一曲ダンスを披露するのですわ。基本的には十六歳になる年の純血令嬢が対象なので、本来は五年生で招待状が来るはずですが……」


 ダンスと聞いて明らかにげんなりした顔を浮かべるリーシャを見て、リアムが声を上げて笑った。ミハイルも必死に笑いをこらえているのか肩をふるわせている。


「なに、これ嫌がらせか何かなの!? 一応父も魔術師ではあったけどこの国の人ではないのよ? ちゃんとした純血でもないのに!」

「も、もしかするとフレディさんの仕業かもしれませんね。毎年この舞踏会を取り仕切ってるのは副院長ですもの」


 ニコールが周りに聞かれないようにリーシャへと顔を寄せてぼそぼそと呟く。リーシャはそれだと言わんばかりに苦々しい顔をした。


「不参加で」


 ぶすっとした顔で招待状を破ろうとしたリーシャだったが、その封筒は裂こうとしても全くびくともしない。苛立ちを覚えてグシャッと丸めるのだが、手を開くと皺ひとつない状態で元通りになっていた。


「基本的に強制参加だから不参加は無理だぞ。諦めてパートナー探せ」


 リアムが目玉焼きを頬張りながらニヤニヤと笑った。その視線をにらみ返したのだが、ニコールが困った顔をしていることに気づいた。


「え、本当に出なきゃだめ?」


 その問いかけにニコールが頷いた。その瞬間、リーシャはがっくりとうなだれる。


「も、もうこの際リアムでもいい! 一緒に出てくれるわよね!」


 リーシャはこうなったら仕方ないとばかりにリアムをへとすがるような視線を送る。だがその視線にリアムは思いっきり嫌そうな顔を浮かべた。


「でもいいってなんだよ! おあいにく様、うちは五年生に妹がいるんで、そいつのパートナーになる約束をもうしちまったんだなぁ」

「ええっ、リアムの妹!? それはすごい会いたいけど、パートナーになってくれないのはとっても困る! 」


 リーシャが頭を抱え込んだとき、ニコールがその方をちょんちょんとつついた。そしてニコニコと微笑みながら指を指した。


「いるではありませんの。適任者が」

「え?」


 リーシャが一人での参加を決意しかけたとき、ニコールの指の先をゆっくりと振り返って――そこには黙々とトーストを食べているミハイルがいた。目線が合ったとき、ミハイルはぎょっとした顔になり、ぶんぶんと首を振った。


「ミハイルは黙ってますけど、あなたリーゼンフェルト公爵でしょう? 父があなたのお父様を知っていましてよ。紛れもない魔術血脈ではありませんの」


 ニコールの言葉にミハイルはビクッと肩をふるわせた。それを聞いたリアムは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてミハイルを見つめる。みんなの視線に耐えられなくなったミハイルは、トーストを加えたまま目線をそらした。


「ミハイル、お前そんな高貴な家柄だったのか……。貴族で秀才とか、冗談きついぜ」


 ばれてしまったのなら仕方がないと、意を決した様子でゴホンとひとつ咳払いをする。


「別に隠していた訳じゃないんだけど、公爵って呼ばれたくなくて……」


 気まずそうに頬を掻くミハイルの肩をリアムが思いっきり叩いた。


「ま、なんだって関係ねーよ! ミハイルはミハイルだ」


 リアムの言葉にほっとしたとき、ニコールが笑みを浮かべながら身を乗り出した。


「そうと分かれば、リーシャのパートナーを引き受けてくださいますわね?」


 有無を言わさない圧で詰め寄るニコールにミハイルは思わずたじろいだ。ちらっとリーシャの方を見ると、ものすごく険しい顔でミハイルを見ている。しばらくの沈黙があった後、リーシャは思いっきり息を吐き出した。そして諦めたように呟く。


「……ミカで我慢するか」

「いや、引き受けるって言ってないけど」


 その言葉に、がくっとうなだれたリーシャは涙目でミハイルを見つめた。


(そんな顔するくらいなら初めから素直に頼めばいいのに。可愛げないな)


 大きく嘆息を漏らしたミハイルは、うんざりした声音で肩をすくめた。


「……引き受けないと後が怖いし、しょうがないから一緒に行くよ」


 涙目をしていたリーシャは一気に笑顔を浮かべる。その瞬間、リーシャのおなかの虫が大きくうなり声を上げた。心労のあまり朝食に全く手をつけられていなかったが、安心したら急におなかがすいてきた。リーシャは自分の皿にのっているベーコンを見据えると、勢いよく頬張った。

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