2-6 ミハイルとリーシャの秘密

 アントニーが元の位置へと戻るのを確認したポールは、試験者リストに目を移す。例年であればここで錬金術の試験は終わりなのだが、今年はあと二人生徒が残っていた。


「じゃあ、転校生の二人! こちらへ」


 ポールの一言で生徒全員がリーシャとミハイルを見つめた。ただでさえ緊張していたリーシャはその視線に一歩後退した。


「どうしよう、ミカ!」

「やるしかないだろ」


 強張った表情で立ち尽くすリーシャへそれだけ告げると、ミハイルは前へと進み出た。リーシャは置いて行かれるのは嫌だとばかりに、両手いっぱいに五元素由来の触媒を抱えて追いかける。そしてふと、ミハイルがあまりに軽装な事に気づいた。


「あれ、ミカの触媒は?」

「僕はこれでい」


 差し出されたミハイルの手の中には小瓶が二つ握られている。一つには銀色のどろっとした液体が入っており、もう一つには白い粉末が三分の一ほど入れられていた。その触媒の量は、ミハイルが持っているひときわ大きな石には到底不足しているように思えた。


「準備いいか? ……では始め」


 二人が土の上に移動したのを確認すると、ポールが開始の号令をかける。その声の大きさにびくっと弾んだリーシャだったが、すぐさま土に膝をついて魔法陣を描いていく。

 リーシャが描いた錬成陣は、典型的な五元素を用いる五芒星の錬成陣だ。触媒も教科書通りのものだが、ブラッドリーの完璧な再現に比べると、触媒の質や必要量がやや異なっている。


 リーシャが鬼のような形相で真剣に錬成陣を構築していく中、ミハイルは描いた円に合わせて銀色の液体を流し込んでいく。そして円の内側に無造作に白色の粉末をばらまくと、そこに一筆書きで六芒星を描いた。クロウリーの六芒星と呼ばれるその歪な星の中心に、今日用意された中で一番大きな石を置く。


「これはまた珍しい陣を選んだな」


 ポールがミハイルの描く錬成陣をしげしげと眺めながらぼそりと呟いた。その間にもミハイルはルーン文字で円の内側に数式のようなものを書き込んでいく。その様子に会場全体からどよめきが上がった。


「ルーン併用の錬金術だぞ」

「あんな難解理論、よく理解できるな……」


 本来錬金術とルーン魔術は全く別系統の魔術であり、それらを混合させて使用することは出来ない。しかし近年、術式の組み立て方によっては同時に発動できることが発見されたが、混合させるためには深い理解が必要で、成功例はまだあまり多くなかった。


「で、出来ました!」


 先に錬成陣を完成させたのはリーシャだった。少し遅れてミハイルも錬成陣を完成させると、両手をかざしてそれぞれが詠唱する。


「〈万物すべからく五素より成らん、我が前にて還元せよ〉――!」

「〈燃ゆる辰砂しんしゃ、素に銀と塩、赤く黒く融合せん〉」


 リーシャが緊張のあまり語気も荒く唱えると、辺り一面に閃光が迸った。思わずその場にいた全員が顔を手で覆う。刹那、幾重にも爆発音が鳴り響いたかと思うと、光の中心部から土埃が舞い上がった。

 光と土埃がようやく収まったときには、リーシャの錬成陣は石とともに跡形もなく消えていた。


「何が起こったんですの……?」


 目をまん丸にして石が置かれていた場所を見つめるニコールに、リアムがぼそりと呟いた。


「あの錬成陣は全く以て出来ちゃいなかった。石に対して触媒が過剰であったり極端に少なかったり……。そんな歪な錬成陣に急に大量の魔力を注ぎ込んだから暴発して消し飛んだんだよ」


 リアムは爆音でおかしくなった耳をほじりながら眉根を寄せてリーシャを見た。リーシャはもろに土埃を被ったせいで、激しく咳き込んでいる。


「というか、ミハイルは無事か!?」


 リーシャにばかり気をとられていたリアムは、慌てて埃でかすむ瞳をこすって目をこらした。

 そこには詠唱前と一切様変わりしていない錬成陣の前で、無言で佇むミハイルの姿があった。


「あら、ミハイルも失敗したようですわね」


 珍しい錬金術が見られると思っていたニコールはがっかりした表情を浮かべたが、リアムはその言葉を否定するように激しく首を振った。


「いや、ミハイルの錬成陣は完璧にしか見えなかった。少ない触媒もルーン文字で補正してあったし、失敗するわけ――」

「確かに錬成陣は完璧だ。なのになぜ起動しないんだ?」


 土埃の中から、ポールがゆっくりと姿を現すと、ミハイルへと問いかける。その顔は問いかけると言うよりは、すでに知っている答えをあえてミハイルに言わせようとしているように見えた。そんなポールの様子にミハイルは奥歯をぐっと噛みしめると、うつむいたきり微動だにしない。


