2-4 リーシャがグリーソンに編入したわけ・改

 昼食後の筆記試験も午前中と変わらない内容であった。試験管のポールはぼーっとしているようでしっかりと生徒を見ているらしく、午前も含めれば十二人の生徒がカンニングによって落第となっていた。


「ミハイルは試験どうでしたの?」

「まあ、六〇点は取れてると思うよ」

「転校早々落第になってたらたまらないもんな!」


 わいわいと話しながら寮へ向かう道すがら、一人浮かない顔をしているリーシャの姿があった。


「もうだめだわ。私きっと落第だわ」


 頭を抱え込んで歩くリーシャをなだめるように、ニコールがその背をさすった。


「何言ってるんですの。少なくともグリーソンの編入試験を突破したのですから、落第するようなことはありませんわ」


 リーシャを安心させようと放った言葉だったが、どうやら逆効果だったのかその顔はさらに青白くなっていく。そしてふらふらとよろめきながら、寮とは正反対の方向へと一人歩き出した。


「おい、どこに行くんだ?」


 リアムが心配そうにその背中を呼び止めると、リーシャの足取りは一瞬止まった。だが振り返りもせずに、小さい声で唸るようにつぶやく。


「ちょっと、夜風に当たってくるわ……」


 そう言い残すと、リーシャは庭園の影へと消えていった。残った三人は互いに顔を見合わせる。


「どうする? ついて行くか?」

「いえ、少し一人にさせてあげましょうか」


 言いしれぬ悲壮感を漂わせたその背中に、かける言葉が思いつかなかった二人はしばらくそっとしておくことにした。そしてリーシャが消えた方向へ背を向けると、後ろ髪を引かれつつも寮を目指して歩き出した。




「おい、お前……何でグリーソンになんか編入したんだよ」


 庭園のベンチに座り頭を抱え込んでいたリーシャは、頭上から浴びせられたつっけんどんな声にゆっくりと顔を上げた。そこには息を切らしてリーシャを見下ろすミハイルの姿があった。

 一旦はリアムたちとともに寮へと戻ったのだが、適当な理由をつけて寮を抜け出すと、走ってリーシャを追いかけてきたのだった。


 ミハイルの予想通り、リーシャは目を潤ませて思い詰めたような顔をしていた。その顔を見て言葉に詰まったミハイルは、後頭部をかきむしるとリーシャの隣へと座った。そして無言のまま、太陽が沈んで星がちらつき始めた空を眺めた。

 責めることも馬鹿にすることもしないミハイルにほっとしたリーシャは、地面を見つめて足をぷらぷらと揺すった。そして重い口を開く。


「……お母さんがね」

「うん」

「賭けで勝ったのよ」

「うん……って、え?」


 予想外の言葉に、ミハイルは空に投げていた視線をリーシャへと移した。ミハイルの驚きようを感じ取ったリーシャは、気まずそうに頬をポリポリと掻いて目を泳がせる。


「お母さん、すごくカードゲームが強くてね。昔はカジノの女王って呼ばれてたんだって」

「……想像できないな」


 ミハイルは何度かリーシャの母親に会ったことがある。問題発覚後に謝罪目的で学校に来ていたところを目撃したからかもしれないが、綺麗な金髪を一纏めに結い上げ、リーシャと同じ凜とした紫色の瞳で相手を見つめるその姿はとても上品な人に思えた。カジノでブイブイ言わせるような破天荒な人物とは全く結びつかない。


「ここの副院長さんがカードゲームが大好きだって噂を聞きつけて、カジノで勝負を挑んだの。私の編入をかけて。それでお母さんが勝っちゃって……」

「それで前回の中堅校ですら成績最下位だったのに、名門グリーソン魔術学院へ編入したと」


 その言葉に小さく頷くと、所在なげに揺すっていた足をピタリと止めた。そしてがっくりと肩を落とすと、地面を見つめながらうめき声に近い声を上げる。


「私、問題を起こすどうこうじゃなくて、普通に成績不良で卒業できないかもしれない……」


 二人の間にしばらくの沈黙が流れた。リーシャになんて言葉をかけてあげればいいのか思いつかなかったからだ。正直言って、リーシャは自分の立場をよく理解できていた。普通に考えるならば、リーシャの成績でグリーソン魔術学院を卒業することは難しい。


 ミハイルはその場しのぎにしかならない慰めをするほど優しくはなかった。だがリーシャもそれを分かった上で話しかけている。ミハイルの嘘偽りを述べない性格は、嫌いではなかった。


「とりあえず、僕たちの最大の難所は明日だ。今日で落ち込んでいるようじゃ到底卒業は出来ないよ」

「明日? 明日何かあるの?」


 きょとんとした顔で問いかけてくるリーシャに、ミハイルは再び頭を抱えた。卒業したいという割には、そのために必要な学校行事を全く把握していないらしい。


「明日は一日実技試験だぞ」

「実技試験!? そんなの絶対無理じゃないの!」


 ミハイルの言葉を聞いて、リーシャの顔はみるみるうちに青ざめた。あまりの衝撃に涙すら枯れてしまったらしく、目にたまっていた涙はぐっと引いていく。

 口を戦慄かせているものの一切言葉が出てこないリーシャの様子を見て、背もたれに寄りかかると再び空を見上げた。空には夏の大三角形が煌々と輝いている。


「もう、魔術師になるの諦めたらどうだ?」


 ミハイルはダメ元でリーシャへと提案してみるが、リーシャは頭を大きく振るとすぐさま否定した。


「だめよ! お母さんの薬屋を継がないと。それには何でもいいから魔術師の資格が必要なのよ」


 リーシャの母親は薬屋を営んでいる。それはただの薬ではなく、魔術によって特殊効果を付与されている薬だ。その店を経営するためには国家資格である第一等級魔導士以上の資格がいる。魔術学校を卒業できさえすれば必然的に第一等級魔導士の資格を得るので、開業にはそこまで大きなハードルはなはずなのだが、リーシャにとっては一大事である。


「ミカだって、いつまでも過去に執着するのやめたらどうなのよ」


 自分だけ魔術師を諦めろと言われたのが気に食わないリーシャが食ってかかるが、ミハイルは一瞥すらせずに淡々と答える。


「お前には関係ないだろ」


 その言葉にカチンときたリーシャは、思わず立ち上がってミハイルの視界に入る。眺めていた星空を仁王立ちで塞がれたミハイルは、不機嫌そうに眉根を寄せた。


「ならミカだって私にとやかく言わないでよね!」


 ふんっと鼻を鳴らしたリーシャは、それだけ言うと高らかに足音を響かせて寮へと戻っていく。ミハイルへの怒りを原動力に、気力が戻ってきたようだった。


 そんな背中に思わず笑いそうになるが、今ここで笑ってしまってはまたややこしいことになるのは目に見えていた。せっかく気力を取り戻したのだからそれを打ち消すような真似はしたくない。込み上げてくる感情を必死にこらえながら、ミハイルもそのまま寮への帰路についた。


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