1-3 二人目の転校生?

 未だ熱を帯びた風があたりを吹き抜ける中、息を切らしながら金髪の少年が進んでいく。この緩やかな坂道を登り切った先に、目的地であるグリーソン魔術学院がそびえ立っていた。


 丘の上にそびえ立つ石造りの古城を見上げるこの五番街は、ダラムの街随一の商店街だ。学院へと続く登り坂の両脇には、登校中の学生を誘惑する様々な露天が所狭しと並んでいる。その声に呼び止められたら最後、初回の授業には間に合わなくなるだろう。


 ちらりと露天に視線を向けると、すでにその魔の手に捕まった生徒が何人か見受けられた。その魅力ある商品の虜になった生徒たちは、時間を忘れて買い物を楽しんでいる。


 ふと、視界の隅に揺れる黒髪が見えた気がした。ミハイルは思わず足を止めて振り返る。そこには長い黒髪を揺らしながら、登校中の学生へ花を売っている中年女性がいた。籠に摘まれた花は白一色であったが、生徒がその花を受け取ると、花弁はピンク色へと変化した。

 そしてその花は鈴のような澄んだ声で、見事な歌声を披露する。どうやら手に取った人物の魔力特性で色や歌が変わるらしい。一瞬その光景に見惚れてしまったミハイルだったが、すぐさま気を取り直すと足早に校舎へと向かった。


 ほとんどの生徒は前日までに寮に戻るのだが、家族と離れるのが名残惜しい一部の生徒は始業の当日になって学院へ戻り、こうして駅舎から直接登校するらしい。

 ミハイルは出発の直前になって転校を渋り始めたマークのせいで、前日の登校を見送っていた。今朝方に交わしたマークとの言葉を思い出す。




「気をつけろよ」

「子供じゃないんですから大丈夫ですよ」


 まだ太陽が顔を出す前の薄暗い頃。遠くの山間やまあいから覗く僅かに白んだ空を見ながら、マークはいつになく険しい表情を浮かべている。口に咥えた煙草から登る白煙は、東雲しののめの空に溶けるように消えてゆく。マークの隣で眠たそうに瞼を擦っていたジェフは、その背中を小突かれると慌ててトランクを差し出した。


「ありがとう、ジェフ」

「次はもっと遅く出発できる学校にしてくれよな」

「いや、次はないから…」


 苦笑いをしながらトランクを受け取り、迎えの馬車が来ている大通りの方を向く。横目に屋敷を見れば、煙突からもくもくと白煙が浮かんでは散っている。ジェフの両親が朝食の仕込みを始めたのだろう。毎日この時間から作り始める朝食は、どこのレストランのものよりも美味しい。それが食べられなかったことを少しだけ残念に思いながら、マークたちを振り返った。


「では行ってまいります」


 そうして一歩踏み出したとき、背後から声がかかった。


「――副院長の孫には近寄るなよ」


 マークは咥えていた煙草の煙を見ながらボソリと呟いた。ミハイルはその言葉の真意を測りかねて小首を傾げる。


「たしかに、副院長にはいい噂を聞きませんが……」


 ミハイルが投げかけた言葉を遮るように手に持った煙草を振ると、あたりに視線を這わせる。当然、こんな早朝に出歩いている人はいない。それをしっかりと確認すると、重い口を開いた。


「これは捜査機密だが――」


 マークは警察組織内にある魔術犯罪対策課と呼ばれる部署に所属している。書斎にあふれる資料も実は、それらに関する機密書類だ。持ち帰って抱え込んでいることがバレたら首が飛ぶだろう。


「最近、あの学校で生徒が失踪している。この編入の受け入れも、それによって減った生徒の補充だろう」

「それと副院長の孫がどう関係しているんです?」


 ミハイルの尖った声に一瞬たじろいだマークは、後頭部を掻きむしった。


「これ以上は言えん! とにかく気をつけろ!」


 乱暴に話を遮ったマークに、ミハイルはかぶりを振ると嘆息を吐いた。いつも肝心なことは言わずに、気を引くことだけをちらっと垣間見せるのはマークの悪いくせである。

 だがそのせいでなかなか忘れられないのも事実であるので、もしかするとそれを狙っている智将なのかもしれない。

 そんなことを考えていた目の前で、指に挟んでいた煙草が燃え尽きて小さくなる。そしてマークの指をわずかに燃やすと、慌てて振り落とした。


「アッチィ!」


 その様子に智将の線はないなと思いながら、ミハイルはそのまま大通りを目指した。




 丘の上から吹き抜ける風がミハイルの纏う純白のローブをたなびかせると、深い思考の海から現実へと引き戻された。被っていたベレー帽が風で飛ばされかけたが、慌てて手で押さえつける。


 ダブルボタンの白いジャケットは見た目に反してかなり軽い。ミハイルは瞳の色と同じ碧いネクタイをきゅっと締め直すことで気持ちを引き締めた。


「今度こそ、卒業してやる」


 しばらく坂を登ると、三メートルはあろうかという巨大な城壁が見えてきた。その城壁に唯一設けられている門には、重厚そうな鉄格子がはまっている。視界を覆う人混みが一瞬だけはけたとき、その隙間から城門前に立つ小柄な人影が見えた。


 向こう側もミハイルを見つけたらしく、こちらへ向けてぴょんぴょんと跳びはねながら手を振っている。跳躍が最高潮に達したときだけ頭一つ分人混みから飛び出すが、またすぐにその姿は紛れてしまう。結局ミハイルが城門目前にたどり着くまで、その人物は飛び上がり続けていた。


「え……と、ミハイル……さん、ですよ……ね?」


 小柄な人物は息も絶え絶えに、ミハイルへと声をかけた。膝に手をつき肩で息をしている人物は、二十代後半ほどの女性だった。短いボブヘアが呼吸に合わせて揺れている。毛先が寝癖で様々な方向に飛び跳ねているが、どうやら気にならないらしい。ミハイルが問いかけに頷いたのを確認すると、ニコッと笑ってから呼吸を整える。


「私はあなたの学年の担任を務めるジモーネ・ペルシュマンです。よろしくお願いしますね!」

「先生でしたか、てっきり下級生かと思いました」

「またまたぁ。冗談がうまいんですね!」


 ジモーネは若く見えるとお世辞を言ったのだと勘違いしたようだが、ミハイルは本気で下級生だと思っていた。ジモーネの目鼻立ちははっきり言って幼い。その上この行動である。とてもじゃないが教師には見えなかった。


「本当はもう一人編入生が来るんですが、どうやら遅れているみたいですね……。まずはミハイルさんだけでも入学手続きを完了させてしまいましょう! 先日の仮手続きではこの門を自由にはくぐれませんから」


 もう一人の編入生と聞いて一瞬身構えたが、ミハイルはすぐに頭からその嫌なイメージを吹き飛ばした。こんな名門校に、正直いってビリから数えた方が早いあいつが編入できるはずはないのだ。


 ジモーネが門の中に入るのを見て慌ててその後に続いたのだが――通り抜けた瞬間、ミハイルの全身にピリリとした静電気のような衝撃が走った。


「――くッ」

「あ、だ、大丈夫ですか!?」


 突然の襲ってきた衝撃でミハイルは大きくよろめいた。その様子にジモーネが駆け寄ってきて申し訳なさそうに呟く。


「ごめんなさいね。ここの門は見せかけで、実際には関係者以外を通さない結界が張ってあるのです。仮手続きは終わってるから干渉を受けないと思ったんだんですけど、ちょっとやられちゃったみたいですね」


「いや、大丈夫です……」


 頭を少し振って痺れを吹き飛ばすと、体を支えてくれたジモーネに礼を言った。ジモーネはしばらく心配そうにミハイルを見ていたが、痺れる前と変わらない歩きぶりを見てほっと胸をなで下ろした。


「今日ちゃんと手続きを終えれば干渉されずに出入りできるようになりますからね! ただ、外出するときには必ず教師へ申請書を提出してくださいね」


 グリーソン魔術学院は建国時に建てられた最古の魔法学校のひとつであり、学院内に機密事項も多い。警備は厳重にならざるを得ないのだろう。


「それにしても今まで大変でしたねぇ」

「え?」


「ずっと病気で入退院を繰り返していたんでしょう? だから転校や休学ばかりになってしまったと、あなたの後見人さんから聞いたのですけど……」


「あ、ああ! そうなんです! ……ゴホゴホッ。まだ本調子ではないんですけど、また魔術が学べるなんて本当に嬉しいです!」


(そういう設定にしたなら事前に言っておいてくれてもいいのに)


 白々しく咳き込んで病弱っぷりをアピールしたのだが、事実ミハイルは体が弱かった。そのせいで休学したことは一度だってないのだが、陶器のように青白い肌が、その嘘に真実味を与えていた。


「職員室で手続きを済ませたら、そのまま授業に向かってくださいね。確か最初の授業は……」


 ジモーネは手元にある時間割を見た。「んんっ?」っといいながら凝視している時間割は逆さまだ。ミハイルは小さくため息をつくと、それを手に取って正しい位置へ回した。


「魔術史のようですね」


 ミハイルが時間割の該当箇所を指さすと、ジモーネの顔が一気に青ざめた。そして歩く速度を速める。


「魔術史の授業は絶対に遅れちゃだめです! ほら、急いで! さっさと手続き終わらせちゃいましょう!」


 うわずった声でせかすジモーネに、ミハイルは小首をかしげながらその後に続いた。どうやら魔術史の授業に遅れるのがよっぽど怖い様子だ。二人は校舎内へ入ると、一直線に職員室を目指した

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます