2-5 錬金術試験

 実力テスト二日目。生徒たちは中庭の一角へと集まっていた。


「ええっと、〈万物すびゃから――〉あ、噛んじまったぜ……。〈万物すべからく五素よりなりて――〉あれ、〈五素より生じ〉? ねえ! 錬金術の詠唱ってどっちだっけ?」


 昨夜徹夜して覚えた呪文を繰り返し唱えたために、リアムの口は回らなくなっていた。そして何度も言い直すうちにだんだんと詠唱文句が崩れていき、正しい詠唱がどれだか分からなくなっていた。


「リアム、落第おめでとう」


 焦るあまりに唇を震わせているリアムへニコールはにっこりと微笑みかけた。その笑顔を見て、冷や汗を流しながら詰め寄っていく。


「いや、そうじゃなくって正解教えてくれって!」

「自分で調べることですわね」


 ニコールがツンッと突き放すと、リアムは絶句してたじろいだ。そしてミハイルとニコールの顔を交互に何度も見比べる。


「詠唱大全は重いから部屋に置いてきちゃったんだよ! 覚えたと思ったからカンペも作ってきてないし! 頼むって!」


 子犬のように周囲をうろうろしながら懇願する様を、ニコールは意地の悪い顔をして無言で見つめている。さすがに可哀想に思ったミハイルは苦笑しながら口を挟んだ。


「〈万物すべからく五素より成らん〉だよ」

「うわ、ミハイルありがとう! どこかの誰かとは大違い――」


 リアムが何かを言いかけたとき、その脳天を鈍痛が駆け抜けた。思わず頭を押さえてうずくまる。そして抗議するように背後を振り返って唇を尖らせた。


「何すんだよ!」

「私の詠唱大全貸してあげようと思ったまでですわ」


 ニコールがどこからともなく分厚い本を取り出すと、その本の角をリアムの頭へ突き立てたらしい。

 リアムはブツブツと文句を言いながらも、ニコールから本を受け取ると、パラパラとページをめくり、曖昧になった詠唱文句を確認していく。


「実技テストって何やるの? 昨日魔術式見てたら朝になってて……」

「つまり寝てたんだな」


 ミハイルが錬金術の教科書を読みながらぼそりと呟くと、リーシャは笑顔でその後頭部を殴打した。その衝撃で前につんのめったミハイルは、教科書へと思いっきり眼鏡を打ち付けた。押し当てられた鼻当てのせいで赤くなった鼻根をさすりながらリーシャを睨むが、当のリーシャはそっぽを向いてしまい全く目わ合わせようとしなかった。


「おーい、そろってるかー?」


 校舎の方から気だるげな声とともに一人の男性が現れた。ボサボサの髪に無精ひげを携えたポールは、生徒たちの数を数えている。


「よし、全員いるな。じゃあ一科目目始めるぞ。ついてこい」


 ポールの後についていくと、芝生の中にぽかんと土がむき出しになっている広場へ出た。土は二五メートルほどの長方形に盛られており、その周囲には長テーブルがいくつか置かれている。そのテーブルの上には様々な物質が並んでいた。ポールは土で出来た長方形のちょうど中央に立ち、生徒たちに向き直った。


「最初は錬金術の実技だ。この石ころを金に変えてくれ。触媒はそっちのテーブルにあるものを好きに使っていいし、持ち込んでもいい」


 ポールは長テーブルの一つを指し示した。そこには大きさや色がまちまちの石が並べられている。その隣のテーブルには金属や液体など、様々な触媒が用意されていた。


「持ち込んでもいいって、課題を知らなかったんだから用意なんかできるわけないじゃない」


 リーシャが困惑した顔で振り返ると、鞄から見慣れない金属を取り出しているリアムと目が合った。


「か、貸さないからな!」


 鋭い視線で触媒を見つめられたリアムは、思わずそれを隠しながら逃げていった。よく見ればほとんどの生徒が大きく膨らんだ鞄を持参している。そして自らが持ち寄った触媒に合わせて、テーブルに並んだ石の中から都合のいい物を選び取っていく。


「何が出てもいいように準備しておくのが正しい学生のあり方ですわ」


 同情するような顔をしてリーシャの肩をぽんっと叩くと、ニコールも石の並んだテーブルに近寄って選定を始めた。

 そして何もせずに立ち尽くしているのはリーシャとミハイルのみになってしまった。


「……ミカも何にも用意してないわよね。よかったぁ」


 リーシャがほっとしたように呟くと、ミハイルはきょとんとした顔をしてリーシャを見た。


「僕は別にどの触媒でも、どの石でもいいから。余ったものを使うだけだけど?」

「え、何その自信!?」


 リーシャはしばらくミハイルと触媒を選定している学生とを見比べて、慌てて触媒に駆け寄った。


「わ、私でも使える触媒がなくなったら困る!」


 そしてバーゲンセールに押し入るおばさんのように生徒たちを押しのけると、良さそうな触媒の争奪戦へと加わっていった。ミハイルはそれを尻目に、再び教科書へと目線を落とすと、全員が石と触媒を選び終えるのを待った。




「じゃあ名前を呼ばれたものから進み出てくれ。まずはニコールとブラッドリーから」


 六年生の監督生である二人の名前が呼ばれると、触媒を片手に術式構築をしていた多くの生徒の手が止まる。みんな自分のことそっちのけで、土で出来た舞台の方へと歩み寄った。二人がどのような術式を展開するのか気になるようだった。


「では、始め」


 ポールの声に合わせて、ニコールとブラッドリーは土の上に錬成陣を描いていく。

 石を金に変えると言っても、術式は一つではない。石に含まれている成分や用いる触媒によって、術式が異なれば錬成陣も変化する。


 ブラッドリーが用いた錬成陣は、近代錬金術の基礎である五大元素を主とするもので、五芒星をあしらったものだ。

 対してニコールが用いたものは古典的錬金術で広く用いられる四大元素論から引用した、円の中央に正方形をあしらった錬成陣だった。


 近代錬金術では火、水、気、土の四大元素に加えて、エーテルと呼ばれる五元素目を用いて錬成する。近代錬金術はエーテルを何と定義するかで議論が分かれるところだが、ブラッドリーは小瓶に集めた水をエーテルとして用いるようだった。


「これは満月の夜に、その月光を浴びた夜露を集めたものです」

「ほう」


 ポールは錬成陣を構築していく二人の間を歩き、その触媒一つ一つを確認していく。エーテル以外の火、水、気、土の四元素は二人とも共通しているものの、それぞれのモチーフとして選ぶものはやはり異なっていた。ニコールは実際に火を灯したが、ブラッドリーは火の元素として溶岩石を用いていた。


「最後の満月って、確か一週間前よね? そんな前から準備してるっていうの?」

「触媒集めは錬金術師の基本だぜ? 隙あらばいい触媒がないか探しに行くものなのさ」


 リーシャはついていけないとでも言いたそうにげんなりした様子で二人を見ていたが、その横ではリアムがウインクして錬金術を語っていた。


「俺んちも代々錬金術師だから、触媒にはちっとばかしうるさいぜ?」

「その割に錬金術の詠唱覚えてないのね」

「いや、あれはその……俺忘れっぽくてさ!」


 リーシャはテストが始まる前のリアムの言動を思い出してぼそりとつぶやいた。その言葉にリアムが取り乱したとき、二人の錬成陣構築は終わったようだった。多くの生徒が見つめる中、二人は錬成陣の中央に選んだ石を置くと、両手をかざしてゆっくりと詠唱を開始する。


「〈万物すべからく五素ごそより成らん、我が前にて還元せよ〉」

「〈万物すべからく四素しそより成らん、我が前にて還元せよ〉」


 それぞれが呪文を唱えると、頂点に置かれていた触媒がどろっと溶解した。そして液状になった物質が一直線に中央へ集約すると、石に薄い被膜をはるかのように覆いかぶさった。次の瞬間には錬成陣が一気に光り輝いて周囲の人間の視界を奪う。

 その光が徐々に収まると、二人の錬成陣の中央には見事な金塊が置かれていた。


「うわあ、すごい!」


 その大きくきらびやかな金塊に、リーシャは思わず感嘆の声を漏らす。ポールはそれぞれの金塊へと近寄ると手に取って調べ始めた。天秤にかけて重さを計測したり、宝石用ルーペで細かく調べたりしている。


「大きさは元の石の八〇パーセントってところか。ほとんど無駄なく錬金できたな。純度も十分ある。いいだろう」


 その言葉を聞いてニコールはにやっと笑った。そして土で作られた舞台から出ると、リーシャたちのところへ戻ってくる。


「お疲れ様!」

「絶対私の方が純度は上でしたわね!」


 ニコールは鼻息荒く自身の錬金術の出来映えについて語っていた。それにややうんざりし始めた頃、リアムの名前が呼ばれたため意気揚々と逃げ出した。


 リアムはブラッドリー同様に五素を用いて錬成陣を構築した。だが触媒を置く位置が少し個性的であった。本来はブラッドリーのように五芒星の頂点に触媒を配置するのだが、リアムはあえて五芒星の中に浮かび上がった五角形の頂点に置いた。そしてエーテルとして隕石の欠片を使用した。


 より目的物に近い位置に触媒を置くことで反応性を高めることが出来るが、注入すべき魔力量の調整が極めて微細となる。また隕石の欠片という強力な触媒を一つ用いることで、その他の要素である火、水、気、土の触媒使用量を半量以下まで抑えることに成功した。


「いいだろう。だが他の触媒使用量を抑えられても、隕石なんて高価な触媒を使ってたら意味ないからな」

「うっ……」


 どや顔で完成した金塊を掲げていたリアムへ、ポールは無表情のまま講評を投げかける。それを聞いて顎がはあずれそうなほど大きく口を開けたリアムであったが、反論しようにも非の打ち所のない指摘にただ口を戦慄かせる事しかできなかった。そうこうしているうちにポールが次の生徒の名を呼んだので、リアムは名残惜しそうに土の上を後にする。


「でもすごいじゃないの! あんな綺麗な金塊を錬成できたんだから自信もって!」


 がっくりとうなだれて戻ってきたリアムをリーシャが慰めるが、ニコールは意地の悪い笑みをたたえてリアムへとにじり寄る。


「金を安価に手に入れることが目的ですのに、下手したら金より高額な隕石を用いるなんて愚の骨頂ですわね!」

「それ以上言うなぁぁぁっ」


 勝ち誇ったようにたたみかけるニコールの言葉に、思わず耳を塞いでうずくまったとき、試験を見守っていた生徒たちの方からどよめきが聞こえた。

 その声につられて身を乗り出したリアムとニコールは絶句する。


「ちょっと、何ですのあれ!」

「今試験やってるのって”落ちこぼれアントニー”だよな!?」


 生徒たちが見ている視線の先には、極度の近眼のために分厚い眼鏡をかけた小さな青年が立っていた。その青年の目の前にはただの円が描かれている。その円の中には五芒星も、正方形もない。ただその中心にはかなり大きな金塊が置かれていた。それは用意されていた石より一回りも大きい。


「あれって、元の石よりも錬成後に質量が増したって事だろ? ありえねぇ!」

「触媒は何を使ったんですの!?」


 二人は額からやや汗を流しながら棒立ちで見ていたミハイルへと駆け寄る。一瞬の沈黙の後、ゴクリと生唾を飲んだミハイルは静かに答える。


使。アントニーは土と、その中に元から含まれる微量な無機物を使って錬成させたんだ」


 その返答を聞いて、思わず二人は言葉を失った。アントニーと呼ばれた青年も初めは自身が錬成した金塊を茫然自失状態で見ていたが、徐々に実感がわいてきたのか肩を大きくふるわせた。


「ははっ、この僕がこんな金塊を? ふ、ふふふふふッ! あはははははッ!」


 アントニーは錬成した金塊の前にしゃがみ込み頬をなすりつけると、高らかに笑い声を上げた。その笑い声は空間にこだまし、なぜだか酷く不気味に思えた。


「元の質量の約1.5倍か……。去年は鉄の錬成にさえ苦戦していたのに、この一年でかなり、いや、達人並みに腕を上げたな」


 ポールは歩み寄ってその金塊をルーペで凝視する。その金塊は大きさだけでなく純度も一級品であった。どうやら石の周りにだけ金の膜が張られたわけではなさそうだ。ポールは感心しながらも、昨年からのあまりの変化に不信感を拭いきれない様子だった。


 だがポールの目の前で錬成したそれは、まぎれもなくアントニーの作品である。ポールは取り合えずこの現実を受け入れようと軽く頭を振って立ち上がる。そしてアントニーを舞台上から下がらせた。周囲で観客となっていた生徒は、不気味に笑う元”落ちこぼれアントニー”から距離をとると、遠巻きにその様を眺めていた。

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