 答えようとしないミハイルを見てため息を漏らすと、今度はリーシャへと向き直る。そしてしばらく考え込むように押し黙ると、生徒全員へと向き直った。


「休憩なしで悪いが、このまま次の攻撃呪文の実技に移らせてもらう」


 その言葉に一部の生徒から不平が漏れたが、ポールは聞く耳を持とうとしない。押し黙ったままのミハイルとリーシャの間に立ち親指と中指を打ちならすと、目の前に木製の長杖が現れた。


 それを手に取ったポールは、杖の先で地面に魔法陣を描いてゆく。最後に親指を小さく噛み切ると、あふれ出た血を一滴魔法陣へと垂らした。血が地面へと吸い込まれた刹那、魔法陣から光の柱が立ち昇った。


「〈我が愛しの機械人形マリオネット〉」


 ポールが呟くと、光の中心からデッサン人形のような関節を持った金属の人型が現れた。


「次の課題は自立式機械人形オートマリオネットを魔術で破壊することだ。――まずはミハイル・アーデルハイト、お前からだ」

「――なっ」

「なに、難しいことはない。同じ内容の試験を三年生にも出しているからな」


 その言葉を聞いてミハイルが周囲を見渡すと、周りで見ている生徒たちは確かに安堵の息を吐いていた。グリーソン魔術学院の生徒にとって、自立式機械人形を無条件下で倒すことなどたやすい。


 多くの生徒の予想では、攻撃呪文の種類になんらかの制限を設けてその難易度を上げるか、複数体の自立式機械人形を相手にするだろうと考えていた。そのためどの魔術を使っても良く敵は一体のみというこの試験は、生徒たちに言わせれば点取り問題であった。


「今年の攻撃呪文は楽勝だな!」


 リアムが自立式機械人形を見てウキウキと答えると、ニコールは納得がいかないとばかりに腕組みをしてふてぶてしく口を尖らせた。


「なんてつまらないのかしら。ミハイルだってあれだけの錬成陣を構築する秀才ですのよ。これでは本気を見せる前に終わってしまいますわ」


 ニコールは残念そうに首を振ると大きくため息を漏らす。そして今度は少し離れたところにいるブラッドリーを見た。


「この内容では、大きく差をつけるのは難しそうですわね」


 多くの生徒が簡単な試験で喜ぶ中、がっくりと肩を落としているのはニコールくらいである。そんな生徒たちをよそに、ポールはゆっくりと土の上から降りて、ミハイルへ場所を明け渡した。そしてにやっと笑って呟いた。


「では、始め」


 唐突に始まった試験に、周囲の空気は一気に張り詰めた張り詰めた。対峙した両者は全く動く気配がない。この状況に先にしびれを切らした機械人形の方だった。甲高い不協和音を轟かせながら、ミハイルへと勢いよく襲いかかる。ミハイルとの距離は一メートルほど。数歩踏み込んだだけで、自立式機械人形はミハイルの懐に入り込める距離だ。


「――ッ」


 生徒たちの見守る視線の前で、ミハイルは固唾を飲むばかりで微動だにしない。


「あ、あれ? このままじゃ――」

「ミハイル! 早く攻撃を!」


 リアムとニコールが切羽詰まった声を上げる。だがそれでもミハイルは動かない。


(分かってる、分かってるけど――)


 そして、自立式機械人形はミハイルの目の前へと到達した。耳を覆いたくなるような機械音とともに、その腕がミハイルの首を掴もうとして――。


「ミカに触るなぁッ!」


 真横からリーシャの拳が飛んできた。その拳の勢いに、一〇〇キログラムはあろうかという巨体が数メートル先まではじけ飛んだ。リーシャはでくのぼうと化した自立式機械人形を見ながら、右手をポキポキと鳴らす。かなりの衝撃音であったが、その拳は無傷のようだった。


「ミカ、大丈夫?」


 リーシャが背後に立っているミハイルを振り向いた。その顔はうつむき、表情が窺えない。


「なんであの雑魚に攻撃魔術を使わなかったの?」

「俺が知るかよ」


 終始棒立ちを決め込んでいたミハイルに対して、生徒たちからは懐疑的な声が漏れていた。そんな生徒たちをリーシャがキッと睨みつけると、面食らったように押し黙った。


「やっぱりお前ら――」


 生徒たちをかき分けるように、ポールがミハイルとリーシャの前へ歩み出た。その顔はいつになく険しい表情を浮かべている。


使?」


 ポールが発した衝撃の言葉に、生徒たちがどよめきがあがった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます