2−7 実技試験を終えて

「うそだ! あんな錬成陣書くようなやつが魔術を使えないわけがない!」

「そ、そうですわよ! リーシャは水晶を割るほどの魔力を持っておりますのに!」


 リアムとニコールがそろって声を上げたが、当人たちはその言葉を否定しない。それどころか、ばつが悪そうにうつむくばかりだ。


「グリフィスがフレディ・アローを素手で殴ったと聞いたときからおかしいと思っていたんだ。生徒間での魔術使用が禁止されていたから殴ったんじゃない、魔術が使えないから素手で殴ったんだろ。違うか?」


 ポールはリーシャとミハイルの目の前にたどり着くとその顔をのぞき込みながら問いかけた。


「そしてアーデルハイトは錬成陣の構築に失敗したんじゃない。完璧に完成させたが注入する魔力を持っていなかった。……お前たち二人は全く真逆の理由で魔術が使えないんだ」


 ポールはミハイルを指差して声を張り上げる。

「アーデルハイトは魔力が文字通りゼロだ。本来魔術師は魔力がゼロになると死ぬが、お前はなぜか生きているために魔力ゼロだと今までばれなかったのだろう」


 そして今度はリーシャに向かって指差した。

「そしてグリフィス。お前は魔力量が膨大すぎて、その魔力をコントロールできないがために魔術が使えない。水晶が割れたのがその証拠だ。違うか?」


 えぐるような視線で問いただすポールに、リーシャとミハイルはお互いを見つめた。そして諦めたようにミハイルが呟いた。


「……そうです。先生の言う通り、僕は魔力がゼロだ」


 その言葉に押されるように、リーシャも慌てて答える。


「わ、わたしは魔力が多すぎて……。全然コントロールできなくて」


 二人の言葉を受けて、信じられないという言葉が至る所から漏れ聞こえた。ニコールは目を白黒させてミハイルとリーシャを見つめ、リアムは自分の頬をつねった。それはただ痛いだけで、今目の前にあることが現実だと思い知らされる。


「――お前ら、今日から補習な」


 唐突に告げられた言葉に、一瞬ミハイルは理解が出来なかった。リーシャも顎が外れるのではと思えるほど口を大きく開けてポールを見ている。


「もったいなさ過ぎるんだよ。そんだけ知識があるくせに魔力ゼロなのも、奇跡としか思えない魔力量を持ちながらノーコンなのも。――今日の放課後、俺の研究室に来い。いいな?」


 ポールはそれだけ言うと、リーシャの拳で破壊された自立式機械人形オートマリオネットへと近づく。そしてげんなりとした顔でそのパーツを拾い始めた。


「ただのパンチでここまでなるか、普通」


 そして拾い集めたパーツを円で囲うと、再び血を一滴吸わせる。すると再びパーツが光り輝いて、自立式機械人形オートマリオネットは再形成された。ポールはすぐさま同様な魔法陣をもう二つ描くと、さらに二体の自立式機械人形を生成する。


「じゃあ、他の生徒も試験続けるぞ。転校生以外の生徒は、三体撃破な」


 会場中からブーイングの嵐を浴びながらも、ポールはそのまま試験を続行した。そんな生徒たちの様子を、広場の後方に立ち無言で見つめるリーシャとミハイルの姿があった。




 日がほとんど沈みかけ、多くの生徒が試験終了の開放感を感じながら寮へと帰宅した頃。ミハイルとリーシャはホルマリンの匂いが充満する狭い室内で不服そうに座り込んでいた。


 辺り一面に書類や本が乱雑に置かれている。初めこの部屋には足の踏み場すらなかったが、なんとか片付けて二人分の席を用意した。掃除が苦手なリーシャは、この片付けてすでにくたくたになっている。


「悪いな、呼び出しておいて遅刻しちまって」


 その部屋の扉が勢いよく開くと、ヨレヨレのローブを着たポールが小走りで入ってきた。手には茶色の封筒が握られている。


「これは昨日の筆記テストの答案だ。お前ら二人から先に返しておく」


 ポールが差し出した答案用紙を、リーシャは目をつぶったまま受け取った。そして恐る恐る目を開くと――。


「えっ、0点!?」


 答案用紙の右上にはでかでかと0点と赤文字で書かれている。答案用紙は白紙ではない。すべての設問にきちんと回答した上での0点だった。


「いくらカンニングしてないからって、さすがに酷すぎるぞ」


 愕然としているリーシャと同じくらい、げんなりした顔でポールが呟いた。その言葉に、リーシャは笑うしかない。


「んで、こっちがアーデルハイトのな」


 茶封筒の中からもう一枚の答案用紙を取り出すと、ミハイルへと差し出した。リーシャはニヤニヤしながらその答案用紙をのぞき込む。


「どれどれ? ミカだってカンニングできないんだから、どうせ私とそう変わらない――」


 そこまで声に出したリーシャの言葉はピタリと止まった。言葉が出なくなったと言うより、あまりの衝撃に放心状態となったようだった。


 ミハイルの答案用紙には一〇〇点の文字ともに花丸が描かれている。その答案用紙はまるで模範解答であるかのように、減点するところが一つも見つけられなかった。


「嘘でしょ! もしかしてミカは『見せない側』とかいうやつだったの? でもカンニングを妨害することも出来ないから、減点されてないのはおかしくない!?」


 リーシャは納得がいかないとばかりに何やらまくし立てている。ポールは頬杖をついて憎々しげにミハイルの表情を伺っていた。


「お前、カンニングしてないんだよな?」

「はい。実力です」


 さらりと言ってのけるミハイルに、ポールは小さな声で「かわいげねー」とぼやいた。リーシャは唇をわなわなと震わせている。


「ミカって昔からテスト満点よね……」


 リーシャは過去のテストを思い返してがっくりとうなだれた。ポールは昔からというフレーズにやや反応したが、今はそれどころではないとばかりに頭を振った。


「僕は在学中に三ツ星になりたい。三ツ星は筆記試験が満点であれば、実技試験が0点でもギリギリ狙える評価です。だから筆記テストを落とすわけにはいかないんだ」

「だからって学者でも苦戦する問題を、何も見ずに満点とるか普通? お前、逆に頭おかしいんじゃねーのか?」


 ポールはしばらく頭を抱え込んだが、この二人には常識は通じないのだと自分を無理矢理納得させることにした。そして大きなため息を一つつくと、書類の山をガサガサと漁りだした。乱雑に漁るためにその山はどんどん崩れていく。せっかくミハイルたちが少し片付けたのだが、一瞬にして前以上の散らかりっぷりを見せていた。


「あったぞ。これだ」


 書類のトンネルの中に肩まで腕を突っ込んでいたポールは、指先に触れたそれを握りしめると勢いよく引き抜いた。その瞬間、書類のトンネルは跡形もなく崩れたがポールは全く気にしない。


 そして手に握りしめた直径一〇センチほどの水晶の表面を、ローブの端で磨き始める。濁っていた水晶が光を取り戻したのを確認して、無造作にミハイルへと突き出した。


「なんですか、これは」


 ミハイルはその水晶の中をのぞき見た。占い学で使用した透明感のある水晶とは異なり、その内側にはどす黒いモヤがかかっていて、向こう側が見通せない。


「これは魔力感知結晶だ。自らに取り込んだ魔素を魔力へと変換する練習をするための水晶だな。これに体内の魔素を送り込んで、この水晶内で魔力へと変換させる。きちんと魔力へ変換されられれば、モヤが晴れて透明度が増す」


 ポールが人差し指を水晶へと押し当てた。そして指先に神経を集中させると、水晶に触れている部分が発光する。そしてその部分を起点として、みるみるうちにモヤが晴れたかと思うと、水晶は一切の濁りのない状態へと変化した。透明になったのを見届けると、ポールは指先を離した。するとすぐにモヤが生じて、水晶は再び黒く淀んでしまった。


「まずば自分が持つ魔素を大概に放出するところから始めろ。放出できれば発光する。次に水晶の中に魔素を押し込めていくイメージで魔力へ変換するんだ。この水晶は変換を助けてくれるから、普通よりも魔力生成しやすいはずだ」


 どや顔で説明するポールだったが、ミハイルは終始浮かない顔をしていた。まるで結果が分かっているかのように、水晶を無感情な瞳で見つめている。


「何やる前から諦めてる。とにかくやってみろ!」


 促されるまま、ミハイルは水晶を両手で握りしめて魔素の注入を試みる。眉根を寄せて真剣に取り組むが、やはりなかなか発光には至らない。だが、しばらくすると一瞬だけ光が生じた。


「ほらみろ! そのまま練習しておけよ!」


 ポールは今度こそどや顔でミハイルの肩を叩いた。だがミハイルはまだぶすっとした顔をしている。それにあえて気づかないふりをして、ミハイルに練習を促した。


「先生! 私はどうすればいいの?」


 リーシャがしびれを切らしてポールへと声をかける。その声は気体に満ちており、うずうずとしていた。早く自分も不思議な特訓をしたくてたまらないらしい。そんなリーシャへポールはにやっと笑った。その笑顔を見て、リーシャの期待はさらに高まる。


「お前はこれだ!」


 ポールが弾んだ声とともにリーシャの目の前に一冊の冊子を投げ出した。リーシャはそれに勢いよく手尾伸ばして――顎が外れるかと思うほどあんぐりと口を開けた。その冊子には『まほうのきほん1』と書かれている。


「先生、これ子供向けドリルじゃないですか!」


 リーシャが焦ったようにその拍子をポールに掲げて見せた。その顔は間違っていますよとでも言いたげだ。


「そうとも。それは魔術学校入学前の子供向けドリルだ。――お前はそもそも知識がなさ過ぎる! 知識がなきゃ魔術が使えるわけがあるか! そのシリーズをやり終えるまで、コントロール練習はお預けな」

「そ、そんなぁ」


 リーシャは親の敵でも見るかのようにドリルを見つめた。こういう地味な勉強が大嫌いで今まで宿題もろくにやってこなかった。その付けが今巡ってきたのだろう。


「ほれ、さっさとドリルやらないと終わらないぞ。アーデルハイトだけ先に補習卒業しちゃうかもなー」

「独りぼっちの補習は嫌ッ!」


 リーシャはそれだけ叫ぶと、ドリルの一ページ目をめくって慌てて取りかかる。しかし一向にペンは進まない。


「……嘘だろ?」


 愕然とするポールの前で、リーシャはへらっと笑った。ポールは頭を抱え込むと、近場にあった初心者向け教科書をリーシャへと投げ渡す。


「調べながらでもいいから自力でやれ!」


 その言葉にリーシャは目に涙を浮かべながら、いそいそと教科書を読み始めた。その隣では難しい顔をして水晶を握りしめるミハイルの姿がある。先ほど一度光って以来、その水晶はびくともしていなかった。


「こりゃ、長くなりそうだな……」


 ポールはがっくりと肩を落とすと、ローブの内ポケットから煙草を取り出して火をつけた。

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