1-2 名門学校へのお誘い

 トロールを殲滅した翌日、言わずもがなミハイルは退学となっていた。


 それから一週間、ミハイルを受け入れてくれる魔術学校を国中探しているものの一向に見つからなかった。

 ミハイルには両親がいないため転校の交渉も基本的には自分で行わなければならない。今日もめぼしい学校に交渉に行ったのだが、すでにあの有力議員の手回しがされており門前払いを食らっていた。ミハイルは冷静そうな顔をして居候先の門を潜るが、噛みしめた唇からは血がにじんでいた。


「ミーシャ坊ちゃん、旦那様がお呼びだよ」


 庭園に咲く薔薇の手入れをしていた庭師のジェフが、ひょっこりと藪の中から顔を出した。日に焼けた浅黒い肌を引き立てるように、白い歯を見せてにかっと笑う。歳はミハイルと同じくらいでろうか。ジェフの両親もこの屋敷で働いているため、必然的に庭師となった少年だった。気難しいミハイルの数少ない理解者でもある。


「……どうせ小言だろ。後で行くって伝えておいてくれないか」

「それがちっがうんだなー。いいから早く旦那様のところへ行ってみろって!」


 背後から庭仕事用の鎌を振り回して追い立ててくるジェフに、たまらずミハイルは屋敷へと入った。ミハイルの住まいは敷地内の離れに設けられているため、めったに母屋には足を踏み入れない。入り口から続くそこまで長くもないくせに暗く淀んだ廊下を進むと、突き当たりに後見人である叔父の書斎がある。


 書斎の前まで歩いて行ったミハイルは、そのドアをノックしようとして拳を握ったものの、それを叩くことが出来ずにいた。うつむいたまま大きなため息を漏らすと、戸の内側から見計らったかのように声が響いてきた。


「ミハイルか? いるなら入ってこい」


 ばれてしまってはいつまでも立ち尽くしている訳にはいかない。意を決してドアノブを握ると、勢いよくひねってドアを開けた。


「失礼します、マーク叔父さん」


 入ってすぐに目につくのは、天井まで覆い尽くされた書籍の数だ。ドアのあるこの壁以外の三面がすべて本棚となっている。その多くは研究者であったミハイルの祖父母が集めたものだ。現在もどこかで生きているらしいが、破天荒な二人は世界中を飛び回っており消息不明だった。

 よってありふれた常識人として生まれてしまった叔父がそのすべての不利益を被っている。まだ三十代前半だというのに、やや白髪交じりの焦げ茶色の髪が、その苦労の多さを物語っているようだった。


 本棚の前には書類で埋め尽くされた書斎机が置かれている。当然マーク・キルシュはそこに座っていると思っていたのだが、そこに姿はなかった。

 その手前に置いてあるローテーブルに視線を移すと、困った顔のマークがソファに座している。マークを困らせているのはその対面に座っている初老の紳士だろう。興味津々な面持ちで、が入れているお茶をしげしげと眺めていた。


 お茶をティーカップに注いだ後、猫はエプロンのポケットからシュガーポットとミルクの入ったクリーマーを取り出す。物理的にそのポケットに入っているわけはないのだが、あれも魔術の一種なのだろう。

 猫は恐らく、マークが召喚した給仕用使い魔である。猫の姿なのは完全にマークの趣味だ。


「あなたがミハイル・アーデルハイト様ですかな? 今日はあなたに用事があって来たのですよ」


 初老の紳士が立ち上がって握手を求めてきた。訳が分からず立ち尽くしていたミハイルだったが、我に返ると慌ててその手を握り返した。差し出された手を取らないことほど失礼なことはないだろう。


「あの、僕に用事というのは……」


 怖ず怖ずと口を開くミハイルのことを、初老の紳士はなめ回すように見つめた。そしてマークへ視線を移すと満足げに頷く。品定めされるような視線にミハイルが困惑していると、マークが苦笑いしながら声をかけてきた。


「こちらはグリーソン魔術学院の副学長をされているお方だ。ありがたいことに、お前を学院に迎え入れてくださるそうだ」

「え、あのグリーソン魔術学院に!?」


 正式名称を魔女と魔術師のためのグリーソン魔術学院というその学校は、魔術創世記に誕生した四大魔法学校のひとつだ。先天的に秀でた魔術センスを持っている者にのみ入学許可証が届くとされ、めったに途中編入は受け入れないことでも有名だった。


 ときおり気まぐれのように編入生を募っては無理難題な課題を課していくのだが、それによって潰されていく生徒も多く、その様を見て楽しむのが趣味だと揶揄されるほどの難関校である。


「先日、あの混血議員の息子を懲らしめたと聞きましてな。私もあやつには手を焼いていたのですよ! しかしあなたは正しいことをしたというのに行くところがないというではありませんか! それならば是非うちにと思いましてなぁ」


 ”混血議員”という言葉を聞いてミハイルは眉をひそめる。グリーソン魔術学院の副学長であるマクシミリアン・アローが血統主義という噂は本当だったらしい。


 血統主義とは一〇世代以上続く魔術師家系こそ至高であるとする考え方をいい、このような家系のことを魔術血脈と呼ぶ。魔術血脈の中でも魔術創世記よりその血脈を絶やしていない十の家系を十傑と呼び、かなりの影響力がある。


 魔術血脈が一〇世代以上と規定されているのには、一応きちんとした理由がある。非魔術師ニヒルが魔力を得た場合、その力は一〇世代を過ぎるまでは不安定で突然消失する可能性がある。一〇世代を超えると弱まることはあっても消えることはなくなるので、そこで晴れて魔術師の一員とされるのだ。


 このようにもともとは非魔術師ニヒルの家系であったにもかかわらず、突然変異によって魔力を授かった一〇世代未満の魔術師を新世代と呼ぶ。特に一世代目の魔術師はニヒル出身とさげすまれる傾向にある。そして魔術血脈だった者がニヒルや新世代と婚姻を結んだ末に生まれた子供を混血と呼ぶ。


 あのミハイルが倒したトロールの飼い主の祖父は、魔術血脈でありながら新世代と結婚し、新世代、混血双方の代弁者として人気を博していた。正直、数でいえば新世代の方が圧倒的に多い。そのため新世代の票を獲得していた議員は、混血でありながらもかなりの影響力を持っており、血統主義からすれば目の上のたんこぶだったのだ。


「公爵閣下があのような混血のせいで学び舎を追われてはなりません。どうか、我が校へお越しください」

「公爵はやめてください。ミハイルで結構ですから」


 マクシミリアンがミハイルを気に入っているのは、単に目障りな混血議員の息子の失態をさらしたからというだけではない。


 ミハイルは五大公爵家のひとつであるリーゼンフェルト公爵家の現当主である。六歳のときに事故で父を亡くしたため、若くして公爵位を継承したのだ。あわよくば公爵家に恩を売って、将来的な保険をかけておきたいのだろう。


 ちなみにマークはミハイルの母の弟であり、魔術血脈ではあるものの平民である。召喚士の家系としてそれなりに由緒はあるが、召喚士は自身の力ではなく召喚獣の力で勝負するため、魔術師の中では見下される傾向にある。


(魂胆は気に食わないが、これはチャンスだ)


 ミハイルはニコニコと両手を広げているマクシミリアンをじっと見つめた。あまり学校運営に興味のない学院長をいいことに、実権を掌握しているというマクシミリアンにはあまりいい評判を聞かない。


 だがどんなことをしても王室直属魔導士団に入団したいミハイルにとって、迷っている余裕はなかった。五度も問題を起こしているミハイルを受け入れてくれる学校など、もう他に見当もつかないのだから。


「……では、どうかよろしくお願いします」


 改めてミハイルが述べた言葉に、マクシミリアンは大いに喜んだ。


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